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海辺のモータールーム


 ディスプレイの向こうのダコタは、愛犬のアイゼンを抱えて、文句を連ねていた。

 勉強机に乗ってるディスプレイのスピーカーが、ぼりぼぼりと響いている。

「オーストラリアなんて行きたくねぇ!」

 ダコタは荒ぶっていた。

「でもオーストラリアの友達と会えるんだよね」

 ダコタはオーストラリアから帰国した。去年の夏休みはオーストラリアに戻って、国際クラスで勉強していたらしい。

「そりゃ会いたいやつもいるけど、アイゼンと三か月も離れ離れになるなんて無理」

 抱きしめられている子犬のアイゼンは、つぶらな瞳だった。飼い主に溺愛されているのは理解していても、話の流れは理解していないっぽいな。

「連れていけないんだ?」

 オーストラリアまでは飛行機で二十時間ちょっと。腕白盛りにかわいそうだと思うけど、連れていけないことはない。

「検疫で十日隔離なんだよ」

「それは、厳しいね」

「第一、向こうは冬だぞ。アイゼンが風邪ひいたらどーすんだよ」

「じゃあ留守番…」

 途端にダコタの眼差しが鋭くなる。剃刀みたいに。

「いいか、パピア。犬の成長速度は五倍なんだ。アイゼンにとってこの一年は、幼稚園から中等部までの煌めき子供時代なんだ。その間、兄貴分のおれと引き離してもいいと思うか?」

「ダメだと思う」

「そもそもオーストラリアの友達には会いたいけど、両親のとこに戻りたくねえんだよ。カスみたいな理由で離婚したから、じーちゃんがちょうど定年になったし、親権者になってくれてさ。んな親のところに出戻るとか、去年は最悪だった」

 カスみたいな理由の内容は聞いていないけど、少なくともダコタが納得できない理由だったんだろう。

 それで祖父のいるアメリカに戻ってきた。

「オーストラリアへ行ったら行ったで、両親は丁重に持て成してくれるよ。でもそれは罪悪感っていうか、世間体っていうか、そういう割合が高めなんだよ。おれはアイゼンの方が大事だし」

「そうだね」

「だからオーストラリアに行きたくないって、じーちゃんに告げたんだけど、じーちゃんはきちんとアイゼンの散歩もしつけもするから、安心して行けって言ってんだよ。そうじゃない、違う、おれが離れたくないんだよ」

 ぼくからすれば納得できる理由だけど、おじいさんからはわがままに聞こえるのかな。

 たしかにどこかのサマースクールには通わないといけない。

「ダコタ。オーストラリアの友達には会いたいなら、一週間の短期留学コースはないの?」

「あるけど、行き来で十日もアイゼンと離れ離れじゃん」

「三か月よりはマシだし、もうそこだけ妥協しようよ。あとスイミングスクールの夏季集中講座とか、レイクキャンプコースとか今なら空きがあると思う。とにかく行きたい通いのサマースクールを探して、プレゼンするしかないよ!」

 

 

 そんな感じの会話をずいぶん前に、ダコタと交わした。

 



 夏休み。

 六月はカナダの涼しさ満喫しながら、国際キャンプ。夏の真っ盛りにはヒューストンで、宇宙開発スクール。

 今年もMx.スミスが招待してくれたから、テキサスの夏の海岸を楽しめる。

 青い海に白い砂。

 そこを駆け抜けていく潮風ときたら、まさに南国。

 遠く離れた異郷だ。

 だけど見慣れた顔がひとつ。

「ダコタ!」

 海の近くのRVパーク、そこに友人のダコタがいた。

 腕の中にはアイゼン、足元にはR.シュヴァルツ。

 そして背後にはモータールーム(キャンピングカー)がある。ターコイズカラーのボディが眩かった。

「これで合衆国横断したんだ」

 愛犬たちと離れたくないダコタは、祖父と交渉を重ね続け、最終的にオーストラリアには、一週間。あとはキャンピングカーによる合衆国横断の国立公園巡りになった。それなら愛犬とずっといっしょに夏を満喫できる。

 ぼくがヒューストンに滞在中は、ダコタもヒューストン中心を観光する予定だ。

「入っていい?」

「おう、もちろん。じーちゃん、パピア来た」

 ダコタが呼びかけると、サングラスをかけた初老の男性が出てくる。ダコタと同じスポーツマンって体躯と雰囲気、すらっとしている。

 そういや今年で定年って言ってたな。定年が禁止されていない職種は、警官か消防士みたいな体力仕事か。

「いらっしゃい、好きにくつろいでくれ」

「わー……涼しー」

 モータールーム(キャンピングカー)の内部は、インディアンティピの風情があった。ネイティブアメリカンなファブリックで統一されて、床はヘリンボーン。バッファローの頭蓋骨や蹄みたいなものがつるされていた。本物かな。

 キッチンも付属している。大型冷蔵庫にレンジ、コンロはみっつ。流しもそれなりの幅があるから、普通に料理できそうだ。

 壁に大きなディスプレイもあって、そこに日本製のコンシューマゲーム機が繋がれていた。

「快適そうだね」

「マジで快適。ほら、国立公園のガイド付きツアーっていうか、ガイドがいないと立ち入り禁止のとこけっこうあんじゃん。しかもネット予約ができないタイプの」

「ネット予約できないところあるんだ」

「わりとある。それでもキャンピングカーだったら現地で予約して、集合時間までここでゲームできるんだぜ。じーちゃんは味気ないって言うけどさ」

 羨ましい生活だ。

 父さんはアンドロイドだから、キャンプは難しい。稼働空間レベルも高いけど、やっぱり都市限定だから。

 アイゼンも居心地よさそうでソファで我が物顔だ。

 一歳になって大きくなったけど、まだ子犬っぽい。

「アイゼンは庭のプールから、レイクドックビーチで慣れさせてきたけど、海水は初めてなんだよな」

 そう語りながら、アイゼンに赤いライフジャケットを着せる。

「すごい嫌がってるよ」

「カッパとかも嫌がるんだよなあ、こいつ。ほら、このフードもつけるんだ」

 ライフジャケットとUVカットフードを装着。

 着てしまえば満足げな顔だった。

 厳重な装備をさせてから、アイゼンを抱えて海へ行く。R.シュヴァルツもついてくる。

「R.シュヴァルツに耐海水スプレーはいいの?」

「セキュリティ犬は汚れに強いから、そういうのいらないんだよ。あとで真水洗浄するけど、それは天然とおんなじだからな」

「へー」

 父さんはスプレー必須なのにな。セキュリティ犬は野外に強いんだ。

 ドックビーチには、天然の犬もセキュリティ犬もいっぱいた。

 アンドロイドになってない犬種は名前がわからない。こんなにいっぱい犬の種類がいるんだ。犬の博覧会みたい。

 ダコタは人の少ない場所まで行き、アイゼンを浜辺に下ろした。塩辛い波と飛沫に警戒して、すぐ R.シュヴァルツの腹のしたへ逃げこむ。

「パピアみてーだろ」

「ぼくってそんなにアンドロイドの影に隠れるタイプ?」

「アンドロイドのとーちゃんが大好きなのがお前で、アンドロイドの兄貴分が大好きなのがアイゼンだ。同じだろ」

「同じ、かな?」

 ぼくたちが波打ち際で遊んでいると、そのうちアイゼンも飛び回りだした。海に慣れてきたんだ。

「アイゼン、ボールで遊ぶぞ」

 砂浜でビーチボールを転がす。 

 ボールが海の方へと流れ、R.シュヴァルツが海に入る。

 アイゼンもついていき、R.シュヴァルツの後ろで犬かきし始めた。

 すいすいと泳ぎだす。

「もう泳げるの…さっきまで怖がってたのに」

「アイゼンは天才だろ」 

 二人と一匹と一体で、テキサスの海を泳いだ。

「アイゼンがそろそろ疲れてきたな」

 ぼくの目からは元気いっぱいだけど、飼い主からすると違うんだろう。

「このビーチボールな。犬用なんだ」

「そういや重いね。なんか特殊なの?」

「ここのプラスチックを引くと……」

 ぽんっと、広がって小さなビニールテントになる。

「UVカットの携帯犬小屋。アイゼンが休憩できる」 

 パラソルさして、その下に犬小屋。アイゼンに犬用スポーツウォーターを飲ませ、休憩させた。肉球が傷ついてないかチェック。

「ちやほやしてるね」

「お前のとーちゃんほどじゃねぇよ」

「……ぼくはこんなにちやほや、されて、い……」

 いないと言い切れなかった。

「……」

「……」

「パピア。デリバリーロボがいるぞ、何売ってんだろ」

「レモネードだったと思う」

 砂浜を真四角のボックスロボットが駆けまわっている。

 アプリで注文すると、きんきんに冷えた飲み物を持ってきてもらえるんだ。

「去年、アプリ取ってるから、注文できるよ。レモネードでもコーラでも。あ、新作だって。フローズンブルーレモネード」

「おれもそれ」

 フローズンブルーレモネードと揚げコーラ(フライド・コーク)を味わい、また砂浜を駆けまわる。南国みたいな気ままなスケジュールだ。

 おなかが減ってきたな。

「そろそろ帰るか。パピア、さきにキャンピングカーのシャワー使えよ。おれはこいつら洗ってから最後に浴びたいし」

「ありがと」

 白い砂浜から、PVパークへと歩いていく。

 父さんが迎えに来ていた。

 ぼくは父さんへ駆け寄る。R.シュヴァルツに寄り添うアイゼンみたいって言われても仕方ないかもしれないな。

 恥ずかしくなって、視線をさまよわせる。

 ダコタとふいに目が合う。

 無表情ってわけでもない。ぼくと目をあって、たちまち逸らされた。

 なんとなく気まずい感覚だった。


 ……ダコタは羨ましいんだろうか。


 ぼくの父さんは永遠に父さんだ。

 ナーサリープログラムを搭載されたアンドロイドは、死亡以外、ぼくの父さんを辞めることはない。

 だけどダコタの親は違う。

 アンドロイドじゃない。人間だ。親を辞めてしまえる。

 たぶんダコタの痛みや悩みは、ぼくじゃ癒せない。和ませられない。永遠の父親がいるぼく自身の存在が、ダコタの傷を抉るんじゃないか。

 癒せるのは、きっとセキュリティ犬と天然の子犬だけだ。

 あの一体と一匹は、ダコタから離れないだろうから。

 そんなことを考えながら、潮風の道を歩いていった。  

    


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