ピクニックきらきら
幼稚園の時のともだちが帰国して、そいつのうちのホームパーティーに招かれた。
名前はダコタ。
「父さん。ぼく、この子、記憶にないんだけど……」
「ダコタくんならお前がよっつの時に、オーストラリアに引っ越した子だよ。よくボールプールで遊んでいただろう。ほら、この子だ」
ディスプレイに幼稚園時代のムービーを出してくれる。
ボールプールで金髪の三歳児がふたり。馬鹿みたいにはしゃいでいる。右がぼくだろうけど、左は知らない男の子だな。
父さんが記憶しているなら間違いなく友人だったんだろうけど、記憶にないな……
ムービーや写真を見ても、何も引っかからない。
「うーん」
「行けば思い出せるんじゃないか」
楽天的な発言だった。
友人に尋ねるにしても、エデンは幼稚園にいたのは年長からだ。気軽に聞けるのはケルシーくらいかな。
ケルシーにメッセを送る。
『ダコタは覚えてないわね。グランマに聞いたら、あんたと仲良かったらしいじゃない。行けば思い出せるんじゃない?』
行くしかないのか。
日曜日の天気は、きらきらと輝いていた。
お出かけ日和に招いてくれたダコタくんも、きらっきらの笑顔である。髪も肌もばさばさに日焼けして、スポーツマンって体躯だった。
「おっす、パピアもひさしぶり、あいかわらずTシャツはイルカ柄なんだ。オレもあいかわらず真っ赤しか着てねーけど」
朗らかに笑う。
いいやつっぽい印象だったけど、まったく記憶がよみがえってこない。
芝生の庭では、ソーセージパーティが始まっていた。
初老の男性が、グリルの世話を焼いている。挽肉独特の香ばしい甘さが立ち上っている。
「じーちゃん、パピアも来た」
「ああ、懐かしいな。相変わらずイルカか」
ダコタのグランパはにっこり笑って、ソーセージをトングでつかむ。
びっくりするくらい太いソーセージだ。透けそうな薄さのパンに挟み、玉ねぎ入りケチャップをかけて食べる。
「パピア、あとでシーフードも焼くから食べ過ぎんなよ」
「ありがと」
ソーセージは美味しいけど、この状況はまずいな。
ダコタくんはぼくをばっちり覚えているぞ。
自分だけが思い出せない気まずさで、視線が外へと泳いでいく。
生け垣が低いから、隣の家まで見渡せた。
隣のうちでは幼稚園くらいの子供たちが集まり、わちゃわちゃしている。ピクニックシートを敷いて、みんなペンギンチックを抱きかかえていた。
「となりんちさ、毎週、ペンギンチック・ピクニックしてるんだよ」
「テディベア・ピクニックみたいな?」
「そんな感じ」
幼稚園では初夏にピクニックがあって、家のぬいぐるみを連れてこれた。
テディベア・ピクニックって名前だけど、お気に入りならうさぎでも人形でもいい。
ぼくはもちろんシロナガスクジラ。
海洋科学館オートマタ・オーシャンで、父さんと母さんに買ってもらったんだ。
幼稚園でいちばん大きかったな。
ケルシーはバレエのチュチュをきたテディベアだった。ふいに思い出す。
「ダコタくんの相棒は誰だっけ?」
「ひつじの着ぐるみきたおおかみ。パピアはイルカだったな」
ぼくのピクニックの相棒は、シロナガスクジラなんだけど。
イルカとクジラ、間違えてる?
あっ、シロナガスクジラって五歳の時に買ってもらったはず。そのころはもうダコタくんは引っ越しちゃってた。
……イルカ?
ぼく、イルカのぬいぐるみなんか持っていたかな?
「目覚まし時計を持ってきたやつ、お前だけだったから覚えてる」
「時計!」
ぼく専用の目覚まし時計。
たしかにお気に入りだった。今でもお気に入りで、朝、起きたら最初に目に入る位置においてある。
幼稚園のピクニックにも、時計を抱きかかえていったんだ。
父さんは一応、ぼくのためのテディベア(しろくま水兵ルック)を抱えていたけど、イルカじゃなきゃ嫌だと言い切って、幼稚園バスに乗った。
そんで隣のやつは、ひつじのぬいぐるみ抱えていた。
──パピア、とーちゃんがアンドロイドだから、ぬいぐるみもアンドロイドなんだ──
ぼくはそうだよって答えて、ちくたく鳴っているイルカを抱き締めていた。
それからその子といっしょにピクニックで、宝探ししたんだ。見つけた宝物は、自分の相棒にプレゼント。
「……ダコタくん」
「ん?」
「見つけた宝物、交換したよね」
「そうそう。交換したんだった。パピアのキューブが赤いくるまのかたちで、オレが青い貝殻だったから」
宝物は透明なゴムキューブだった。
交換してもらった青い貝殻のキューブ、あれはどこに行ったんだろう。引き出しの奥かな。クローゼットに押し込んだ玩具箱かも。
たぶん引き出せる場所にあるだろう。
とてもきらきらした思い出だから。




