表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

青空と赤煉瓦のあいだで


「やっとランチの時間だぁ」

 ランチをとれる場所は有限だから、学年が上がるにつれて、ランチ時間がだんだん遅くなっていった。9歳にもなれば、スナックタイムのありがたみが理解できる。

 校内の中庭は、ランチ用のカフェテラスになっていた。

 今日はよく晴れているから、青空と赤煉瓦のコントラストがくっきりしている。

 日替わりランチを売ってるのは、ハーゲンワゴンを模したカウンター。味はそこそこだけど、天気が良ければ混雑する。カフェテラスだけは、デバイスにフィルタリングがかからないから。

 友達のエデンが給食を持ってきたら、ぼくはランチボックスを開く。

 父さんはいつも美味しいランチを作ってくれるんだ。

 今日はシュリンプフライのサンドイッチに、チーズハンバーグ。カラフルトマトのハーブマリネ。ヤングコーンのバターソテー。デザートはアガーゼリー。

「パピアくんちのお父さんの料理、野菜なのに美味しそうに見えるね」

「えへへ。野菜だけど美味しいんだよ」

 父さんが褒められるの、すっごく嬉しいな。

 自分が褒められるより嬉しい。 

 ぼくたちはランチを食べながら、デバイスでお昼のニュースを眺める。


 『イギリス陸軍の装甲歩兵連隊所属アンドロイド、R.ウィリアム・ウィンザーにナイト爵が叙されます』


 映像ではカシミア山羊型アンドロイドの姿が映る。

 立派な角には、羽根飾り。純白に輝く毛並みには、濃緑と金縁の鞍敷。美しい蹄を高らかに上げ、威風堂々とパレードの戦闘を歩んでいった。

「かっこいい……!」


 『これによりR.ウィリアム・ウィンザーは、Sir.ウィリアム・ウィンザーとなり……』


 ぼくがデバイスを見つめていると、近くのやつがひょいと覗き込んだ。無遠慮に。

「……そういやなんでアンドロイドの敬称って、Rなんだ?」

 コールドウェル(友達ではない)だ。

 ぼくの父さんはアンドロイドだから、みんなからR.ギャラント・マリオットって呼ばれる。

 母さんは博士号を持ってるからDr.マリオン・マリオット。

 Dr.はDoctorだし、R.はRobotだ。

 そこに疑問を挟んだことはない。

 だけどコールドウェルは、当たり前に疑問を呈してきた。

「ロボットのRだよ」

「それは知ってっけど、AndroidのAじゃないんだなって」

 ………そういえばアンドロイドなんだから、敬称はA.でもいいよね。

 なんでR.だろ?

 手持ちのデバイスで調べる。

 敬称を検索すると、アンドロイド人権とかコンプライアンスの話が上位にくる。それはたしかに常に最上位に置くべき話だけど、今聞きたいのはそれじゃない。

 どう検索しよう。

  

「Registered・Robotの略よ」


 後ろを通りかかったのは、幼馴染のケルシーだった。

 聞いてみれば思い出す。

「そういえば先生が言ってた気がする」

 登録ロボットレジスタード・ロボットか。

 正式認可されたロボット、行政に認められたロボット、制度的でちょっと冷たい言い方だな。

 そんなことを思いながら、ぼくは青い空を見上げた。

 





「ピチュッ、エレノアちゃん。R.ウィリアム・ウィンザーのニュース、速報でたよ。聞く?」

「ええ、お願い」

 R.パラスケバスはニュースを再生してくれる。

 ウィリアム・ウィンザーは、カシミア山羊型のアンドロイド。ブリタニア・モーター社のウィンザーシリーズは、英国王室専用のアンドロイドね。

 装甲歩兵……といっても人間のように装甲に乗る側ではないわ。緊急時に兵士を乗せて、あるいはただ一騎で悪路を駆けていく歩兵アンドロイドね。

 称号はけしてパフォーマンスではない。

 一昨年にR.ウィリアム・ウィンザーは戦功を立て、ディッキンメダルが授与された。英国政府が動物に与える勲章。それが動物型アンドロイドまで範囲を広げた。それだけでもかなり話題になったわ。

 そして今回の爵位。

「アンドロイドにSirが与えられる時代なのね」

「ニンゲンと同じ敬称なの、フシギ」

 R.パラスケバスは小首を傾げる。

「ふふっ、そうね。R.パラスケバスは勲章が欲しい?」 

「要らないネ! だって勲章って、みんなのために働いたヒトやモノに贈られるんでショ? ボクはエレノアちゃんだけのために働きたいの」

 純白が羽ばたく。

 金属質の翼が羽ばたけば、差し込む日光を煌めかせる。なんてきれいなのかしら。

「ボクはエレノアちゃんのためのRegistered・Robotダヨ」

 わたくしのために登録されたロボット。

 永遠を誓うようなさえずりだわ。

 そう思ってしまうのは、わたくしのエゴかしら。ええ、きっとエゴでしょう。

 R.パラスケバスを撫でていると、わたくしのデバイスがさえずった。この音はおじいさまの秘書からだわ。

 スワイプすると音声が流れる。

「失礼、Mx.エレノア・パートリッジ。パートリッジ総帥がお倒れになられ、緊急搬送されました」

「おじいさまは……」

 血の気が引く。

 いつも毅然と振舞わないといけないのに、わたくしの口から出せたのはたったこれだけの言葉。己の不甲斐なさに歯ぎしりする。

「総帥は救急車内で処置中です。病院までの道順は、そちらの運転手に送信致します」    

「ありがとう、すぐに参ります」

 デバイスを切る。

 すでに盲導犬のR.レイノルドは立ち上がっていた。R.パラスケバスも肩に乗る。

 震える手でハーネスを握った。うまく力が入らない。それでも行かなくちゃ。

「……行きましょう」

「ピチュッ!」

 扉を開けば、目映い青空と赤い地面。そのはざまを歩いていく。



 時代が変わる。

 旧い時代は流れ去り、新しい時代がやってくる。その流れに悲しみがあろうと、時間は止まらない。ただ進む。進まなければならないのよ。 

 誰しもが、等しく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ