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前世紀に微睡んで



 寝る前にデバイスで、メッセをチェック。

 ぽろん、と新着通知。

 総合文化館から?

 ぼくのデバイスには総合文化館のアプリが入っている。カードと連動していて、シアターの内容や上映時間を確認するのに便利だ。

 お知らせとかたまに来るけど、あんまり読んでない。目を通したのは、たまたまだ。

 内容は……もうすぐ始まる美術展か。 


『デトロイト自動車物語 クラシックカーからゼロ・エミッションに至る200年』

 

 へー。美術館で自動車展やるんだ。

 デトロイトっぽい催しだな。

 絵画ばっかり飾ってるんじゃなくて、クラシックカーとか展示できるんだ。あの地下に。搬入たいへんそう。どっか大きな搬入路があるのかな?

「………あれ?」

 自動車展?



 じゃあR.レダはどんなヴィジュアルになっているんだ?

 


 総合文化館の館長R.レダ。

 彼女はリアルボディを持たないアンドロイド。アクア・ステレオに投影され、いつも美術展と連動したヴィジュアルに装っている。

 自動車展になったら、どんなヴィジュアルになるんだ。

 まさかクラシックカー?

 検索しても答えは出なかった。公式サイトや公式チャンネルにR.レダのヴィジュアルがないんだ。

 構成や展示品の案内、見どころの20世紀から22世紀のアメリカ名車ばっかり紹介されている。

 キャデラックタイプ53が初めてV8搭載の大衆車とか、デロリアンDMC12が九千台しか製造されていないのに三万五千台分パーツがあるとか、そういうのはいいんだよ。ちょっと面白い雑学だけど。

 しかたない。文化館へいくか。



 日曜日の朝早く、自転車で漕いでR.ロビンのさえずる道を進み、総合文化館を目指す。どちらかといえば目的は噴水だ。

 巨大な噴水。

 そこにR.レダが写される。

「こんにちは、R.レダ」

「ごきげんよう」 

 噴水に写ったR.レダは、古風なドレスの貴婦人だった。古風と言ってもミュシャ展のような薄着ではなくて、がっちり着込んだ姿だ。

 慎ましく首元まで閉じたコートに、毛皮帽子をかぶっている。その毛皮にはゴーグル。

「自動車展のヴィジュアル?」

「ええ、これは20世紀初頭のTフォードの販売ポスターの姿。まさに工学と情緒性が共存していた時代の象徴って雰囲気で、いいでしょう。ポスターの現物も展示してあるわ」

 大昔の自動車ポスターに描かれていた貴婦人か。

 それなら自動史ってテーマに合うもんな。

「ふだんと違う客層で、お話するの楽しいわ。パピアくんも来てくれてありがとう。嬉しい」

 にこにこ微笑むR.レダ。

 ここまできて美術展に入らないわけにはいかない。

 お義理で入ったぼくだったけど、自動車史をテーマにした美術展は博物展に近い。クラシックカーの見た目はかっこいいし、「制御技術の進化史」という切り口はロボット工学に通じるものがあって、思った以上に楽しかった。 

 最後の展示室。

 そこにカラフルなミルフィーユみたいな岩石が鎮座していた。

 堆積岩みたいな層は、人工的なビビットカラー。 


『デトロイト瑪瑙 自動車塗料の偶然的堆積により形成される、人工起源の宝石です』


 それは母さんのお気に入りだった人工鉱石だ。


『20世紀、自動車の塗料は手作業でした。塗料を吹き付ければ飛び散ったり滴ったりして、だんだんと層が形成されていったのです。その労働の痕跡が切り取られ、美が発見されました』 


 ああ、母さんから聞いたことがある。

 デトロイトで自動車産業がどれほど盛んだったか示す遺産。

 そもそもここは美術館だし、デトロイトの自動車史なら、この瑪瑙がなくちゃウソだ。

 

 ──人類の技術や文化が積もって生まれた宝石──



 ──母さんはこれが大好きなの──



 脳の奥底で、母さんの声が生き生きと響く。

 ああ、もし母さんがここにいたら、デトロイト瑪瑙をきれいだって微笑んだんだろうか。ありもしない記憶が過り、ぼくは嬉しいのか悲しいのか分からなくなった。


 ──パピア──


「なあに、母さん」

 空想の呼びかけは生き生きとして、ぼくは応えずにはいられなかった。 


 ──あの1960年代のところにある赤いの、すてきね。いちばんきれい──


「うん。きれいだね、母さん」

 いないはずの母さんに答える。

 52Hzのように、誰にも届かない返事。

 聴いているのは、デトロイト瑪瑙だけ。

 研磨されたデトロイト瑪瑙たちは、前世紀の夢に微睡んでいるのか、ただ黙って艶めいていた。   


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