恐竜の棲んでた谷で
「パピア、パピア……夜明けだ」
父さんの優しい声が遠くから聞こえる。
でもぼくはまだ眠いし、居心地いいベッドから起きたくない。昨晩はダコタと夜更かしゲームしちゃったしな。
もぞもぞしていると、足にふわっとしたものが触れた。
「えっ?」
顔を出せば、そこにはアイゼン。
天然ドーベルマンが鼻先で、ぼくのつま先を突いていた。
「あっ、朝焼け!」
ぼくはカーテンで仕切られたベッドから抜け出して、運転席前のはしごを駆けのぼる。
天井は少し開いて、フラミンゴの翼みたいな朝焼けが広がっていた。
誰もいない荒野。遠くには遠近感が狂うほどに巨大な山々が連なっていて、そこから光のかたまりが昇ってくる。太陽だ。朝が産声上げたような光景だった。
「すごいや……」
「寝てるうちに目的地までこれるのいいよな、キャンピングカーって」
ダコタとアイゼンがやってきた。
朝焼けのフォトを撮る。
ぼくとのツーショットも。アイゼンも入っているから、スリーかな。
「シュヴァルツもこいよ」
セキュリティ犬のR.シュヴァルツが軽々とやってくる。
NASAのサマースクールが終わったから、ダコタのキャンピングカー旅行に同乗させてもらっていた。
ここは州立公園へ行く途中の荒野。
十分雄大だし、その上、誰もいないから風景を独り占めだった。
ぼんやりと黎明を眺めていると、いい香りがしてきた。肉が鉄板で焼ける香り。
父さんが外に出ていた。
「R.ギャラント・マリオット。今日は運転ありがとうございました」
「こちらこそ俺とパピアを同乗させてくれて感謝しているよ」
父さんが夜通し運転したから、かなり時短できた。朝イチで州立公園に到着できる。
「パピア、ダコタくん。風もないから、外で食べるかい?」
「ワイルドだ」
ダコタの歓声に、ぼくも頷く。
はしごを降りて外に行けば、アウトドアチェアが並べられていた。
キャンプ風に外で朝食。
分厚いハムを焼いて、チーズを溶かし、岩塩と黒コショウで豪快にかじる。うん、ワイルドだ。
「アイゼンはこれな。おすわり」
犬用ジビエ、生ハム風を食べさせる。
野外で焼いた厚切りハム、地べたで肉を食らう天然の犬、ダコタのグランパがコーヒーを豆が挽く。
ミルクの入ってないコーヒーは少し苦手だけど、今朝のワイルドさにはぴったりだ。
「むかしのガンマンみたいだね」
「じゃあデザートにプレッチェルサラダは合わないか」
「プレッチェルサラダは食べるよ! 絶対に!」
父さんが作っておいてくれたストロベリープレッチェルサラダが、デザートに登場した。いちごがいっぱいで、甘酸っぱくて冷たくて美味しい。
「これはアイゼン用」
「ありがとうございます!」
アイゼンのために小さく切ったいちごをゼリー寄せにして、犬用クッキーにかけている。プレッチェルサラダ犬バージョンだ。
「フォト撮って、フォト!」
ダコタは愛犬と同じものを食べてるフォトを撮る。
朝日は昇りきって、朝食を終えれば、また荒野を進む。
州立公園の手前の町で、何かお祭りみたいなのが開催されていた。
「何やってんだろうな? おれは覗きたいけど、お前は?」
「州立公園に行かなくていいの?」
「好き勝手に寄れるのが、キャンピングカーの醍醐味だろ。お前が州立公園に早く行きたいなら、急ぐけど、そうじゃなかったら昼過ぎても明日でもいいじゃん」
州立公園には行きたいけど、ここを過ぎ去ってしまえばお祭りは二度と出会えない。万華鏡のような旅だから。
「じゃ寄る」
「よっしゃ。じーちゃん、寄ろうよ」
「よしきた」
気ままに寄ってみれば、サボテンがたくさん売られていた。
いろんな屋台があるけど、ぜんぶサボテン。だけど赤っぽいのや細長いのやいろんなサボテン。カラフルなサボテンが集まっている。世界にあるサボテンぜんぶ大集合したみたいだ。
「サボテン祭り? 南部っぽいな」
「あ、箱庭があるよ」
アンダーカバーチップの箱庭にはサボテンとかアロエとか多肉植物が配置されて、バッファローやマスタングの小さな焼き物が並べられている。たぶん鉢に飾るガーデンオブジェだろう。造形はざっくりしているけど、手作りなのか雰囲気がある。
「かっこいいな」
うろうろしていると、揚げ物の香ばしさが漂ってくる。
サボテン以外の屋台もあった。
ファンネルケーキだ。お祭りならファンネルケーキの屋台があって当然だ。それからコーンドックや揚げバターの屋台も並んで、揚げ物祭りが広げられていた。
揚げたてのファンネルケーキを買って齧りながら、サボテンを見回る。
「ダコタ。サボテン買う?」
「かっこいいのもあるけど、アイゼンが構うと悲惨だしな」
「そうだね」
「でもあのバッファローの置物はかっこいいよな」
ダコタは箱庭のあったところまで戻って、小さなバッファローの置物を買う。
キャンピングカーに戻った。
ネイティブアメリカン風の内装に、バッファローの置物が鎮座する。まるで最初からあったみたいな馴染み方だ。
「いいじゃん」
ダコタは満足しているけど、アイゼンは新しい置物に対して不審の瞳になっていた。新入りが気に入らないのか、焼きもちか。とりあえず前足パンチの洗礼を食らわせていた。
「だめだぞ、それはダメ」
叱ってから、高い棚へバッファローを避難させた。
キャンピングカーはいつの間にか走り出している。
「州立公園でホログラムショーが開催されているが、夜間の部なら予約できる。ホログラムダイナソーだ」
「おれは見たい。パピアは?」
「せっかくだし見ようかな?」
父さんがデバイスピアスで予約してくれた。
ぼくたちが向かう州立公園。そこには恐竜の谷と呼ばれる渓谷だった。
キャンピングカーが集まる公式PVパークに停車する。朝イチで到着できなかったから、シャトルバスから遠い場所しかなった。仕方ない。
「パピア。水分はこまめに取るんだよ」
「了解」
ごつい水筒を持たされる。
R.シュヴァルツにナップサックを背負ってもらって、ドックウォーターや衛生セットも完璧だ。
父さんは留守番。
都市部限定アンドロイドだから、こういう大自然には不向きなんだ。夜通し運転だったから昼寝も必要だ。
その代わりにダコタのグランパが引率してくれた。
針葉樹に取り囲まれた渓谷には、岩がごろごろ重なっている。
水が乾ききった岩場に、巨大生物の足跡が深く刻み込まれていた。
「でけー」
「おっきい」
ぼくたちは足跡を追跡していく。途切れた先は涼しそうな渓流で、速く浅い流れがどこまでも続いていた。
気持ちよい場所だけど、観光客は少ない。さらに進めば誰もいない。
「みんな恐竜の痕跡が目当てだから、水が深いと人気ないのかな」
「そーかもな。水遊びには浅すぎるし」
アイゼンにとってはちょうどいい水位なのか、水遊びにはしゃぎだした。
いい穴場だ。
「あっ、パピア! セキュリティ犬がいる」
ダコタの指さした先、針葉樹の翳りの深みに、オオカミだかキツネだかよくわからない犬科がいた。
なんだろう。すごい風格がある。
「アンドロイド・ヨコーテだ。自然保護犬だよ」
「……え」
「州立公園や国立公園で、環境保護のために巡回しているんだ」
遠く離れたヨコーテと目を合わせる。そこに宿っているのは、野生の知性。
違う、アンドロイドじゃない、あれは……
「離れるよ、ダコタ!」
「ガゥっ!」
R.シュヴァルツが吠えた。
大きな警告音に、ダコタのグランパが急いでやってくる。ジャケットの下から拳銃を抜いていた。
サングラスの下の眼光が鋭い。元警察官の視線だ。
「ダコタ、パピアくん。無事みたいだが何があった?」
「ヨコーテが……違う、保安ジャケット着てなかった」
「野生のヨコーテか。こんな近くまでやってくるとは。まさか餌付けしてるバカがいるのか」
ダコタのグランパは顔を顰めて、いつでも撃てる姿勢で、針葉樹の彼方を見回す。
さっき佇んでいたヨコーテはもういない。どこにも。まるで夢だったみたいに。
ダコタのグランパは、拳銃をジャケット下にしまう。
しばらくするとまた観光客たちが戻ってきた。
「さっきの閑散っぷりはなんだったんだろう」
「向こうの方でホログラムショーが開催されていたからな」
だから観光客がいなくなったのかな。
「ヨコーテもそう狂暴ではない。R.シュヴァルツに恐れて逃げたんだろう」
灰色の雲が紫に染まるころ、針葉樹の渓谷では恐竜たちが浮き上がっている。
スポットライトから投影されたヴァーチャルの恐竜たちは、尾を揺らしながら、威風堂々と闊歩していた。
すっごい大きい。
そりゃあれだけ大きい足跡の主なんだから、本体はもっと大きいんだろう。大人でも一口でぱくんと食べられてしまいそうな巨体だ。
ティラノサウルスっぽいけど、ティラノサウルスじゃないらしい。
さらに大きな恐竜が出現した。これはちょっと大きすぎる。ビルくらいの高さまで首が伸びて、足が象みたいな恐竜だ。
「サウロポセイドンだ! テキサスの州竜だし、絶対、登場すると思った」
ダコタはわくわくしながら語ってくれる。
バトルが始まった。
肉食と草食の恐竜は戦い、お互い傷つき、引きさがっていく。
あっという間に、ホログラムショーが終了した。
「すごかったな、アクロカントサウルスとサウロポセイドンのバトル!」
ダコタは喜んでいた。
大きい生き物はかっこいいと思うけど、バトルを見るとこころが疲れる。そういえばぼく、捕食シーンとか好きじゃなかった。クジラみたいにゆっくり揺蕩ってほしい。
キャンピングカーへと戻る。
夕闇の道をアンドロイド・ヨコーテが巡回していた。ビリジアンの犬用防弾ジャケットを着て、自然保護官のバッチを付けている。
恐竜の棲んでいた谷に、野生のヨコーテは棲んでいる。
だけど今はホログラムの恐竜と、アンドロイドのヨコーテが闊歩していた。
ぼくは夜に耳を澄ませてみる。
恐竜の跫も、ヨコーテの聲も、聞こえなかった。




