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ヒューストンの夏模様

 

 夏休みはサマースクールに通うものだけど、お寺はお盆フェスティバルの前は準備で忙しい。お寺のサマースクールもそろそろ終わりだ。

 去年までだったらカナダの国際キャンプだった。それが終われば母さんがバカンスを取ってくれて、泊りがけで遠方の科学館とか水族館に行ってたんだけどな。

 ぼくには父さんがいる。

 でも、父さんはアンドロイドだ。子供とアンドロイドだけじゃ入れない施設は多いし、ホテルだって泊まれない。父さんとふたりで宿泊するためには、母さんが前もって保護者として申請しないといけない。

 だから泊りがけは難しい。

 友達はみんなサマースクールだから、ひとりで学習かな……

「パピア。お寺のサマースクールが終わったら、ヒューストンの宇宙開発体験スクールに行くかい?」

「えっ? それって人気のサマースクールだよね?」

 NASAの主催で、予約開始した瞬間に枠が埋まる。超絶人気のサマースクールだ。

 それにヒューストンは泊りじゃないと無理なのに。

「母さんの友達が、サマースクールのキャンセルを押さえてくれた。パピアさえ良ければ、家に泊まってもいいと。昔、父さんのパーツを原価で譲ってくれて、葬儀にも出席してくれた方だよ」 

「えーと、覚えているような気がする」

 もしかしたら覚えていないかもしれない。

 父さんはディスプレイを立ち上げる。

 画面に映る人物は、プレーンな雰囲気の大人だ。髪は短くて茶色、髭もない。そもそも男性か女性か分からない。年齢もよく分からないけど、母さんと同世代かな。

 これといって特徴がないから、外見の説明を求められても困る。

「Mx.スミス。NASAに勤務するロボット技師だ」






 空港につくなり、南の空気の匂いがした。

 ざわめきもテキサス訛りが強いし、あちこちからスペイン語も響いてくる。

「ね、父さん。あっちのお菓子屋さん、ほら! 揚げコーラ(フライド・コーク)ってなんだろ!」

「ああ、21世紀に人気を博した揚げ菓子だ。生地とシロップにコーラがたっぷり含まれている」

「食べていい?」

 父さんはちょっと迷っていた。

 会話の行間に、細い影が入り込む。

揚げコーラ(フライド・コーク)は一食分のカロリーがありますよ。それでもよろしければ」 

 Mx.スミスだ。

 母さんの友人でロボット技師というひとは、穏やかな雰囲気で、特徴のない外見で、シンプルなシャツとスラックスだった。キャラメイクできるゲームのディフォルトキャラを連想してしまう。

 ぼくは生クリームとさくらんぼをのせた揚げコーラを買ってもらう。ほぼ初対面の大人に食べ物買ってもらうの、こころの座り心地が悪いな。でもお菓子があると、ほぼ初対面と大人と会話が少なくなるから楽だ。

 タクシーでMx.スミスのアパートを目指した。

 ヒューストンの郊外に、古めかしいアパートが並んでいた。赤煉瓦で窓枠は白、非常階段は真っ黒。こういうアパート、時代ドラマで見たことがある。

 倉庫っぽい建物でタクシーが停まった。

「ぱっと見は倉庫ですが、アパートになっているんですよ」

 玄関の前には、白鳥が一羽。

 見守りバードだ。

「ここの管理アンドロイドのR.オデットです」

「ごきげんよう、Mx.スミス。お客さまはそちらの方々?」

 白鳥アンドロイドの瞳が向けられた。

「パピア・マリオットです」

「ギャラント・マリオット。パピアの父。R番号26-PR-HU07009」

 ぼくたちに挨拶してから、羽ばたきひとつして匂いを嗅ぐ。ぼくたちを来客ログに登録しているんだろう。

「歓迎いたしますわ。あたくしはオデット。R番号48-PU-BI19009、よろしければご登録を」

 お出迎えの儀式が終わって、やっと一息つける。

「R.マリオット、パピアくん。長旅お疲れでしょう。くつろいで下さい」

 案内された室内は、すっごく開放的。

 広々としたおっきなホール。そこにソファがあって、キッチンとカウンターがあって、その奥に書棚や大型のパソコン。さらに奥には、また大きなソファがある。仕切りはほとんどない。

「ロフトがあるよ!」

「中二階は寝室です。どうぞ使って下さい。私はいつも奥のソファで寝てますから」

「いいの?」

「最初はカッコイイと思ったんですが、上り下りが億劫で。ソファで寝起きして、あっちはすっかり客用なんです」   

 ぼくはロフトの階段を昇る。

 天井は低い。ベッドに乗ればぼくでも天井の梁に手が届きそう。部屋にあるのは、セミダブルのベッドと、パラボラアンテナっぽい間接照明がひとつ。 

「秘密基地みたい!」

 吹き抜けから部屋を見下ろす。

 Mx.スミスが父さんに部屋の案内をしていた。

「シャワールームとトイレはこっちの扉。こっちの扉はクローゼットです。キッチンなんですけど、冷蔵庫がここ、食洗器が隣なんですよ」

「完全ビルドイン式か」

「あっ、チャイルドロックしますね」 

 




 デリバリーした夕食をご馳走してもらって、ぼくはロフトで眠る。

 ここのおうちは素敵だ。

 仕切りがない。

 夜中に目が覚めても、下を覗けば父さんがいてくれた。

 ソファに腰を下ろして、仮眠モードに入っている。しばらく眺めて、ベッドに戻った。安心した気持ちが、じんわりと眠気を誘う。

 宇宙開発スクールも楽しみだな。

 久しぶりに前向きな心地で眠りについた。





 朝起きて、見慣れぬ天井にびっくりして、一秒後にやっと思い出した。

 ぼくはヒューストンのサマースクールに参加するから、母さんの友達の家に泊まらせてもらっているんだ。ふんわりと珈琲の香りがした。朝ごはんかな。

 ドアがぱたんと閉まる音。

 ロフトから下を覗けば、父さんの姿があった。

「おはよう、パピア。Mx.スミスはちょうど出勤したところだ」

「寝坊した?」

「Mx.スミスが早いだけだ。朝ごはんがあるよ」

 カウンターの籠には、真空ベーグル。いろんな種類がこれでもかと積み上げられていた。クリームチーズやジャムのポーションもあった。

「ベーグルパーティーでもするの?」

「Mx.スミスは真空ベーグルを定期便にしてもらって、好きな時に好きなだけ食べる習慣らしい。パピアも好きなベーグルを選ぶといい。いくつでもいいそうだ」

「すごい。そのシステム楽しいね!」

 どれにしよう。

 まず定番のプレーンなベーグルにクリームチーズ。あ、くるみ入りがある。ぷちぷちライ麦も。迷うな。チョコベーグルにブルーベリージャムは外せない。

「………父さん! もしかしたらブルーベリージャムと木苺ジャム両方とかも許される?」

「そこに練乳をかけても許される」

「極楽なの?」

 パックされたベーグルを手に取る。

 下の方からパンプキンシードキャラメルが登場した。

「これ初めて見た!」

 手に取ったら、さらに下にからピスタチオホワイトチョコが登場した。

「なんてこった!」

 ぼくが悩みに悩んでいる間に、父さんはミルクを温めてくれた。

 

 

 

 NASAで行われるサマースクールを終えれば、父さんが迎えに来てくれていた。レンタルカーに乗り込む。

「楽しかったかい?」

「うん! 国際宇宙ステーションのひとたちと、アマチュア無線でお喋りしたんだ。宇宙に無線が届くんだね! びっくりした」 

 だって海中だと、電波が減退する。

 だからこそ海洋アンドロイドの自律意思に任せて、海岸保全や海底探査されているんだ。アンドロイド・ホエールたちも中距離でなら低周波数会話できるけど、長距離かつ高情報量の無線技術は確立していない。

 なのに宇宙はどこまでも電波が届く。減らないんだ。

「無線があれば、自宅でも宇宙の声が聴けるって。あと講義があってね、周波数のドップラー効果とか」

 講義の内容を思い出して、なんとか説明する。父さんは何でも知ってるから、ぼくのふわふわした説明でも分かってくれたみたいだ。

「パピアは宇宙飛行士と、どんなお喋りをしたんだい?」

「地球の海がどこがいちばん綺麗か聞いた。宇宙からだとたったひとつの海に見えるって」

「そうか」

「明日は宇宙センターを見学するんだよ。ほんとの宇宙飛行士だったひとが解説しながらだって。父さんもいっしょに行ければいいのに」

 残念だ。

 でも父さんは楽しそうに微笑んだ。

「お前が楽しそうなら、それ以上の望みはないよ」

「でも……じゃあ今度いっしょに行こう。ぼくが解説する!」

「楽しみだ」

 父さんを案内するために、きちんと講義を受けなくちゃ。これは責任重大だな。

 スクールが終わったら、近くのビーチで海水浴だ。

 プールと海水って、泳いでいる感触が違う。スイミングスクールでキャンプするミシガン湖とも違う感じだ。水が力強い。

 波に揉まれて、鼻から肺までたっぷり潮気を吸い込んだ後、ぼくは肝心なことを思いついた。

「……父さんって海水は良かった?」

 さんざん泳いでから発するにしては間抜けな質問だ。

 父さんは優しく微笑んでいた。

「非推奨だが禁忌ではない。アンドロイド用の耐海水スプレーを吹いているから平気だ」

「そういうスプレーあったんだ」

 ぼくはほっとする。

「父さん。ぼくがサマースクールしてる時、父さんは何してるの? 退屈してる?」

 家なら家事とか買い物とかしているけど、ここで何してるのかな。

「今日はNASAで健康診断だ。クリーニングしてから、海水スプレーを吹いてもらった」

「海水スプレー使うのけっこう大変?」

「自分で吹付はできないからな。塗装ブースみたいな場所で処置してもらう」

 日焼け止めスプレーみたいなの想像してたけど、けっこう大がかりなんだ。アンドロイドの海水浴。

 泳いだ後、シーフード専門ダイナーで、シーフード・ホットスナックセットをテイクアウトした。二人前。Mx.スミスの分だ。

「ふたりぶん買えるの、気楽だね」

「そうか」

 いつもならぼくひとりぶん。ふたりぶんは珍しい。

 夕焼けを眺めながら、ドライブディナーする。

 南国の夕暮れをたっぷり楽しんで、夜が更けきる前にアパートに戻った。

「こんばんわ、R.オデット」

「ごきげんよう。すてきな一日だったようね、パピアさん」

 白鳥アンドロイドのR.オデットに出迎えられて、部屋に入る。

 一人分のシーフード・ホットスナックセットをテーブルに置き、ぼくはシャワーを浴びる。ビーチにあった簡易シャワーは、ちょっと力が弱かった。しっかり潮風と海水を洗い流す。


 父さんがビーチで撮ってくれた写真を、ディスプレイタブレットに映し出してくれた。友達に送る用に良い感じのを選ぶ。リアムやエデン、ケルシーもぼくのこと心配していたから、元気だって証拠の写真を送る。

 送信すれは、あくびがひとつ。

 眠くなってきたな。

 結構遅い時間だけど、Mx.スミスはまだ帰らない。仕事が忙しいのかな。

 母さんもそうだった。遅いどころか、めったに帰ってこなくて。でもディスプレイでたくさんお喋りしてくれた。

 ちょっと悲しさがこみあげてきた。ぐっとのどに力を込める。

「おやすみ……」 

 ぼくはロフトに上がって、ベッドにもぐりこんだ。

 



 真夜中、物音がする。

 ドアの音からして、Mx.スミスが帰ってきたのかな。布団から身体を出して、こっそり下を覗く。

 階下の間接照明がふわっと灯っていた。

「私の分までありがとうございます。あっ、掃除もして頂いてすみません」

「泊まらせて頂いているのはこちらだ」

 小さな声で話をしていた。

 ぼくへの配慮だろうけど、実は起きているよ。

 Mx.スミスはレンジでホットスナックセットを温め、パソコンの前で食べ始めた。

 父さんは仮眠モードに入る。

 Mx.スミスがテーブルでごはん食べないの、良いな。

 父さんが独りぼっちじゃないから。

 誰かと向かい合って食事を取る。それって人間だけの能力で、父さんにはない。だからMx.スミスが好き勝手に食べている様子は、なんとなく好ましかった。




 



 NASAのサマースクールに通い、日暮れまで海水浴して、地元のダイナーでテイクアウトして帰る。シーフードダイナーが多くて楽しい。

 そんな一週間が終わった。

 滞在日数はまだあるから、父さんと宇宙センターに行く。それからダウンタウン水族館や、ムーディーガーデン付属の水族館に連れて行ってもらった。

 アンドロイドと子供じゃ入れないけど、Mx.スミスがめんどくさそうな申請してくれた。母さんだったらぼくの親権があって、生みの母で、いっしょに暮していたから手続きはスムーズだったけど、Mx.スミスは他人だ。申請が煩雑らしかった。

 でも、おかげで行ってみたかった水族館に行けた。

 明日の朝には、デトロイト発に搭乗する。




 ぼくは父さんに凭れて、デバイスをタップしていく。

「サマースクールの写真どれがいいかな」

 他のみんなが上げた写真を、スクロールしていく。

 クラスのみんなが見るSNSだから、ばっちり決まった一枚がいいな。

「俺にはぜんぶ楽しそうに見えるよ」

「探しているのは、かっこいいやつ」

「俺には……」

「父さんはぼくが大好きだから、全部かっこよく見えるだけだよ」

 真剣に厳選した写真をUPすれば、早めにベッドへと追いやられた。

 間接照明はボイジャー1号のかたち。それが夜を照らしている。

 ロフトのベッドも今日で最後。自分ちに帰りたいし、お留守番させているシロナガスクジラが懐かしいけど、ここも名残惜しい気がする。

 



 うとうとを繰り返していると、Mx.スミスが帰宅した音が伝わってくる。 

「ありがとうございました、Mx.スミス」

「楽しんでくれたなら、それでいいんです。私は……Dr.マリオットに何もして差し上げられなかった」  

 静かで、悲しそうで、たちまち夜に飲み込まれてしまいそうな囁きだった。

 沈黙の中、息継ぎめいた呼吸音がする。

「Dr.マリオットは矢面に立つことを躊躇わない人間だった。勇ましくて、強くて、目映かった。私はいつも悪い方向にばかり思考が進み、最悪の事態ばかりで頭がいっぱいになる」

「宇宙ロボット開発では、それは長所ですよ」

「仕事ではそうですね」

 笑い声なのか泣き声なのか、よく分からない呟きだった。

「私はDr.マリオットがくれた強さに何も返せず、見送ってしまった。だからこれは罪滅ぼし。Dr.マリオットが愛した方々へ、ほんとうにささやかな………ああ、ささやか過ぎて情けない」

「パピアは楽しんでいましたよ。とてもいい思い出になります」

「……ありがとうございます。R.マリオット」 

 Mx.スミスにとって、母さんはかけがえのない友人だったんだ。

 死んでも大事に想ってくれている。

 そう思うと、優しい悲しみが溢れてきた。テロの時の怒りに似た悲しみとは違う。哀しくて肺の隙間が締め付けられる感覚がするけど、大切にしたい哀しさだった。

 





 そしてぼくのヒューストンでの夏は終わった。

  

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