表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/100

ペンギンchickなんだもん!



 chick chick chick

 ペンギンchickなんだよ! 


 hughughug、ハグぎゅぎゅっ

 ペンギンchickなんだもん!


 お熱はあるかな、ぴぴぴcheck

 ペンギンchickなのだよ!




 スイミングスクールから帰って夕飯前のひととき、ぼくはシロナガスクジラのぬいぐるみを抱きかかえて、ディスプレイを凝視する。 

 課金してないチャンネルはCMが入ってしまう。普段ならCMなんか見ないけど、これはつい最後まで見てしまった。

「ペンギンチックのテーマソングがあったんだ。知らなかった……」

「一般販売に踏み切った時に、テーマソングを作ったらしいな。最近、流れ始めている」

 父さんが教えてくれる。

 アンドロイド・ペンギンチック、こどものために造られたアンドロイドだ。

 乳幼児の体温や呼吸チェックから、幼児の入浴時の事故防止、何かあれば通報してくれる。

「ぼくが子供の頃は、病院とか養護室だけだったのに」

「たしかにお前が幼稚園のころは、ペンギンチックは公的機関ばかりだったな」

 CMではペンギンチックたちが踊っている。音楽に合わせて鳴く子、体を揺すっている子、もちろん気ままに寝てる子もいれば、隅っこで歩いている子もいる。

 可愛らしい映像だ。

「父さん。もしぼくが子供だったら、欲しいってワガママごねて大変だったと思うよ」

「お前は賢くて意志が強い。欲しいものは欲しいと譲らないからな。母さんそっくりだ」

 父さんは笑う。

 ぼくが母さん似て嬉しいのかな。

「さ、ごはんだよ」

「はーい」

 ぼくはディスプレイを切って、シーフードが香る食卓に向かった。



  

 



 chickはキミが大好き

 だって、だって、だってね

 ペンギンchickなんだもん!


 オトナになっても大好き

 ずっと、ずっと、ずっと好きだよ

 ペンギンchickなんだもん!

 


 わたくしは重役たちの会議に耳を傾ける。

 総帥であるおじいさまの孫として、上層部の会議室にいさせてもらっている。

 パートリッジ家の令嬢として気品を保ち、すべての言葉を取りこぼさず、病臥していらっしゃるおじいさまに会議を報告する。それがわたくし、エレノア・パートリッジの御役目。



「ペンギンチックを学校や病院に寄付したのは、ブランド向上と未来の顧客を掴むためです。開発と戦略的CSRに何億ドルの投資したか、ご存じでしょう?」

 重役のひとりが熱弁をふるう。

 そう、ペンギンチックはただ善意で、合衆国全土に寄付していったのではない。

 企業の社会貢献として福祉施設や学校に寄付し、公的な機関で何度も見かけさせることで信頼を得たわ。感情操作としてのCSR、あるいは消費者予備軍の囲い込み。

 偽善かもしれないけど、偽りではないわ。

 ペンギンチックは事実として、幼児の安全や健康に貢献できるもの。

「テーマソングのせいで失敗に帰するなどあってはならないのですよ」

「あなたの卒論は、21世紀文学か社会史でしたかな?」

 横でぽつりと発言したのは、イングランド系の中年紳士だった。

「私の卒論が何か関係あると?」

「『chick』が、21世紀の時代に侮蔑用語だったとしても、現代にそれを知っている一般人は少ないでしょう。ただ雛の意味でしかない」

「今現在使われずとも、企業がそれを使うのはいかがなものでしょうかね。ペンギンチックの一単語なら兎も角、『chick』だけを連呼するのはいただけません」

「それを言うなら、『フォロワー』とてそうでしょう。19世紀末から20世紀初頭イングランドにおいて、侮蔑用語だった。しかし21世紀ではすでに、フォロワーは侮蔑用語として利用されていなかった。侮蔑用語だという認識もない。過去の文脈だけを掘り起こすのは反対ですな」

「卒論は20世紀から21世紀の侮蔑語ですか?」

「いいえ。20世紀から21世紀の生活協同組合の経済活動でしたな」

 しれっと答えるイングランド系の中年紳士。

 隣の老紳士が、デバイスを叩きながら歌を口ずさむ。

「chick chick chick ペンギンchickなんだよ~……子供が覚えやすくて、良いのでは。ヴァーチャルシンガーの選定は広報に一任ということで」

「お待ちください。購買層へ機能性の訴えがやや弱い。店頭やCMでは字幕補完ができるとしても……」

「リスク・アセスメント部門の意見はまだ終わっていません。ブランドセーフティこそ最優先。ペンギンチックという商品が成熟するか淘汰されるか、今ここの判断で決まると言っても過言ではないのです」

「hughughug、ハグ、ぎゅぎゅっ~ ペンギンchickなんだもん」

 真面目な会議の途中、突発的に歌が混ざる。

 たしかにペンギンチックの投資と普及には、想像を絶する金額が動いた。

 テーマソングひとつでも、ひとつの部署だけに決定させるわけにはいかない。

 社運が掛かっている。

 だけど会議の場とはあまりにそぐわない歌が挟まれると、12歳の女の子みたいに笑ってしまいそうになった。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ