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ゆうかいみすいじけん



 ほくは夏の風に吹かれ、自転車を漕いだ。

 R.ロビンたちのさえずる道、半径1.6キロだけなら一人で行動してもいいって許可を貰えたんだ。許可をもらっても行ける場所はすぐ近くの公園と、ル・デトロワ総合文化館くらいだけどね。

 ル・デトロワ総合文化館は、家から自転車で6分くらい。わざわざ父さんに頼んで自動車を出してもらうほど行きたいってわけじゃないけど、自分ひとりで行けるなら行ってもいいかなってところ。

 石造りの威厳がある建物だ。

 まるでアンドロイド登場以前から存在していそうだけど、わりと最近、建てられた施設だ。なだらかなスロープや、点字ブロックが組み込まれている。

 前庭は鬱蒼と茂る木々と、R.ロビン。そして大きな噴水が聳えている。

 水は高らかに、生き生きと、無限に噴き上がっていた。

 その水に対して、ぼくは挨拶する。

「こんにちは、R.レダ」 

 ぼくの挨拶に、噴水をスクリーンにしてAIのR.レダが浮き上がった。

 結いあげた茶褐色の髪に、真っ赤な花を無数に挿している。肩の出たドレスを纏っていた。ロマンチックなデザインで、胸元に華奢な宝石たちが輝いている。

「ごきげんよう。パピアくん。今日はおひとり?」

 彼女は文化館長のR.レダだ。

 ボディを持たない彼女は、こうやって噴水に姿を投影している。

 ぼくの子供の頃は、アクア・ステレオって暗くないと鮮明じゃなかったけど、今じゃ昼下がりの陽射しを差し込まれても、輪郭や色彩がくっきりしている。水の内側に、ほんとに女神がいるみたいだ。

「うん。シアターの『アンドロイド・ジャーニー』を見に来た」

 『アンドロイド・ジャーニー』はぼくのお気に入りの番組だ。人間には手の届かない場所で活躍しているアンドロイドを紹介している。海底だったり、宇宙だったり、あるいは汚染物質の真っただ中だったり。

 家にもアーカイブ揃ってるけど、シアターは音響が良い。

「『アンドロイド・ジャーニー』がお気に入りなのね」

 上品に微笑む。

 音楽めいた笑い声に、水飛沫がきらきら散った。噴水の動きは、彼女に連動している。

「R.レダだってその姿がお気に入りだよね」

 彼女はホログラムの姿しかない。

 姿かたちはいつも違うけど、今の姿をよく見かける。

「ミュシャの美術展をしているときは、この外見なのよ。定期的にミュシャを展示しているから、この姿があたくしのデフォルトだと勘違いされるくらい」

「そうなんだ」

 図書館の地下一階は美術館だけど、興味が湧かないから入ったことなかったな。展示内容も見てないかも。彼女の姿って、美術展の絵と連動していたんだ。

「前回はマリー・ローランサンだったけど、今期はミュシャなの。『ミュシャとアメリカ』よ。ぜひ見てってね」

「うん。気が向いたら行く」

 ぼくは自転車置き場に自転車を止めて、白鳥型アンドロイドのR.ヘレナに挨拶して総合文化館に入った。

 一階は図書館とカフェ、二階は学習室とメディアルーム。地下にはシアターと美術館。

 ぼくの目的はシアターだけ。

 とはいえ始まる前まで、またちょっと時間がある。あと二十分か。

 R.レダに勧められたし、美術館に寄ってみてもいいかな。図書カードさえあれば無料だし。

 図書館の方から小さな男の子が、何かを抱えるようにやってきた。

 幼稚園くらいだ。あんな小さな子がひとりなの、珍しい。

 そう思って目で追う。 

 シャツのおなかの部分が膨れている。


「ピィ?」


 ふくらみの下から、ペンギンチックの鳴き声がした。

 ペンギンチックは皇帝ペンギン雛型のアンドロイド。ちっちゃな子のメンタルケアと、バイタルチェックのために働いているアンドロイドだ。ここのチャイルドソーンにも、ペンギンチックが勤務している。

 もしかしてあの男の子、ペンギンチックを誘拐しようとしている?

 駄目だ!

 巣から離したら大騒ぎだ。もしも設定された敷地内から離れたら、ペンギンチックは凄まじい甲高さで鳴く。聞いている人間に、罪悪感を植え付ける悲痛な鳴き声だ。

 それに玄関周りには、警備員のR.ヘレナやR.カストルが巡回している。

 絶対に捕まる。

 ペンギンチック誘拐なんて、成功しない。

 親に怒られるだけだ。

 ぼくは慌てて、男の子を追う。

「あの、その子、もとの場所に帰してこようか?」

 いきなり話しかけられて、男の子は眉を吊り上げた。

「イヤ」

 連れて帰るという決意が固い。

 どうしよう。大騒ぎになっちゃう。

 ぼくは男の子が敷地外に出ないように、両手を広げてディフェンスする。今にも抜かれそうだけど、身体を拘束するわけにもいかないしなあ。

 迷ってしまった隙に、男の子はぼくの横をすり抜ける。なんて素早い。玄関に一直線だった。

 その直線上に、身長120センチが立ちふさがる。

「R.エマソン!」

 皇帝ペンギン型アンドロイドだ。

 ぼくが通っている学校で、スクールカウンセラーを務めている。

「そこにいるのはうちの子ですね。私にだっこさせてください」

「…あ」

 R.エマソンが羽根を差し伸べると、男の子は悲しそうに俯いた。

 シャツの下に隠したペンギンチックを出して、そっと渡す。

「ありがとう」

 男の子は何も言わず、走っていってしまった。 

「ありがとうございます、R.エマソン」

「運が良かったんです。未遂でよかったですね。騒動にならなかったのは、本当に幸運です」

 そうつぶやきながら、黒い羽根でペンギンチックを撫でる。それから足の間に押し込んだ。

 本当の親子みたいだ。

「R.エマソン。キャンプへの出張してたんじゃ」

「ええ。サマーキャンプの出張が終わったので、図書館のチャイルドソーンでカウンセリングです」

 多忙だな。

「パピアくんは図書学習ですか」

「ぼくはシアターに……」

 あれ? 上映まであと何分だ?

 時計は上映開始三分前。

「すみません。シアターはじまっちゃうんで失礼します」

 ぼくは一礼して、地下のシアターへと急いだ。

    


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