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感謝ではなく、ただの祈りを




 紅葉した木々の輪郭を、霜の白さが包んでいる。秋に冬が入り混じり始めた。

 明日から一週間、学校がお休みになる。

 感謝祭だからだ。

 親戚家族が集まる日で、遠くへと帰郷する家族もいる。

「エデン、今年もお母さんの実家に帰るんだよね」

「うん。感謝祭はもう先月やったのにな。ガブリエルママの実家でやったばっかなのに、また明日からブリギッテママの実家に行くんだ。遠いのにさ」

 そんなこと言いながらもエデンは、瞳をきらきらさせている。従兄弟たちと仲がいいからな。

 反対にどんよりしているのは、ケルシーだった。

「呪わしいわ……サイテーよ」

 ケルシーは眉を吊り上げている。

 遺伝の祖母に会う義務を課せられるため、はっきり言って憂鬱の一週間だ。

「なんとかやり過ごすしかないわね」  

「幸運を」

 ぼくの励ましが聞こえているのかいないのか、ケルシーは休みの前日とは思えない陰鬱さでクラスルームを去る。

 ダコタがやってきた。

「パピア。お前さえよかったら、うちの感謝祭に来る?」

「……もし母さんとぼくなら、喜んで招待されたかな。でも父さんは食事しないからさ」

 父さんが独りになってしまう。

「そっか。そうだよな、ごめん」

「気にかけてくれたのは嬉しいよ。ありがと、ダコタ」 

 親戚家族が集まる日、か。

 うちは浄土真宗だ。

 感謝祭をそれほど重視してなかった。

 だいたいあれは親戚が集まって、収穫を喜びを感謝して、たくさんご馳走作っておなかいっぱいになる日だ。

 母さんに親戚はないし、父さんはアンドロイドで食事の喜びはない。

 それでも近所の家族は集まるし、母さんも職場でも帰郷が増える。重視はしてなくても、母さんは感謝祭の前後くらいには帰ってきた。だからなんとなくご馳走だった。

 ぼくも母さんも七面鳥は苦手だから、母さんが好きなだけシャンパンと生牡蠣を味わえる日だったな。ぼくは牡蠣のグラタンとかだった。

 マシュマロ増量したクランベリーフラックサラダも定番だ。あれは前日に作っておくけど、クランベリーから出た水分を炭酸で割ると美味しいんだよな。母さんはシャンパンにちょっと入れて、お酒を淡いピンクにしていた。

 それからチョコチップ入りのパンプキンパイ。余ったチョコチップはつまみ食いさせてもらえた。母さんがこっそり買ったブランデーのつまみにして、父さんに瓶を没収されていたっけ。

 もうそんな日はない。

 感謝祭、か。

 世界に対して感謝する気分になれないけど、せめて祈っていよう。 



 

 ぼくにとってはただの連休。

 でも友達は帰郷しているか、家で大がかりなパーティをしているか、どっちかだ。スイミングスクールだってお休みだし。リアムも今頃、苦手な祖父とご馳走を囲んでいるんだろう。

 ケルシーやリアムのことを考えると、親戚なんていなくて良かった。

 エデンみたいに気の合う従兄弟がいたら楽しいかもしれないけど、意地悪な親戚がいたら最低だもんな。

「父さん。課題が終わったから、文化会館までサイクリングしてきていい?」

「構わないよ。天気が悪いから、14時にはうちに向かってくれ。天候の崩れが早かったら、父さんが迎えに行く」

「ん、分かった」

 冬用のジャケットに袖を通して、遠回りして文化会館へ向かう。

 文化会館に用事はないけど、外で身体を動かす目的が欲しかっただけだ。

 白い息を吐きながら自転車を漕ぐと、大噴水が見えてくる。

 水の内側にはR.レダ。

 縁には小さな女の子がいた。ハシバミ色の髪で、ふわふわのケープを羽織っている。

「レダはどんな姿にもなれるんでしょ! ジュニパーおねーちゃんの姿になって!」

「どんな姿にもなれるけど、誰かの姿を盗めないのよ。あなたのお姉さんのヴィジュアルは、あなたのお姉さんだけのものだわ」

「言い訳しない!」

 すごい我がまま言ってるな。

「ジュニパーおねーちゃん帰ってこなくなっちゃったの……いいでしょ」

 女の子が泣き出す。

 ああ、家族が、帰ってこない。それは辛い。

「ブロッサム!」 

 大通りから甲高い絶叫が響いてきた。

 怒りの形相で駆けてきたのは、クラスメイトのヘイゼルだった。ハシバミ色の髪を振り乱し、大股でやってくる。

「オレンジブロッサム・ハードキャッスル! このおバカ! あんた、家を抜け出してどういうつもりよ!」

「うるさい、ヘイゼルナッツ!」

 あっ、ヘイゼルの本名言った。 

 ヘイゼルはあんまり自分のフルネームが好きじゃないから、先生にだってヘイゼルって呼ばせているのに。

「どうしてジュニパーかえってこないの!」

「姉さんは婚約先の感謝祭なんだし、クリスマスには義兄さんと顔を出すんだからいいでしょ!」

「やだ!」

 大騒ぎしまくっているんだけど、R.レダは困ったように眺めているだけ。

 本気で困っていれば、警備員のR.ヘレナを召喚できるから、これは単なる様子見だな。

 しかしぼくはどうしよう。

 ヘイゼルもこういう家族と言い争っている場面を見られたら気まずいだろうし、このままこっそりUターンして帰ろうかな。

 ぼくは自転車をそっと方向転換させる。

「ジュニパーどうして婚約なんかしちゃったの! ロンドンなんて遠くに行かなくてもいいのに」

 ……それは遠いな。

 地球の裏側か。

「おバカ! 車でたった二時間よ!」

「カナダのロンドンっ!」

 ぼくは思わず声を上げてしまった。

 当然、見つかってしまう。

 ヘイゼルは金緑の眼で、ぼくを見据えていた。目元が赤らみ、恥ずかしそうに視線を逸らした。

「……ごきげんよう、マリオットくん」

「奇遇だね」

「うちのおバカが恥ずかしいわ。先月、婚約したジュニパー姉さんのことばっかり恋しがって。近所みたいなもんよ」

「家族がいなくなるのは、寂しいよ」

「ごめんなさい。マリオットくんに慰め言わせちゃって。恥ずかしいわ、みっともない、ほんとに。クリスマスには会えるのに」

 ヘイゼルは妹の肩を押す。

「ほら、おバカ。メイプル姉さんが迎えにくるまで、中で待ってるわよ」

「やだ、ヘイゼルナッツのバカ!」

 強引に、というか、かなり乱暴に妹を連れていく。

 寒風の中、残されたのはぼくとR.レダ。

「ごきげんよう。玄関から入るの気まずかったら、西門からも入れるわよ」

「そうだね。というかサイクリングの途中で寄っただけなんだ。じゃあ」

 ぼくはそのまま帰路につく。

 R.レダはヴィジュアルを変更できる。

 だけど装いを変えたって、中身まで変えられるわけじゃない。

 そこにある魂はR.レダのものなんだから。






 家につくと、にんじんの香りがした。

 そうか、今日はジョージ・ワシントンのキャロットティーケーキの日だったな。それほど好きってわけじゃないけど、年に一回は食べる。夏のチェリーパイと、冬のキャロットティーケーキ。季節の廻りだ。

「ただいま、父さん。ヘイゼルに会ったよ、あと妹」

「妹さんは小学校に入学したばかりだったな」

「うん。ヘイゼルの妹、名前、オレンジブロッサムなんだって。で、お姉さんがジュニパーだから、もしかしてお姉さんのフルネームってジュニパーベリーかな」

「聞いたことはないが、その可能性は高いな」

「そういえばさ、幼稚園の頃、ヘイゼルナッツ・ハードキャッスルって最初、お菓子のメーカーかと思ったよ」

 他愛もない話を交わしていると、雪が降ってきた。

 ああ、冬だ。

 これからデトロイトは長い冬に包まれる。

 曇り空から降ってくる雪は、世界を白く装ってくれた。 


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