片羽根のアニマシー
今日は父さんとお出かけ。
もうすぐ10歳になるから、今より高性能なデバイスを買ってもらえるんだ。
今までのは安心お子さまフィルタリングだったけど、これからはもっと自由だ。
父さんの運転で、デバイスショップまで行く。
クールでシンプルな店頭には、いろんなガジェットが並んでいた。実物を触り放題なのは最高だ。ネットだと重さとか指紋反応とか分かりにくい。
デバイスショップに音声放送が響く。
「AI育児支援推進により、ナーサリーロボットが補助金最大1200ドル! 最大1200ドル! 政府への補助金申請はすべて当店が行います。お客様に請求する金額は、補助金を抜いた金額。お見積もりは無料です。どうぞお気軽に、ナーサリーロボット相談コーナーまでお越しくださいませ!」
ナーサリーロボットのコーナーには、ペンギンチックが三匹、並んでいた。
見守りバードシリーズの雛型ペンギンだ。灰色の羽根と黒いつぶらな瞳で、小さな子が抱き締めやすいサイズになっている。
うちの小学校の養護室にも、ペンギンチックがいる。
見てて楽しいし、こころが苦しいときにぎゅっとすると、ちょっと楽になる。
「パピアも欲しいのか?」
「そこまでもうこどもじゃないよ。昔からいてくれたら嬉しいと思う」
ペンギンチックのお値段が目に入る。
「……高ッ」
「新車が買える値段だな」
アンドロイドって高価なんだな。
一瞬、ちらっと父さんを見上げてしまった。
ぼくの父さんはナーサリープログラムが組み込まれた高性能アンドロイド。しかもフルオーダー。
でも面を向って値段を問うなんて失礼だ。すごい失礼。
「とはいえ機能を考えれば、ここまで値段を下げた企業努力は凄まじい」
「そうなの?」
「幼児がだっこして持ち歩けるサイズと重量のアンドロイドが製造できるのは、パートリッジ社だけだろう。ちなみに父さんは体重121キロだ」
「ぼく三人分より10キロ多いね。でも細いや」
121キロってもっと輪郭が丸っこいよね。
「アンドロイドは見た目より重くて普通だ。ペンギンチックの軽さは異常なんだよ」
「ふーん」
高いけど、技術の結晶だと思えば値段相応なのかな。
ペンギンチックを眺めていると、小さな子が全力ダッシュで、ぼくの横を駆け抜けていった。
危ないな。
視線で追ってしまう。
5歳くらいだろうか、元気いっぱいだ。
その子はペンギンチックのもとに駆けていって、三匹の中から片羽根が色褪せたペンギンチックを抱っこした。ぎゅっとする。たちまち嬉しそうに顔を緩ませた。
ああ、その子に会いに来たのか。それは力いっぱい走りたくもなる。
眺めていると、保護者なのか女のひとがやってきた。蔦模様のシフォンワンピースに、腕から顔まで薔薇柄のタトゥーをしている。花が好きなんだな。
「アイビーちゃん。待っていてねぇ」
小さな子は頷いて、ペンギンチックをぎゅっとして座り込む。もう絶対離さないって感じだ。
女の人はスタッフを呼ぶ。
「ローゼンタールです。ペンギンチックの取り置き依頼しておいたんですけどぉ」
「お越しいただきありがとうございます。すぐお持ちします」
スタッフがバックヤードへと行く。
待っている女のひとと、ペンギンチックをぎゅっとしている小さな子。
ぞわっと嫌な悪寒が走る。
あの子はだっこしてるペンギンチックが欲しいけど、保護者は新しいペンギンチックを用意してもらっている……?
焦りで心臓の鼓動が早くなる。
なんとかしなくちゃ。
なんとかしないと哀しい結果になる。
ぼくは急いで展示されているペンギンチックを一匹だきしめ、小さな子の元に向かう。
「はじめまして、パピアっていいます」
ぼくが抱いているペンギンチックを、片羽根が色褪せたペンギンチックに寄せる。
ピキュ…キュピィと挨拶を交わした。
ペンギンチックが仲良くなれば、小さな子の緊張も薄れた。
「かわいいよね、ペンギンチック。ぼくも好き」
小さな子は頷く。
代わりにペンギンチックが鳴いた。
「あのひと、きみのお母さん?」
また黙って頷かれる。
元気だけど無口な子だ。
「あのひとは今だっこしているペンギンチックじゃなくて、新しい子をきみの友達にするつもりだよ。その子を連れ帰れない」
ぼくの言葉に、小さな子は不思議そうな顔になった。
「オトナはペンギンチックの見分けがつかないんだ」
「………」
小さな子は数秒、ぼくの言葉を考えていた。
ペンギンチックの見分けがつかない。
そんな概念は、この子にないだろう。
無言のまま、片方の羽根が色褪せたペンギンチックを撫で、周りのペンギンチックを見回し、最後に母親を凝視する。そしてやっとぼくが伝えたいことを呑み込んでくれた。
「わああああッ!」
叫びながら、ううん、泣きながら、母親に突進する。
「この子ッ! 連れて帰るの、この子ッ! 間違えないで! ま、ち、が、え、な、い、でッ!」
「アイビーちゃん? ペンギンチック買ってあげるから、落ち着いて待っていられる?」
「この子なのッ!」
抱き締めて、入口に走っていく。たぶん自分ちの自動車に乗ってしまえば、大丈夫だと思っているんだ。
でもこども独りじゃ、自動ドアは反応してくれない。
泣きじゃくりながら丸くなり、ペンギンチックを抱き締める。あの涙で色褪せた片羽根が、濃くなっていく。まるで色が戻って、傷が癒え、息を吹き返していくように。
ぼくはペンギンチックを抱えたたまま、薔薇模様の女性の視界に入る。
知らない大人に話しかけるなんて緊張するけど、後ろには父さんがいる。青い眼差しがぼくを支えている。だから大丈夫。
「失礼します、あの子は他の個体のペンギンチックを友人にする気はないんです。今かかえている子が友達だから」
知らない子供に話しかけられて、女性はちょっと戸惑っていた。頬の薔薇タトゥーに皺が寄って、花まで戸惑っているみたいだ。それでもぼくの伝えたいことを理解してくれる。
「……あの展示品が気に入ったの? でも展示品は保障つかないわよねぇ」
言葉の後半はショップのスタッフへ投げられた。
すぐ反応するスタッフ。
「保証期間は短いのですが、補助金は下ります」
「そうなの……でもぉ」
「展示されているペンギンチックは、新品と違ってすでに学習して個性を獲得しており、お子さまとの相性では新品より懐きやすいかと。展示された事前学習済モデルか、それとも真っさらな状態でご家庭で調整を繰り返すか、そのご選択はお客さまの判断でお願いしております」
ご家庭で調整を繰り返す。その言葉に、女性はぴくりと反応した。
「事前学習済モデル。そうねぇ、そっち方が面倒がないかしら」
「はい。お子さまがお気に召していれば、初期負担は少ないかと存じます。もちろん無償クリーニングは行っております」
スタッフの説明に、女性は納得する。
最終的にちっちゃな子は、自分の友達を連れて帰れた。
「心臓がどきどきしてる」
父さんの手を握って、ぼくは落ち着く。
「パピア、お前は強いな」
「だってあのままじゃ絶対に悲惨だよ」
ああ、ほんとうに良かった。ほっとした。
帰ろうと、自動ドアへ向かう。
「パピア。今日はお前のデバイスを買いに来たんだが」
父さんの言葉にぼくはUターンして、気恥ずかしさを速足で踏みつぶしながら、新型デバイスコーナーを目指した。




