Cpt. ホワイトフィールドに祝福を!
「じゃ、またね。リアム」
「パピアくん、またねー」
スイミングスクールのホールで、友達のリアムと手を振って別れる。
家に帰って、水着を洗濯機に入れる。タオルとかジャージも。
ぼくが洗濯機を回している間に、シーフードのいい香りがふわっと届いた。
ウニのサバイヨングラタンと、洋ナシとナッツのサラダ。
ぼくは食事前に「いただきます」のお祈りをして、父さんは向かいに座る。それでぼくが学校やスイミングスクールであった話題を話す。いつもの日常だ。
「そんでリアムと水中バレーしてたら、R.ショーンが混ざってきてね。ライフセイバーなのに。R.セイアーンスとの交代時間だからいいんだって。だからしばらく三人で遊んだ」
基本的にぼくばっかり喋って、父さんからの話題は少ない。
だけど今日は珍しく、父さんも話し出した。
「母さんの作った量子AIだけで、メッセパーティーを作っていて」
「アンドロイドのメッセパーティー?」
パーティーメッセを送信したら、パーティーメンバー全員に送信される。
ぼくだって友達とメッセパーティーを組んでいるけど、アンドロイドだけで構築されたパーティーがあるんだ。
「それで海洋科学館のシロクマ警備隊長に、お子さんが生まれるらしい」
「お子さんっ?」
アンドロイド・ポーラーベアのCpt. ホワイトフィールド。
通称、シロクマ警備隊長。
お子さんが、できたの?
海洋科学館オートマタ・オーシャン。
アンドロイド・ホエールやアンドロイド・ドルフィンたちがたくさんいて、ぼくのお気に入りのスポットだ。
ただ、子供ひとりでは入れない。ナーサリーアンドロイドが付き添いでも駄目。
ぼくと父さんだけでは無理なんだ。
「引率をしてくださってありがとうございます」
父さんが感謝しているおじさんは、リアムのお父さんのMx.ウィルソンだ。丸い顔とぽっちゃりとした体つきは、リアムそっくり。そっくりと言われるのをリアムが嫌っているから、口には出さない。
父親と似てるなんて素敵なのに。
父さんはアンドロイドだから、ぼくは母さんに似るしかない。実際に母さんに瓜二つだ。嫌なわけじゃない。でも、半分は父さんに似たかったな。
それこそ口に出したって仕方ないことだ。
とにかくMx.ウィルソンのおかげで来れたんだ。海洋科学館を楽しまなくちゃ。
正面ホール前には、チケット売り場。巡回のペンギンたちがてちてちっと歩いていた。水兵ルックのアンドロイド・ペンギンを見ると、海洋科学館に来たなって気分が盛り上がる。
水槽で泳ぐアンドロイド・ホエールに、アンドロイド・ドルフィンを眺める。
「リアム。ぼく、ナーサリールーム行くね」
「えっ? 深海調査船へ行くんじゃないの?」
そこも見ごたえはあるけど、何度も見学した。目を瞑っても歩ける。
今日の目的は違うんだ。
「じゃあ13時にレストラン集合だよ」
「うん」
お互いの父親に連れられて、好きなところを巡る。
ぼくの行先はナーサリールーム。
海洋科学館には2歳未満を預けられるナーサリールームと、2歳以上を託児できるチャイルドゾーンがある。
硝子のしきりになっていて、廊下側から様子を覗ける仕組みだ。
チャイルドゾーンでは、小さな子供たちがペンギンチックと遊んでいる。だけど三分の二くらいは、柵を覗き込んでいた。
パステルブルーの柵の向こう側はナーサリールーム。一歳になったばかりの子供たちに混ざり、白くてふわふわのかたまりがふたつあった。
ホッキョクグマの赤ちゃんだ!
あれがシロクマ警備隊長の赤ちゃんか。
シロクマ隊長の量子AIをコピーして生まれたアンドロイドたち。ポラリスシリーズのアルファとベータ。
双子の赤ちゃんは、お互いにじゃれ合っていた。
ナーサリールームの前に、小さな額縁がひとつ。大統領からの誕生祝いカードだ。それから公募のお知らせ。
「名前募集中なんだ。どんな名前がいいかな」
ポーラーベアだから、ポーラとベアトリス……
あるいはポールとスターとか……
ポーラとポールとか?
いや、可愛いけど違うな。女性型とか男性型って決まっているなら兎も角、性別がはっきりした名前って、公募だと採用率が低い。ユニセックスな名前がお勧めだ。
でもスノーとかクリスタルは平凡すぎる。
ふたごにぴったりで、綺麗で分かりやすくて、それでいて独創的で、かつ採用されそうな名前。
シロクマ隊長は本名がCpt. ホワイトフィールドだから………
「あれ? シロクマ隊長、自分で名前つけないのかな」
「………それは難しいだろうね」
父さんは小さく、ぼく以外には誰にも聞こえないくらい声を絞って呟いた。
シロクマ隊長が自分で名付けられないのは、アンドロイドだから仕方ないんだろうか。暢気に公募に参加しようとしていた自分が、嫌な子供になったみたいだった。
じっとうつむいていると、後ろから大きな影に覆われる。
巨大なシロクマ隊長が直立していた。
「いらっしゃい、パピアくん」
「シロクマ隊長。お子さんかわいいね」
「ありがとう。事前AI学習が終わったら、チャイルドゾーンで勤務するから会いにきてあげてね」
野太い声はどこまでも優しい。
「………あのさ、シロクマ隊長はどんな名前をつけたい?」
「パピアくん。あの子たちの名前は、公募で………」
「ぼくはシロクマ隊長に聞いてるんだよ」
「ああ、そうか。優しい子だね。わたしの代わりに応募してくれるのかい?」
ぼくは黙って頷く。
「でもみんなからもらった名前を参考にして、わたしが選ぶんだよ」
「シロクマ隊長が選べるの? 投票じゃなくて?」
「はい」
優しい手がぼくのほっぺに触れる。
肉球の感触がおもしろくて、なんだか笑えてきた。
「あんまり好きじゃない名前ばっかりだったら、勝手に考えるかもしれない。でもきっといい名前がたくさん届く。そしてわたしが選ぶんだ」
なら、良かった。
ぼくのほっぺは緩んできて、シロクマ隊長は両手でなでなでしてくれた。




