鳥たちが羽ばたくための風になる
パートリッジ社の重役たちが揃う晩餐会では、フランス料理のフルコースがお決まり。
煩雑なマナーが続く。
マナー。それは過去の因習と象徴主義に満ちた、形式の牢獄。
だけどわたくしはパートリッジ家のエレノア。極度の弱視であったとしても、完璧以上の優雅さで振舞う。その程度ができなくてどうして重役たちの晩餐会に座せましょう。
今回の話題の中心は、メセナホールだった。
大企業ならどこでもメセナを行っているもの。
パートリッジ社が取り組んだのも、典型的であり古典的なメセナホール。美術館と図書館が一体化して、託児所も完備された総合文化施設。
ル・デトロワ総合文化館。
ただ他企業と異なるのは、アンドロイドだけで運営されている点。
これが工業か教育の分野であれば、誰が最終的に責任者になるのか、喧々囂々となっていたでしょう。
でも社会貢献の文化館で、その反論は薄かった。
最終的にヒューマンインタフェースAI、R.レダを館長に、警備はアンドロイド・スワン、学芸員や司書はアンドロイド・ドードー、託児所にはペンギンチック。
すべて自社アンドロイドで揃えた。
地域の学校と連携を結び、カウンセラーにアンドロイド・皇帝ペンギンを定期的に招聘。
パートリッジ社のリソースを最適に使い、展示される美術品も企業蔵かパートリッジ家の個人蔵を利用している。非営利でありつつ、持続可能な公私連携モデルだわ。
重役たちは会話を続ける。
「思った以上に、アンドロイドメセナホールは順調らしいですな」
「喜ばしいですが、期待外れですな。HRIの実験場でもありますが、このメセナホールからの情報を、アンドロイド月面都市計画にフィードバックさせております。こう申し上げますと誤解を招きかねないのですが、そろそろ人間が介入するレベルの問題が起きてほしいものです」
ええ、そうね。たしかに不測の事態が起きてこそ、技術的進展や法整備の議論が前進する。
だけどその発言の裏の奥深くには、結局は人間が主役でなければ意味がないという感情が滲んでいるわよ。
発言に対して、重役のひとりが豪快に笑っている。
「テクノロジー部門の方々は、好き勝手おっしゃいますなあ。問題が起きなければそれはそれで結構。わしらブランド戦略室の心労は減る。良いではありませんか、滞りなく営まれるアンドロイドのみのメセナホール。パートリッジ社に相応しい、新しい時代を先導するメセナですな」
………新しい時代ね。
こんな晩餐会を開いている旧時代の人間たちが、何を語っているのかしら。
全員で顔を合わせて、同じものを食べ、話し合う。
趣味が悪いほど人間中心主義。
世界大戦時代の煙草を吸って行う会議のように、あるいはローマ帝国の奴隷に傅かせて行った饗宴のように、顔を合わせての食事など、廃れるのに相応しい。
重役たちは優雅な話法で、メセナの分析と展望を続ける。
晩餐会。上流階級の象徴………いえ、人間の象徴かしらね。
この作法と食事は、人間らしさの維持費なのかしら。無駄な維持費を払い、アンドロイドを排する儀礼を行い、新しい時代を賞賛するのね。
わたくしには愚かに感じる。
とても愚か。
だから、わたくしが次の世代の倫理を再構築する。
鳥たちが羽ばたくための風になる。
今は無力な13歳の少女でしょうけど、いつか、必ず。
わたくしは人間の指に最適化されたフォークとナイフを操り、柔らかな動物の肉を切っていった。




