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Chapter4 世界を凍らすマリンスノー



  

 母さんは相変わらず研究に打ち込んでいたけど、研究所じゃなくて、家でリモートワークしてくれた。

 朝はお見送りしてくれて、帰れば母さんが迎えてくれる。

 食卓を一緒に囲めるのは、不思議な気分だった。





 イルカの目覚ましが響き、ぼくはベッドの中でぐるぐるする。

 寝足りない。

 どうしてぼくが目を瞑ったら朝になるんだ。寝てないのに。絶対に寝てない、目を瞑っただけ。ひどい。もっと寝てていいはずだ。寝よう。

 目覚ましアラームからきっかり五分後、父さんがやってきた。

「おはよう、パピア。最近は御寝坊だな」

 だって寝坊しても、母さんは仕事に行っちゃわない。

 急いで起きなくてもいい。

「朝ごはんが冷めるだろう」

 ふわふわした室内用の上着を着せてくれる。それからもこもこ靴下も。

 なんでだろ?

 もう夏なのに。

 うつらうつらしてると、父さんが抱きかかえてくれる。

 部屋から出ると、廊下はひんやりとしていた。眠気がどっか行っちゃうくらいのひんやり加減だ。

 おかしいな。

 たしかにうちは低めの室温に設定しているけど、普段よりずいぶん冷たい。

 もしかしてエアコン壊れた?

 廊下は寒いけど、父さんは暖かくて気持ちいい。

 すごくぽかぽかしてて、もう一回、寝ちゃいそう……あれ? 父さんが暖かい?

「調子が悪いのはエアコンじゃなくて、父さんなの?」

「排熱効率が低下しているが、機能に問題はない」

「熱があるなら寝てて!」

「軽い不調だ。心配してくれるのは嬉しいが、お前が泣き顔になるほどじゃないよ」

 キッチンに連れてこられた。

 ここも寒々としていて、暖かいのは珈琲の香りだけだ。

 母さんもたくさん着こんでいる。ハイネックセーターに、カーディガン。毛織りのロングスカートを履いていた。飲み物は生クリームたっぷりの珈琲。

 生クリームは美味しそうだけど、そんなことより父さんの熱だ。

「ね、母さん。父さんに熱がある」

「ええ。検査してみたけど、ラジエーターの交換で元通りになると思うわ」

「ロボット病院に行こ」

「部品がないの」

「どうして!」

「先月くらいから、アンドロイド部品を作っている工場が止まっているの」

「え? 工場が止まっちゃう災害なんて、速報来てなかったよね」

 そんな災害があったら、絶対にお知らせが入る。

「今ね、人類型アンドロイドが嫌いな人たちの中でも、特に乱暴な集団が騒いでいるの。工場が止まっているのは、その影響よ」

「……アンドロイドが、嫌い?」

 幼稚園でもアンドロイドに慣れないとか、アンドロイドに接したことがないとか、そういう友達はいる。家の方針でアンドロイドを置かない家庭だってある。

 でも、嫌いって何?

「アンドロイドに好き嫌いあるの? 嫌いになっていいの? 変だよ!」

「それは個人の自由なのよ」

「にんじんは好き嫌いしたらダメなのに? 自由にして良くないよ!」

 ぼくの大声が響く。

 部屋にも、頭の中にも、痛いくらい響き渡った。

「パピア。工場を止められている理由は、アンドロイドが嫌いな団体が騒いでいるせいよ。でも問題なのは、そんな乱暴な方法を選んだ団体なの。他にもアンドロイドが嫌いな人たちがいるけど、そんな乱暴者と一緒にしたら迷惑よ」

「アンドロイドを嫌っちゃう連中なんて、乱暴者と一緒だよ」

「そんなことないのよ。アンドロイドが嫌いでも、善い人も知的な人もいるんだから」

「父さんの味方をしてくれないの?」

「私は父さんが大好きで、あなたも大好きよ。それは絶対なのよ」 

 それは当たり前じゃないか。

「聞いて、パピア。倫理も法律も追い付いていない現状で、アンドロイド技術だけが普及するのを危ぶむのは、人類のブレーキとして納得できるわ」

 ぼくは母さんが信じられなかった。

 なんで父さんの味方をしてくれないんだ。

 許せない気持ちでいると、いい香りが漂ってきた。

 いつの間にか父さんがあったかいココアを淹れていた。しかもマシュマロ入り!

 なんでぼくの好きなものを作ってくれるんだ。

 嬉しくなってしまいそうな気持ちを、ぐっと絞って抑え込む。  

「父さん! 母さんは父さんの味方じゃないよ」

「パピア。母さんには母さんの考え方があるんだよ」

 ぼくは物分かりの良いフリはしたくない。

 部屋に行ってフリースのタオルケットを持ってくる。頭からすっぽり被った。

「寒いのかい、パピア。セーターを出してくるよ」

「これは母さんに意地悪してるの」

 ほんとはこんな意地悪したくないけど、母さんが父さんの味方をしてくれないなら思い知らせなくちゃいけない。

「ぼくの姿が見れなくて悲しいでしょ!」

「カワイ……」

 母さんが咳き込んだような音がした。

「……母さん泣いちゃった? でも脱がないからね」

 タオルケットを被ったまま、朝ごはんを食べる。

 唐突に母さんのデバイスが鳴る。

「ラジエーターあったわよ。知り合いが在庫を確保してくれてる」

 母さんはラジエーターを探していたんだ。

 意地悪していた自分がみっともなくて、ぼくはぐっと口を結んだ。

「ヒューストンのラボまで、飛行機で行くわ」

「ぼくも行く!」

 タオルケットを振り払って、母さんに抱き着いた。



 飛行機で三時間。

 父さんの微熱は治った。





 父さんは元気になったけど、母さんはたまに部品の確保のため遠出することもあった。

 アンドロイド嫌いな人間のワガママで、母さんといっしょにいる時間が減る。害悪だ。

 食卓に母さんのいないばんごはんを食べる。

 オレンジチキンは大好きだけど寂しいな。普段は平気なレタスが苦く感じる。

「パピア。週末だけど、お盆フェスティバルに行くかい?」

「かき氷のシロップ、自由にかけていいんだよね? 行く!」

 うちは浄土真宗だから、たまにお寺から案内が届く。

 お寺はわりと好き。

 アンドロイドと子供だけだと入れない施設は多いけど、お寺は父さんとふたりで入れる。お寺は優しい。他が意地悪って言いたいわけじゃないけど、父さんとふたりでお出かけできる先は好きだった。


   


 夕暮れに提灯がいっぱい下がっているお寺はふしぎで、ちょっと怖くて、でもきれい。

 雑多な人込みに流されないように、ぼくは父さんに肩車してもらっていた。

 今日の父さんは適温だ。元気になってよかった。

 でもまた熱が出たら悲しいな。

「ね、父さん。仏さまにお祈りしていい? 父さんがもう病気にならないようにお願いするの」

「ああ、ありがとう。本殿にお参りしよう」

 提灯いっぱいの人込みから離れて、本殿へと向かった。ドラゴンが噴いている水で手を洗って、自分の足で石階段を昇る。

 物理のお金を入れて、お祈りした。

「父さんは何をお祈りしたの?」

「お前と母さんの健康と幸福だよ」

「いつもといっしょだね。他にないの?」

「ふたりの幸せが、俺の幸せだからな」

 父さんが祈ってくれている。

 だからぼくは風邪も怪我もしないで毎日、楽しいのかな。

「パピア、お前の幼稚園のともだちがいるよ」

 父さんが指し示した先には、同じクラスの女の子がいた。

 友達というわけじゃないけど、わりと喋る。あの子にはアンドロイドのおばあちゃんがいるから。

 そのおばあちゃんも一緒にいた。上品に白髪をまとめて、紺のワンピースを着ている。古いドラマに登場する大奥さまって雰囲気だった。

 向こうもぼくに気づく。

 大股で駆け寄ってきた。凄い勢い。

「あ、パピアくん! ねえ、ひどいのよ!」

「うん?」

 ぼくはとりあえず相槌を打った。下手な反応したら噛みつかれそうな勢いだったから。

「グランマのボティお墓入れるっていうの。まだ元気なのに!」

 アンドロイドのおばあちゃんは、品良く微笑む。

「まだ何年も先の話ですよ。それにボディが無くなっても、お喋りはできるでしょう」

「からだが無くなっちゃうのいやよ。部品が手に入らなくなったからって、グランマのからだが無くなるなんて、サイアク」

「部品……」

 ぼくの呟きに、彼女の眉が吊り上がる。

「最近、すっごくアンドロイドパーツが高騰してるの。知ってるでしょ。パパが維持が難しいって……!」

 


 父さんみたいな高性能なオーダーメイドだけじゃなくて、一般のアンドロイドパーツまで入手できなくなってきているんだ。

 アンドロイド用ラジエーターは、母さんの友人から買えた。

 今後のことも考えて、母さんは大学の知り合いや、職場の友人に頼み込んで部品を手配してもらっている。

 今はまだ大丈夫。

 ……でも、これからどうなるんだろう。

 


 なんだか世界ぜんぶに、悪意でも善意でもない何かが降ってきているみたいだ。

 マリンスノーめいて、音もなく。


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