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武器を持てない親鳥は


 日差しにも風にも、春の気配が感じられる。

 心地よい陽気なのに、どうして活発なダコタが文化館の学習室で宿題しているかというと、愛犬のアイゼンが可愛すぎてつい遊んでしまうからだ。

 宿題できない理由として納得できるけど、正当ではない。

 なので、ダコタは学習室で集中的に取り掛かっていた。スイミングがない日は、ぼくも付き合う。エデンもいる。エデンは18時まで家族(ママ)が不在だから、ここのカフェや図書館で適当に過ごしている。

「パピア。これ、うちのアイゼンがボール遊びしてる動画なんだけど……」

「好きなことしゃべる時間なら、ぼくは『アンドロイド・ジャーニー』を語るよ」

「宿題する」

 真面目に取り掛かれば、ダコタはわりとすぐ宿題を終わらせた。

 


 ダコタは課題を片付け、R.シュヴァルツと帰り、エデンはまだ残っている。

「ママが来たらパピアくんちまで送ってもらうよ」

「反対方向だから悪いよ。自転車もあるから、先に帰るね」

「そっか。じゃーね」

 金色の木漏れ日をくぐり、さえずりを聴いて、ぐるっと遠回りしながら家を目指す。

 日も長くなって暖かくなってきて、サイクリングが気持ちいい。

 もっと遠くまで自転車で行ければいいのに。

 でもR.ロビンの道が途切れるのも、ちょっと不安だしな。

 思いっきりサイクリングしてみたいな。

 

 ヂビィ! ギッ! ギギッ!


「えっ……!」

 聞いたこともない警告音が、木漏れ日から降り注いだ。

 あちらこちらのR.ロビンが、一斉に警告している。

 何を警告しているんだ?

 デバイスが鳴る。

「父さん!」

『パピア。位置情報からすると総合文化館が近いな。一旦、戻りなさい。移動しながら説明する』

 ぼくは自転車を方向転換させて、文化館へと全力で漕ぐ。

 ずっとずっとR.ロビンたちが警告している。

 何だ。

『麻薬中毒者がどこかの家に不法侵入しようとして、アンドロイド・スワンに追い払われた。警察も動いているし、パートリッジ・セキュリティも急行している』

 見守りバードを契約して何か異常があれば、パートリッジ社のセキュリティ部門が駆けつけてくれる。

 夜間なら稀にある。

 深夜にスマートシティの外からよくないひとが流れてきて、夜明け前にセキュリティに連行される。だけどこんな昼間から流れてくるなんて。

 鉢合わせたらどうしよう。 

 撃たれる?

 木々の向こう、総合文化館の重厚な建物が見えてきた。それと大噴水も。

 セキュリティのアンドロイド・スワンが、ぼくを守るように駆けつけてきてくれる。

『館長には避難すると伝えた。自転車の速度は落とさず、そのままホールに入るんだ』

 ぼくは思いっきりペダルを踏み、ホールに飛び込んだ。

 途端に自動ドアは閉まって、防弾シャッターが轟きながら下りる。

「大丈夫ですか? ぽぽぅ!」

 蝶ネクタイをしたアンドロイド・ドードーが、ぼくを支えてくれる。

 司書長のR.ドッジソンだ。

「平気だよ。何も怖いのと遭遇しなかったし……」

 R.ドッジソンはぼくの背中を翼で覆ってくれる。

 雛を雨風から守る親鳥みたいに、優しく包み込んでくれた。

 エデンもやってきて、ふたりで並んでソファに座る。すべての窓に防弾シャッターが下りているせいで、光は人工だけだった。

「お父さまがいらっしゃいましたよ」

「パピア!」

 父さんはぼくをハグして、バイタルチェック。無傷なのを確かめて、背中を撫でてくれる。

 ここはまだ文化館なのに、ほんとの巣に帰ってこれた気分だった。





 翌日、学校から下校して、スイミングスクールに行った。

 立ち漕ぎボード(スタンドアップパドル)を習う。サーフボードくらい大きなボードに乗って、立ったまま櫂で漕ぐんだ。カヌーはしたことあるけど、立ったまま漕ぐのは新鮮だ。

 ゆらゆら揺れるボードで、バランス感覚と体幹を鍛える。

 慣れてくればリアムとお喋りくらいできた。

「独りで外出した時に、そんなのがくるなんて……運が悪かったね」

「ぼくは何も見かけなかったから、怖くはなかったけど」

「R.マリオットも気が気じゃなかっただろうね。だって、アンドロイドって銃が撃てないんだよね。息子のために銃を持てないなんて、そんなのっておかしいよね。不自由だ」

 人類型アンドロイドは銃が持てない。

 ホームディフェンス用の拳銃も猟銃も、母さんが亡くなってからは処分した。

「子供のために親が銃を持てないなんて、ひどい話だよ」

「そう、だね」

 ひどい話なんだ。

 リアムは憤慨していたけど、なんとなくひどさの実感が湧かなかった。

 スイミングスクールが終わって、父さんが迎えにくる。

 シロナガスを抱えて、後部座席に凭れた。

「父さんは銃が持ちたい?」

「質問の背景を推測できるとして、人類型アンドロイドが銃を持ちたいと希望したらリコール対象だぞ」

「……う」

 そう。人類型アンドロイドは「武力の主体」として認可されない。

 これは合衆国だけじゃない。ほとんどの国家がそうだ。

 自動車がガレージに入る。

「人間に対して武力制圧できるアンドロイドは、動物型のみだ」

 うちの学校の警備員R.フローベールは、V2K搭載されている。海洋科学館のシロクマ警備隊長Cpt. ホワイトフィールドや、あとはチャールストン空港のCpt.サンダースも、緊急時に武力制圧できる。

「でも俺は運転は巧い」

「うん」

「お前と不審者がいた場合、不審者だけを撥ねたり轢けたりできるぞ」

「……え」

「冗談だ」

 ぼくが戸惑っている間に、父さんは自動車を降りて、いつも通りガレージの充電器につなげる。

 ほんとに冗談なのか、冗談ということにしておけという意味なのか。 

 冗談だとしたら物騒すぎる。

 本気だとしたら、もっと恐ろしい。

「父さんにそんなことさせないよ」

「そう願っている」

 父さんの声は普段と変わりなく、優しかった。

   


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