ペンギンchickなんだもん!
chick chick chick
ペンギンchickなんだよ!
hughughug、ハグぎゅぎゅっ
ペンギンchickなんだもん!
お熱はあるかな、ぴぴぴcheck
ペンギンchickなのだよ!
スイミングスクールから帰って夕飯前のひととき、ぼくはシロナガスクジラのぬいぐるみを抱きかかえて、ディスプレイを凝視する。
課金してないチャンネルはCMが入ってしまう。普段ならCMなんか見ないけど、これはつい最後まで見てしまった。
「ペンギンチックのテーマソングがあったんだ。知らなかった……」
「一般販売に踏み切った時に、テーマソングを作ったらしいな。最近、流れ始めている」
父さんが教えてくれる。
アンドロイド・ペンギンチック、こどものために造られたアンドロイドだ。
乳幼児の体温や呼吸チェックから、幼児の入浴時の事故防止、何かあれば通報してくれる。
「ぼくが子供の頃は、病院とか養護室だけだったのに」
「たしかにお前が幼稚園のころは、ペンギンチックは公的機関ばかりだったな」
CMではペンギンチックたちが踊っている。音楽に合わせて鳴く子、体を揺すっている子、もちろん気ままに寝てる子もいれば、隅っこで歩いている子もいる。
可愛らしい映像だ。
「父さん。もしぼくが子供だったら、欲しいってワガママごねて大変だったと思うよ」
「お前は賢くて意志が強い。欲しいものは欲しいと譲らないからな。母さんそっくりだ」
父さんは笑う。
ぼくが母さん似て嬉しいのかな。
「さ、ごはんだよ」
「はーい」
ぼくはディスプレイを切って、シーフードが香る食卓に向かった。
chickはキミが大好き
だって、だって、だってね
ペンギンchickなんだもん!
オトナになっても大好き
ずっと、ずっと、ずっと好きだよ
ペンギンchickなんだもん!
わたくしは重役たちの会議に耳を傾ける。
総帥であるおじいさまの孫として、上層部の会議室にいさせてもらっている。
パートリッジ家の令嬢として気品を保ち、すべての言葉を取りこぼさず、病臥していらっしゃるおじいさまに会議を報告する。それがわたくし、エレノア・パートリッジの御役目。
「ペンギンチックを学校や病院に寄付したのは、ブランド向上と未来の顧客を掴むためです。開発と戦略的CSRに何億ドルの投資したか、ご存じでしょう?」
重役のひとりが熱弁をふるう。
そう、ペンギンチックはただ善意で、合衆国全土に寄付していったのではない。
企業の社会貢献として福祉施設や学校に寄付し、公的な機関で何度も見かけさせることで信頼を得たわ。感情操作としてのCSR、あるいは消費者予備軍の囲い込み。
偽善かもしれないけど、偽りではないわ。
ペンギンチックは事実として、幼児の安全や健康に貢献できるもの。
「テーマソングのせいで失敗に帰するなどあってはならないのですよ」
「あなたの卒論は、21世紀文学か社会史でしたかな?」
横でぽつりと発言したのは、イングランド系の中年紳士だった。
「私の卒論が何か関係あると?」
「『chick』が、21世紀の時代に侮蔑用語だったとしても、現代にそれを知っている一般人は少ないでしょう。ただ雛の意味でしかない」
「今現在使われずとも、企業がそれを使うのはいかがなものでしょうかね。ペンギンチックの一単語なら兎も角、『chick』だけを連呼するのはいただけません」
「それを言うなら、『フォロワー』とてそうでしょう。19世紀末から20世紀初頭イングランドにおいて、侮蔑用語だった。しかし21世紀ではすでに、フォロワーは侮蔑用語として利用されていなかった。侮蔑用語だという認識もない。過去の文脈だけを掘り起こすのは反対ですな」
「卒論は20世紀から21世紀の侮蔑語ですか?」
「いいえ。20世紀から21世紀の生活協同組合の経済活動でしたな」
しれっと答えるイングランド系の中年紳士。
隣の老紳士が、デバイスを叩きながら歌を口ずさむ。
「chick chick chick ペンギンchickなんだよ~……子供が覚えやすくて、良いのでは。ヴァーチャルシンガーの選定は広報に一任ということで」
「お待ちください。購買層へ機能性の訴えがやや弱い。店頭やCMでは字幕補完ができるとしても……」
「リスク・アセスメント部門の意見はまだ終わっていません。ブランドセーフティこそ最優先。ペンギンチックという商品が成熟するか淘汰されるか、今ここの判断で決まると言っても過言ではないのです」
「hughughug、ハグ、ぎゅぎゅっ~ ペンギンchickなんだもん」
真面目な会議の途中、突発的に歌が混ざる。
たしかにペンギンチックの投資と普及には、想像を絶する金額が動いた。
テーマソングひとつでも、ひとつの部署だけに決定させるわけにはいかない。
社運が掛かっている。
だけど会議の場とはあまりにそぐわない歌が挟まれると、12歳の女の子みたいに笑ってしまいそうになった。




