青空と赤煉瓦のあいだで
「やっとランチの時間だぁ」
ランチをとれる場所は有限だから、学年が上がるにつれて、ランチ時間がだんだん遅くなっていった。9歳にもなれば、スナックタイムのありがたみが理解できる。
校内の中庭は、ランチ用のカフェテラスになっていた。
今日はよく晴れているから、青空と赤煉瓦のコントラストがくっきりしている。
日替わりランチを売ってるのは、ハーゲンワゴンを模したカウンター。味はそこそこだけど、天気が良ければ混雑する。カフェテラスだけは、デバイスにフィルタリングがかからないから。
友達のエデンが給食を持ってきたら、ぼくはランチボックスを開く。
父さんはいつも美味しいランチを作ってくれるんだ。
今日はシュリンプフライのサンドイッチに、チーズハンバーグ。カラフルトマトのハーブマリネ。ヤングコーンのバターソテー。デザートはアガーゼリー。
「パピアくんちのお父さんの料理、野菜なのに美味しそうに見えるね」
「えへへ。野菜だけど美味しいんだよ」
父さんが褒められるの、すっごく嬉しいな。
自分が褒められるより嬉しい。
ぼくたちはランチを食べながら、デバイスでお昼のニュースを眺める。
『イギリス陸軍の装甲歩兵連隊所属アンドロイド、R.ウィリアム・ウィンザーにナイト爵が叙されます』
映像ではカシミア山羊型アンドロイドの姿が映る。
立派な角には、羽根飾り。純白に輝く毛並みには、濃緑と金縁の鞍敷。美しい蹄を高らかに上げ、威風堂々とパレードの戦闘を歩んでいった。
「かっこいい……!」
『これによりR.ウィリアム・ウィンザーは、Sir.ウィリアム・ウィンザーとなり……』
ぼくがデバイスを見つめていると、近くのやつがひょいと覗き込んだ。無遠慮に。
「……そういやなんでアンドロイドの敬称って、Rなんだ?」
コールドウェル(友達ではない)だ。
ぼくの父さんはアンドロイドだから、みんなからR.ギャラント・マリオットって呼ばれる。
母さんは博士号を持ってるからDr.マリオン・マリオット。
Dr.はDoctorだし、R.はRobotだ。
そこに疑問を挟んだことはない。
だけどコールドウェルは、当たり前に疑問を呈してきた。
「ロボットのRだよ」
「それは知ってっけど、AndroidのAじゃないんだなって」
………そういえばアンドロイドなんだから、敬称はA.でもいいよね。
なんでR.だろ?
手持ちのデバイスで調べる。
敬称を検索すると、アンドロイド人権とかコンプライアンスの話が上位にくる。それはたしかに常に最上位に置くべき話だけど、今聞きたいのはそれじゃない。
どう検索しよう。
「Registered・Robotの略よ」
後ろを通りかかったのは、幼馴染のケルシーだった。
聞いてみれば思い出す。
「そういえば先生が言ってた気がする」
登録ロボットか。
正式認可されたロボット、行政に認められたロボット、制度的でちょっと冷たい言い方だな。
そんなことを思いながら、ぼくは青い空を見上げた。
「ピチュッ、エレノアちゃん。R.ウィリアム・ウィンザーのニュース、速報でたよ。聞く?」
「ええ、お願い」
R.パラスケバスはニュースを再生してくれる。
ウィリアム・ウィンザーは、カシミア山羊型のアンドロイド。ブリタニア・モーター社のウィンザーシリーズは、英国王室専用のアンドロイドね。
装甲歩兵……といっても人間のように装甲に乗る側ではないわ。緊急時に兵士を乗せて、あるいはただ一騎で悪路を駆けていく歩兵アンドロイドね。
称号はけしてパフォーマンスではない。
一昨年にR.ウィリアム・ウィンザーは戦功を立て、ディッキンメダルが授与された。英国政府が動物に与える勲章。それが動物型アンドロイドまで範囲を広げた。それだけでもかなり話題になったわ。
そして今回の爵位。
「アンドロイドにSirが与えられる時代なのね」
「ニンゲンと同じ敬称なの、フシギ」
R.パラスケバスは小首を傾げる。
「ふふっ、そうね。R.パラスケバスは勲章が欲しい?」
「要らないネ! だって勲章って、みんなのために働いたヒトやモノに贈られるんでショ? ボクはエレノアちゃんだけのために働きたいの」
純白が羽ばたく。
金属質の翼が羽ばたけば、差し込む日光を煌めかせる。なんてきれいなのかしら。
「ボクはエレノアちゃんのためのRegistered・Robotダヨ」
わたくしのために登録されたロボット。
永遠を誓うようなさえずりだわ。
そう思ってしまうのは、わたくしのエゴかしら。ええ、きっとエゴでしょう。
R.パラスケバスを撫でていると、わたくしのデバイスがさえずった。この音はおじいさまの秘書からだわ。
スワイプすると音声が流れる。
「失礼、Mx.エレノア・パートリッジ。パートリッジ総帥がお倒れになられ、緊急搬送されました」
「おじいさまは……」
血の気が引く。
いつも毅然と振舞わないといけないのに、わたくしの口から出せたのはたったこれだけの言葉。己の不甲斐なさに歯ぎしりする。
「総帥は救急車内で処置中です。病院までの道順は、そちらの運転手に送信致します」
「ありがとう、すぐに参ります」
デバイスを切る。
すでに盲導犬のR.レイノルドは立ち上がっていた。R.パラスケバスも肩に乗る。
震える手でハーネスを握った。うまく力が入らない。それでも行かなくちゃ。
「……行きましょう」
「ピチュッ!」
扉を開けば、目映い青空と赤い地面。そのはざまを歩いていく。
時代が変わる。
旧い時代は流れ去り、新しい時代がやってくる。その流れに悲しみがあろうと、時間は止まらない。ただ進む。進まなければならないのよ。
誰しもが、等しく。