ミュシャのゆめ
ヒューストンで宇宙開発ロボットを見てきたから、うちにある『アンドロイド・ジャーニー』のアーカイブから、宇宙開発編だけを視聴していく。
やっぱ実物に触れあってから、映像を見ると解像度が違うな。
同じ映像なのに、情報量に差がある。
「パピア。続けて鑑賞し過ぎてないか」
父さんからストップがかかった。
たしかにチャンネル視聴ばっかりなのも不健全だし、父さんに心配かけたくない。
「気分転換にサイクリングしてくる」
「おやつはどうする? 総合文化館のカフェで食べてくるか?」
「………ぅ」
ぼくがル・デトロワ総合文化館のメディアルームで、『アンドロイド・ジャーニー』を視聴しようという考えは、完璧に見透かされていた。
見透かされた罪悪感なのか、それとも自己欺瞞なのか、運動量を増やすためにわざと公園に立ち寄り、遠回りして文化館まで行った。
ル・デトロワ総合文化館の前には、巨大噴水が飛沫を上げている。
水に投影されているホログラムは、館長のR.レダだ。
ふんわりと結った茶髪から、ピンクや赤の花たちを散らしていた。水飛沫と元に、無限に散り続ける花びら。よく見たら、水面にもピンクやオレンジの花が映っている。
纏っているドレスは薄い生地と細かな宝石で構成されていて、過去なのか未来なのか分からない、不思議な綺麗さだ。
この姿は、ミュシャという画家の描いた女性の姿って聞いた。
R.レダは他の来館者とお喋りしている。
「こちらの文化施設はパートリッジ社のメセナホールとして、CSRの一環で運営されておりますの。美術館ではパートリッジ企業蔵や個人蔵の美術品を中心に、さまざまな美術と触れ合う切っ掛けを催しております」
また美術展の紹介している。
『アンドロイド・ジャーニー』だけ視聴したと父さんに思われるのも、なんとなく癪だった。反抗期かな。
前にもR.レダにも鑑賞を勧められたし、美術展にも寄るか。
エントランスホールから階段で地下に降りて、デバイスに文化館のアプリを表示させる。これで入館無料だ。
最初に展示されていた絵は、館長そっくりの女性の姿だった。
あ、逆だ。館長がこのミュシャの絵をモチーフに、立体のヴィジュアルを構築したんだ。
タイトルは『夢想』か。
膝に雑誌を置いてこちらに眼差しを送る女性は、館長のヴィジュアルとしてぴったりだな。
アンドロイド・ドードーがてくてくと巡回してくる。文化館の司書や学芸員は、全員ドードーだから。
「ぽうぽぅ、いらっしゃいませ、今期展示は『ミュシャとアメリカ』。アルフォンス・ミュシャがアメリカ滞在中に描いたポスター、雑誌の表紙を中心にお送りしておりマス」
「むかしの画家?」
「20世紀初頭を代表する芸術家デス」
「意外に古い時代だね」
奥へと進む。
ミュシャは全然知らない。
だけどたまに見覚えがある絵が飾られている。
「ショッピングモール……」
この絵の女性、ショッピングモールの総合案内カウンターにいた。
それから隣の絵の女性は、ネットバンクの案内だ。
「ここが元ネタ!」
びっくりしていると、声の大きさを聞きつけたドードーがやってきた。
「ぽぅぽぅ、お知りになりたいことがあれば、何なりと」
「すごくよく見る姿ばっかりだね」
アンドロイド・ドードーは、もったいぶった挙措で頷く。
「ミュシャヴィジュアルのヒューマンインタフェースAIですか」
「そう」
ネットのいろんな場所で、この姿を目にする。
「ミュシャのヴィジュアル、人間と話したくないけど、動物に案内もされたくないという層に人気なんですヨ」
「え? ……そんなわけわかんない層がいるの」
「いるんですよネェ、ぽぽぅ」
世界って想像もつかないひとたちがいる。
そんなこと分かっていたけど、改めて聴くと不思議な気分になってしまった。