どんなに雪が続いても
冬になったら、雪が降る。
それは当たり前だし毎年のことだけど、なんだか今年は降りすぎだ。
セントラルヒーティングに包まれたリビングで、ぼくはソファに寝転がった。シロナガスクジラのぬいぐるみに凭れ、デバイスで天気予報を覗く。
「父さん。全部、豪雪で警報が出てる。どんどん強くなるみたい。ね、外を見てきていい?」
「待ちなさい。上着を持ってくる」
なぜか厳重な防寒着に手袋をつけられ、耳当て付き帽子をかぶせられ、スノーシューズまで履かせられた。
過保護なんだから。
ぼくが北極までお出かけすると思っているんだろうか。
父さんと庭先に出れば、空は雲に覆われていて、地面も雪に覆われていた。世界がいつもの姿を忘れちゃったみたいだ。
雪はたっぷりと積もっている。
「父さん! クジラ作ろ! シロナガスクジラ!」
「ああ、雪をたっぷり集めよう」
あったか防寒着と手袋のおかげで、さくさくと雪を集めて固めていく。
庭に大きなシロナガスクジラが出没する。最高だな。
「パピア。マシュマロココアとエッグノッグ、どっちがいい?」
「今日はエッグノッグ」
マシュマロココアの方が好物だけど、クリスマス時期はエッグノッグだ。
シナモンとナツメグの香りが漂い、あたたかなエッグノッグが手渡された。
「こんなどんどん降るんじゃ、もうここ北極になりそうだね。いっそ北極になればいいのに」
絶滅に瀕しているシロクマを想う。
シロクマは強いけど、その強さの元は、たくさんごはんが食べられるからだ。ごはんになってくれる動物が減少すれば生きていけない。温暖化でごはんは少なくなり、悪い人たちが不法投棄したプラスチックやスノーモービル燃料で飢えをしのぎ、死んでしまう。
北極は削れて、汚れていく。
「いっぱい北極になって……」
心がしんみりしてしまった。
これはもう『アンドロイド・ジャーニー』で、アンドロイド・ポーラーベアの活躍を視聴するしかない。
アンドロイド・ポーラーベアたちは北極守護神。
密猟や不法投棄する犯罪者を追い払い、冷戦時代の核物質をサルベージし、国立極地研究所を警備している。海洋科学館のシロクマ警備隊長の兄弟機なんだ。
ポケットのデバイスが鳴る。
スクールアプリが点滅していた。なんだろ。
「父さん」
「休校だな」
父さんのデバイスピアスも明滅していた。
保護者にも休校の知らせが来たんだな。明日は学校がおやすみか。どうせオンライン授業はやるんだけど。
「交通機関が完全に麻痺している」
「除雪車が間に合わないなんて」
そんなことめったに無い。
「ああ、だがパピア。うちはきちんと備蓄食料を整えている。どんなに雪が続いて交通がマヒしても安心だ」
父さんは微笑んで語る。ぼくを安心させようとしているんだろう。
でもちょっと嬉しそうだ。
父さん、ローリングストックが趣味だからな……
朝食後、父さんがリビングにディスプレイを用意してくれる。
オンライン授業は全教科、副担任のR.アニストンが受け持ってくれた。
人間の先生たちはお休みだけど、アンドロイドの先生は学校暮らしだからこういう休校日に強い。R.エマソンやR.フローベールも今、学校にいる。司書のアンドロイド・ドードーたちも。
「人間がいない学校で、アンドロイドのみんなは何をしているかな」
休み時間、おやつを食べながら、自分のデバイスで友達とおしゃべりする。あつあつのベーコン風味チョコグレービーを、ビスケットをかけて食べる。
ディスプレイの向こうのエデンは、ピーナツバターを瓶ごと食べていた。わりと豪快だな。
「R.フローベールは災害警報モードになって、巡回しているって聞いたよ。除雪ロボットの指揮とか、不審者対策」
「じゃあ休校日も休校用の仕事あるんだね。R.エマソンはペンギンチックたちのお世話とか?」
「たぶんね。ドードーたちは図書室で、本の修繕していると思う。みんなでおしゃべりしてるかも」
「そっかー。総合文化館のドードーたちも今頃、おしゃべりしながら作業しているのかな」
大型ディスプレイからチャイムが鳴る。
自分のデバイスでエデンと繋げたまま、授業を受ける。独りのオンライン授業は寂しいけど、みんなでやるのはちょっと楽しいな。音のならないお菓子もつまめるし。
ランチの時間になると、いい香りがしてきた。
母さんが死んですぐあとは、こういう生活だったな。父さんとずっと一緒にいた。
ぼくは窓の外を眺める。
まだ雪が続いている。
しんしん、しんしん、曇天からは雪が降る。飽きることなく、終わることなく、世界の何かを埋めるように。
「パピアは雪が好きだな」
父さんがいた。
「幼稚園の頃は、雪が降ればいいって、ずっと言っていた」
「……そうだったの?」
ふっと記憶がよみがえる。
あれはいつだっただろうか。
豪雪のせいで母さんは出張か講演か、とにかく何か仕事が取りやめになって、その時はずっと家で遊んでくれたんだ。あれはたしかクリスマス。ぼくにとって最高のクリスマスプレゼントだった。
「そうだね。雪は好きだよ」
幸せを閉じ込めてくれたから。
溶けずに幸福を閉じ込めてくれればよかったのに。
もうどれだけ雪が続いても、母さんと眺めることはない。きっと蓮のきれいな世界にいるから。
ぼくと父さんはしばらく雪を眺めていた。




