メモリーの響き
『しろくま赤ちゃんの名前が決まりました!』
海洋科学館からのお知らせを、即座にアプリで開く。
『ふたご赤ちゃんの名前は、【アルバ】と【ノスク】になりました』
『ラテン語で、白と夜。合わせて白夜を意味します』
白と夜。
かっこよくて、良い意味だ。
シロクマ隊長の子どもたちのフォトもある。
でんぐりかえった姿や、ネッカチーフを巻く姿。
双子に会いに行きたいけど、こんなに大々的にニュースになった後だと混雑しているだけだ。夏休みまで待った方がいい。
そう、ぼくの誕生日までは。
誕生日がくれば、ぼくは13歳。
一人で遠くに出かけても許される年齢だ。
海洋科学館オートマタ・オーシャン。
インフォメーションで手続きを済ませれば、ぼくのデバイスにチケットが表示される。
「年間パスポート! これでもう無敵だね」
「行き来は父さんの自動車だがな」
父さんはぼく専属ナーサリーロボットとして登録してある。
「物理カードは父さんが管理して」
年間パスポートカードも貰ったけど、デバイスアプリと連動させられる。デバイスなくしたりデータ破損した時、復旧に使えるので物理カードは保険みたいなものだ。
「パピア。お前、自分で管理しないのか」
「なくすと嫌」
ぼくは父さんにカードを押し付け、さっそく科学館に突入する。
夏休みだから遠方の客も多いな。
テキサス訛りからカナダ訛り、スペイン語からフランス語、飛び交っている言語の幅が広い。たまに中国語っぽいのも入り交ざっている。聞いたことないようなイントネーションも含まれる。普段と空気感が違うな。
ぽろん、と天井から弦楽器みたいな響きが落ちてきて、館内放送がかかる。
『シロクマ赤ちゃんの館内探検時間となりました。ちいさなシロクマのR.アルバとR.ノクスが、海の世界を冒険します。みなさんは優しく見守ってください』
双子のシロクマ赤ちゃんは、すでにナーサリールームからチャイルドルーム、そして一般ゾーンに行くほどAIが成長していた。
「楽しみだね、父さん。シロクマ赤ちゃんが冒険してるんだよ」
公式配信を繰り返し視聴したから、巡回ルートは把握している。
アンドロイド・ペンギンの巡回コースと似たようなものだ。そのコースは熟知してるからね。
父さんと話しているうちに、黒い集団がやってきた。
アンドロイド・ペンギンだ。
介助付きで、双子の赤ちゃんがとてとて歩いている。
一匹は淡い灰色のネッカチーフを巻いて、もう一匹は暗い青色のネッカチーフを巻いていた。たぶん灰色が白で、青が夜かな。
一生懸命、歩いている……!
アンドロイド・ホエールに手を振ってる……!
ふたりでこしょこしょ内緒ばなししている……!
目が合った。
「こんにちは! そのTシャツ、かっこいいよね」
手を振ってくれる。
科学館オリジナルTシャツを着てきてよかった……!
これはもうライブでないと味わえない可愛さだ。
赤ちゃんたちの冒険が終わり、バックヤードへ去っていく。
大回廊にあるソファに腰を下ろす。ほんとはアンドロイド・タートルを応援する席なんだけど、赤ちゃん双子の可愛さを反芻する。深く息を吐いた。
「また来たい」
「パピア。ところで父さんの知り合いが近くにいるから、挨拶しに行けるか?」
「父さんの? 知り合い?」
首を傾げてしまった。
母さんの知り合いではなくて?
父さんは高性能アンドロイドで、ぼくのために存在している。
知り合いっていうからには、アンドロイド系の研究職員なのかな。
傾げた首を頷かせて、ぼくは父さんについていった。
進む先はバックヤード方面だった。
薄暗い通路を進む。
突き当りには、アンドロイド・ペンギン………違う、あれはオオウミガラス型のアンドロイドだ。特殊個体アンドロイドが一匹だけ佇んでいる。
ぼくたちにIDカードを渡し、静かに一礼。
それを合図にしたかのように、関係者以外立ち入り禁止の扉が無音で開いた。
「パピア。実は知り合いではなく、シロクマ隊長の同僚たちが、俺に会いたいと言ってな」
「なんで?」
「俺はARTのフルオーダーアンドロイド、しかも市井で稼働しているタイプはレアケースだ。面会を断っていたが、お前がシロクマ双子と遊んでいる間くらいは構わないと承諾した」
双子と遊べる?
なんてサプライズイベントだ。
そっか。たくさん他人がいる場所じゃ、シロクマ双子と遊べるなんて言えないもんね。
嬉しさが爆発し、続いて不安になっていた。
「父さん、気が進まないのに承諾したの?」
「断っていた理由は、気が進まないわけじゃない。お前のため以外に、時間を裂きたくなかった」
「ほんと? ぼくのためにイヤな人付き合いしてほしくないからね」
「そこは心配しなくていい」
案内された先は、アンドロイド・メンテナンス・ルーム。
そこにシロクマ隊長にだっこされた双子がいた。
あまりの可愛さに面食って固まってしまう。
ぼくが固まっているうちに、父さんが挨拶をした。
「はじめまして、パピアの父、ギャラント・マリオンだ。R番号26-PR-HU07009」
「こんにちは、アルバです。管理番号はなんだっけ?」
「ノクスです、よろしく。管理番号はポラリス1β」
「それは製造番号だよ、管理番号は州ごとのやつ」
「じゃあねえ、26-MA-87214かな」
「それ」
双子がわきゃわきゃ話している姿に、喜びの震えがきた。
ぼくも挨拶しなくちゃ。
「パピアです。パピア・マリオット。えっと、なでていい?」
「なでなで歓迎!」
「たくさん希望!」
ふわふわの触り心地だ……
「だっこしていい?」
ぼくがそう聞くと、シロクマ隊長が困ったように首を傾げた。
「パピアくん。うちのこ、見た目以上に重いですよ」
「そうだよ。ぐきってなるから、やめたほうがいいよ」
「チャレンジは自己責任だよ」
R.アルバが腕を広げる。
外見ぬいぐるみだけど、たしかに重かった。みっしりと重金属で構成されたボディだ。
でもこんな機会はめったにないから、だっこさせてもらう。
「重いでしょ。ボクらペンギンチックじゃないからね」
「パートリッジ社はアンドロイド軽量化の最先端だからね」
あの会社が開発した特殊金属が、見守りバードシリーズの屋台骨だもんな。他の会社は真似できない。
シロクマ隊長は双子を撫でる。ちょっと乱暴なくらいに。
「じゃパピアくんと仲良くしているんですよ」
「はい、オリィ」
「オリィは心配性~」
シロクマ隊長と父さんが部屋の斜向かいに行く。
すぐ見える応接ゾーンっぽいところで、研究者たちとお喋りを始めた。
「オリィってシロクマ隊長の愛称?」
シロクマ隊長の本名は、ホワイトフィールド。みんなからは敬意を込めて、Cpt. ホワイトフイールドと呼ばれている。それがどうして、オリィなんだろ?
R.アルバとR.ノクスは鏡合わせのように目を見合わせ、それからぼくを見上げた。
「こどもはみんな、親をダディやマミィって呼ぶ」
「でもボクらの親は、おとこのひとでも、おんなのひとでもないでしょ」
「だからOri」
「ボクらのOriginで、Originalだから」
この子たちは作ったのか。自分の親の呼び方を。
誰から教わったわけでもない。
ダディでもマミィでもない。あるいはその合成語でもない。ただひとつ、オリジンでオリジナルの存在へ、こどもとしての呼び方を。
「それはとってもすてきだね……」
「でしょ! オリィもすてきって言った」
シロクマ双子は嬉しそうに揺れる。
双子がどれほどオリィが大好きで、科学館の冒険が楽しくて、こどもたちの歓声が嬉しいのか、ぼくはずっと耳を傾けた。
帰り路、薄暗くなった道路に、街灯が点々と続く。
夜のドライブだ。
更けたばかりの夏の宵って、暗さにほんの少し紺色が滲んでいる。空調の利いた車内で、空の色彩の移り変わりを眺めていた。
「双子は可愛かったけどさ、父さんは楽しかった?」
「最先端のアンドロイド研究を聞けて、興味深かったな。いい論文も勧められた。それを楽しいと呼ぶなら、楽しかったんだろう」
ぼくは窓の外から、父さんの横顔へと視線を移す。
端整な横顔だ。
アンドロイドだもんね。
「父さんはさ、父さんって呼ばれるの好き? オリィとか無性別の方がいい?」
「お前の好きに呼べばいいと思うが、俺個人への質問か?」
「もちろん」
そう言えば、父さんは唇だけで笑った。
「パピア。お前は13年間、俺を『父さん』と呼んでいた。メモリーに刻まれていったその響きが、俺にとって『父さん』という呼び方を尊いものにした。そういう返事で納得できるか」
「納得した」
そしてたぶんシロクマ隊長も、双子の考えだしたオリィって呼びかけを愛しく尊いものだと感じているんだろう。
「それにな、パピア。アンドロイドが古典的な家族の属性で呼ばれるのも、なかなか愉快だと思っている」
父さんの茶目っ気に、ぼくの口許が緩む。
夜はますます更け、人工の光がとても綺麗だった。




