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Chapter3 養殖の真珠


 目覚ましアラームより先に、瞼が開く。

 母さんもう仕事にいっちゃったかな?

 急いで起きたら、いってらっしゃいのキスができるかもしれない。

 ベッドから這い出して、クジラのぬいぐるみを抱えて、リビングを目指す。

 話し声がした。



「真珠は養殖でも真珠よ。人工だとしても、魂が宿らないなんて決めつけだわ」

「魂か。少なくとも量子コンピューターには宿らないだろう」

「そんなの分からないわよ。中世なんて、動物に感情は無いってのが通説だったのよ。蹴られて泣いたとしても、あれはそういう反応を神から組み込まれているだけだって意見があったわ。そこから動物にも裁判受けさせようって方向に流れていくのも極端だけど、魂の在処なんて人間が判断することじゃない。少なくとも人類はその領域に至っていない」


 父さんと母さんが難しい話をしている。

 邪魔していいのかな。

 こっそり覗くと、父さんはいつものデニムエプロンで、母さんはゆったりしたトレーナーにスパッツだった。お化粧も無しで、ピアスをつけていない。

 外出やリモートする時は、絶対にマーブル模様のピアスをしている。

 それをしてないってことは、お休みなんだ。

 嬉しくって飛びついてしまう。

「おはよう、母さん! 今日、休日なんだね! お休みだったら、またお出かけできる?」

「ごめんなさい。お出かけはちょっと難しいの」

 母さんは困ったように微笑む。

 そっか。きっと疲れているんだ。いつもお仕事だし。

 ワガママな子にはなりたくないな。こんな大きなシロナガスを買ってもらえたし。

 父さんがぼくの頭を撫でる。

「今日は早起きだな。朝ごはんを食べるなら、手を洗ってきなさい」

「うん」

 手洗いを済ませて戻ってくると、父さんが朝ごはんを運んでくれた。スフレオムレツとキャラメルベーコン、にんじんポタージュ。あとプチトマトと食用ホオズキの入ったサラダ。

 黄色とオレンジ色の朝ごはんを、母さんと囲む。

 母さんがいると特別って感じがする。

 デザートのバナナクランブルを食べていると、母さんがフォトディスプレイを持ってきた。

「パピア、父さんの子供の頃のフォト見る?」

「あるの?」

 アンドロイドの子供時代なんて想像つかない。

「どのフォトのこと言ってるんだ?」

 父さんまで戸惑っている。

 母さんは素早くデバイス操作して、フォトディスプレイに写す。

 写っているのは、ぼくより年上の女の子だった。金髪を腰まで伸ばしていて、空色のワンピースを着ている。シンプルなんだけどお嬢さまっぽい。

「これが母さんだよね? 父さんは?」

「この後ろのスパコンが父さんだ」

 父さんが指さして答えてくれた。

「この黒いでっかいモノリスが? 背景だね」

「俺のボティは開発途中だったからな」

「でも私と会話は出来たから親しくなって、ボディが完成してからパートナーになったのよね。それからあなたが生まれたのよ、パピア」

「ふーん……」

 父さんがパートナーだったのに、どっかの誰かをイデンシテーキョーシャにしたのかな。

 面白くない気分だ。

 父さんと母さんとぼく。それで完璧なのに、異物がぼくに混ざってる。嫌だ。

「ね、サイエンスチャンネルで『アンドロイド・ジャーニー』が配信されるんだ。母さんも観よ」 

 父さんをソファに押して、膝の上に乗る。

「母さんも父さんの膝の上に乗っていいよ。半分こ」

「ありがとう。でも座るより凭れていたいから、横に座るわね」

 みんな揃って『アンドロイド・ジャーニー』を視聴する。

 『アンドロイド・ドルフィン、ベンテシキュメ7000。海洋資源探査がおもな任務ですが、津波監視員として働く個体もいます。通称アースキーパー。本日は、人知れず深海を旅するアンドロイド・ドルフィンたちを追っていきます』

 暗くて濁った深海を、突き進んでいくアンドロイド・ドルフィンたち。

 『海底に埋め込まれた地震計、水圧計、ハイドロフォンなどの計器を、整備巡回している姿です。機器を点検して、異常があれば修理のために海面へと運びます』

 かっこいい。

 もうかっこよすぎて、心臓がどきどきしてきた。ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 クジラがいちばんだと思っていたけど、イルカも良いな……

 アンドロイド・ドルフィンたちの勇姿を見終える。

「かっこよかったね!」

 母さんは父さんに凭れて、寝息を繰り返している。

 やっぱり疲れているんだ。

「お仕事で大変だね」

「ああ。好きな研究をしているのは分かるが、もっと身体を労わってほしいな」

「ピアスを隠したら、お仕事いかなくていい?」

 ぼくの名案に、父さんは三秒くらい思案した。

「なるほど。だが母さんはピアスがなくても研究所に行くだろう。それにあのピアスは母さんの大事なコレクションだから、無いとショックを受けるんじゃないか」

「宝物なんだ」

 ぼくは自分の部屋に行って、引き出しを開ける。

 マーブル模様のクラフト紙はない。でもぼくにはクレヨンっていう魔法がある。ピンクっぽい赤と、濃い緑、それから金色。これが母さんっぽいかな。

 作業シートの上で、クラフト紙をはさみで丸く切っていく。切ってから書くと、しわになっちゃうな。

 じゃあクレヨンでマーブル模様を描いてから、はさみで丸く切ってみよう。

 切ったクラフト紙を、クリップで挟む。

 よし、完成だ。

「母さん、母さん。ピアスできた」

 肩を揺すると、母さんが目を覚ます。

「プレゼント! ピアスだよ」

「えっ……私に。すごい、こんな素敵なのが作れるのね!」

 マーブル模様のピアスを、光に透かす。

「パピア。紙のままだと濡れるの怖いし、樹脂コーティングしていいかしら?」 

「いいよ」

「ちょうどいい空き箱あったかしら」   

 母さんは自分の部屋に行った。

 縦長の鏡がついた化粧台があって、開き戸を開く。ピアスがたくさん並んでいた。あとペンダントやブローチも。房飾りの垂れたネックレスも、ケースに収められていた。

 ぜんぶマーブル模様の石だ。

「そんなに持ってたの!」

「良い感じの模様があると欲しくなるのよね」 

 クレヨンと比べると、母さんのアクセサリーの方が鮮やかだ。メタリックレッドとか、ラメ入りの黄色とか。

「いろんな色があるね。こっちは宇宙みたいな黒! あ、海もある!」

「ええ、色んな色だけど、ぜんぶデトロイト瑪瑙(フォーダイト)っていう石なの」

「このマーブル模様はクレヨン?」 

「エナメル塗料よ」

 聞いたこと無い画材だった。

「誰が描いたの?」

「むかしむかしはね、自動車にスプレーを吹き付けて、色塗りしていたの。ムラなく塗るためにたっぷり吹き付けるから、床や壁まで塗料が飛ぶのよ」  

 よく分かる。

 今、ぼくの作業シートも、クレヨンでべたべたになってるから。

「何万と何十万と自動車を塗装して、撥ねた塗料が重なって固まったの。それを研磨して極彩色の年輪を浮き上がらせたのよ」

 母さんは大きなブローチを手に取って、ぼくに見せてくれた。

 オフホワイトに、きらきらした銀やメタリックな赤が混ざっている。

 これ塗料のかたまりなんだ。

「地球が産んだ宝石じゃなくて、人類の技術や文化が積もって生まれた宝石。母さんはこれが大好きなの」

「触っても大丈夫?」

「大丈夫だけど、爪は駄目よ」

 デトロイト瑪瑙(フォーダイト)を触らせてもらう。

 かちんかちんだ。

「軽いね」

「そう、天然の宝石と違って軽いの。模様も好きだけど、大きいピアスでも疲れないのは便利よ」

「天然物は重いの?」

「ええ。天然の宝石はね、比重が重いの。重力や地熱で圧縮されて、大地の奥深くから掘り起こされるのよ」

「ピクライトみたいに?」

「よく知ってるわね、ピクライト玄武岩なんて」

「『アンドロイド・ジャーニー』で見たよ! ハワイ海底で、アンドロイド・ドルフィンたちが海底資源採取をしていたんだ。どろどろのマグマが固まって黒くなって、そこにたくさん緑の宝石が結晶化したんでしょ」

 真っ黒い岩に、マスカット色の宝石が鏤められている。それがピクライトだ。

「あと海底ダイヤモンドも見た。ドルフィンたちがソナーで原石探して、採算可能なクオリティのダイヤモンドを選別していくんだよ」

 ピクライトやダイヤモンド。

 海の底で眠る宝石たち。

「まずね、浚渫するアンドロイド・ホエールがね……待って! 一から説明するから!」

 ぼくはリビングからシロナガスクジラを抱えて、部屋からはイルカの目覚ましと青いカラーサンドを持って戻った。

 廊下にカラーサンドをまき散らす。 

「……わあー」 

 母さんが単調な声を上げた。

「こうやっておなかで、海底の砂をしゅっしゅっと浚渫していってね! これは地上の木を切ったり土を削ったりするダイヤモンド採掘より、エコなんだ!」

 海底ダイヤモンド採掘を説明する。

「さあ、アンドロイド・ドルフィンたちは何を食べてるのでしょう。それは砂礫! おなかでダイヤモンドの原石を識別。経済的価値のある原石だけを、海の上に送り届けるのです! こうしてダイヤモンドを送り届けたドルフィンは、また深い深い海底へ輝きを求めて潜っていきました」

 拍手が降ってくる。

 いつの間にか父さんが背後にいた。

「パピア、一緒に掃除しようか」

 父さんの青い瞳は、廊下にばらまかれたカラーサンドに向けられた。

「カラーサンドは大事だろう。クリーナーロボットが来る前に片付けような」

「ロボット止めておけばいいよ」

「後回しをクセにするのは良くない。ロボットは止めておけるが、相手が人間ならそんなのは出来ないだろう」

「……うん」

 手ボウキで掃いて集める。

 クリーナーロボットに吸われてたら、ごみ箱に直行だ。

「ほら、この瓶に入れるか?」

「わ! かっこいい!」

 分厚い硝子製で、波模様が浮いていた。

 真っ青のカラーサンドを入れて行けば、海に似てくる。

 小瓶の海だ。

 背後で母さんが小声で呻いていた。

「ちょっと、あのリキュールの瓶、どうして空っぽ……」

「コンポートに使った」

「え? なんで勝手に」

「そうだな。なんで俺の許可していないアルコール飲料が、家にあるんだろうな」

 カラーサンドを瓶に詰め終わる。

 これはもう瓶のかたちをした海だ。

「白い貝殻を入れたら、断然、海っぽくなるよね。ビー玉も入れる!」  

「パピア。その前にハサミも拭くぞ」

「うん」

 瓶とシロナガスクジラを抱えて、部屋に行く。

 文具周りは汚れていた。

 父さんと顔を突き合わせて、文具と作業シートをクロスで拭く。

 クレヨンの塊があった。指でこねこねする。

「母さんね、デトロイト瑪瑙(フォーダイト)が好きなんだって」

「……ああ」

「クレヨンで作れないかな? ラメできらきらしたやつがいい!」 

「ラメは無いが、レンジでカラフルクレヨンを作るか? イルカのシリコン型があるから、イルカのクレヨンも作れる」

「作る!」

   



 海底から採れるピクライトやダイヤモンドもきれいだ。

 でも母さんの持っているデトロイト瑪瑙(フォーダイト)の方が面白い模様だし、父さんと作ったクレヨンのイルカの方がずっとずっと好きだった。


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