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抱擁の周波数


 母さんが死んでから、二年。

 命日前の日曜日に、三回忌をした。

 一周忌は母さんの友達や恩師、葬式に来られなかった方たちを招いたけど、三回忌はぼくと父さんのふたりきり。

 お寺の御本堂で静かに、しめやかに、お坊さんにお経をあげてもらって、お焼香する。

  


 

 ありがたい法話のあと、お斎(ごはん)は略した。父さんが食べられない。

 代わりに記念撮影してもらい、三回忌を終える。

 帰りの自動車に乗り込めば、お焼香の残り香が染みた。

「なんで亡くなって二年目で三回忌なの」

「一周忌は一年が一周したの意味で、三回忌は死んだ日も含めて三回目の意味だ」

「単位は統一したほうがいいんじゃ……」

 思わず呻いてしまう。

 お弔いの帰りに、宗教的な伝統にあれこれと突っ込むのは野暮かもしれない。

 他愛もないことを言っていると、自宅に到着する。

 堅苦しい喪服を脱ぐ。

「パピア。喪服は父さんが手入れしておく」

「ありがとう」

 ぼくはシャツだけランドリーバックに入れて、シャワーを浴びた。お焼香の匂いを洗い流す。

 普段着のシャツとジーンズに着換える。

 なのに、微かにお焼香の匂いが残っていた。

 ぼくからじゃない。

 父さんからだ。

 デトロイト瑪瑙の数珠を手首に巻き、焼香の残り香を漂わせている。

 父さんは母さんが亡くなったあの日から、ずっと変わらない。 

「………父さん。変な事を聞くけどさ」

「なんだい」

 優しく促してくれるけど、これは本当に聞いていいのか戸惑う。それでも結局、ぼくは口にだした。

 

「ぼくの弟か妹を作りたくはない?」


「………」

 父さんが三秒以上、沈黙した。

 首を傾げて、さらに五秒くらい沈黙した。

 どうしたんだろ? ぼくは父さんをバグらせるようなことを言った覚えはないんだけど?

 さらに三秒ほど経て、父さんが口を開いた。

「……それはマリオンの残した量子AI技術と、俺のデータを元にして、AIの妹か弟を造らないか、という意味か?」

「うん。その解釈で正しいよ」

「お前は寂しいのか?」

「寂しいけど、でも、寂しさを妹か弟で埋めるつもりはないんだ。減ったから増えればいいって単純な気持ちってわけじゃなくて……」

 弟か妹。そんな思考に思い至った心理を、父さんに伝えたくなかった。

 だったら最初から言い出さなければよかったのに。

 後悔で気持ちがじゃりじゃりしてきた。

「パピア。お前は自分が死んだら、俺がどうなるか考えているのか?」

「………」

 肯定はしなかったけど、否定できなかった。

 父さんを独りにするつもりはない。でも母さんだって父さんを寡夫にする気はなかった。

 ぼくにとってかけがえのない父さんだけど、アンドロイドだ。強制的にリサイクルされてしまう存在だ。

 ぼくが死んだらどうなるんだ?

「お前と母さんが死んだときの処遇は決まっている。お前が21歳になったら、更新してもいいが………」

「決まってるの?」

「お前と母さんが同時に事故死して、俺だけ生き残るパターン。考えたくはなかっただろうが、それでも考慮していた」

「シンクタンクに出戻りするの?」

 母さんのいたアメリカン・ロボット・シンクタンク、通称ARTで父さんは生まれた。そこに帰るのかな。

「出家する」

「出家できるの!」

「院主さまに相談したら、得度できるとおっしゃられた。思考したくない仮定だが、母さんとお前を弔って、寺の雑務を引き受けるのも悪い余生ではない。哀しいが、けして悪くはない。どちらにせよおまえは気を揉まなくていい」

 蒼い瞳に見つめられて、肩の力が抜ける。

 母さんは本当に何もかも整えていたんだな。

 ぼくが思いつくことなんて、対策済か。

 たぶん法律的にも、父さんを宗教法人へ寄付するという形で整えてあるんだろう。

 身体の力が抜けて、そのままソファに座り込む。

「ちなみにAIの弟か妹は、法令と予算的に無理だから諦めなさい」

「そっか。ごめん」

 ぼくは父さんに手を伸ばし、ぎゅっとハグをした。

 クローンのぼくとアンドロイドの父さん、血肉と金属、鼓動と周波数、違うものがぴったりと寄り添う。

 お焼香の匂いは、だいぶ薄れていた。 



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