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ベントス/ネクトン/プランクトン



 よく見かけるアンドロイドに私物があるかと問われたところで知らないけど、ぼくの父さんは私物をいっぱい持っていた。

 エプロンとか靴とか生活必需品じゃなくて、趣味的なもの。

 つまりぼくの作ったガラクタだ。

 クレヨンで描いた落書きがたくさん。あとは下手な文字のメッセージカード、ラメ粘土のクジラ、海岸で拾った小石や硝子の破片、ぼくがトイカメラで撮った写真。気に入ってぼろぼろにした絵本。

 そんなガラクタたち。

 でもひときわ意味の分からないものがある。

 色褪せた青のクラフト紙。そこにぼくの好きそうなシールが貼られていた。

 ただそれだけ。

「父さん。なにこれ」

「ああ、これはな、お前が二歳八か月の頃………」

 自分の二歳八か月。

 八歳のぼくからすると、ひどくホラーな語りだしだった。







「父さん。これ見るの! 再生して!」

 ぼくはクラフト紙を、父さんに差し出す。

 いちばんすてきな青の紙に、イルカと貝殻のシールをぺたぺたした。あとヒトデも。

「パピア? これを再生すると、何が視れるんだい?」

「ぼくが見た夢」

「そうか。パピア、どんな夢だったんだい?」

「えー、見てのおたのしみ」

 だから早く再生してほしい。

 きらきらしてふわふわしてすてきな夢だったから。

「待ちきれないな。母さんには内緒して、父さんにはこっそり教えてくれると嬉しい」

「うん! 父さんはベントスで、母さんがネクトンなの。ぼくはかわいいプランクトンでしょ」

「青い海の中で?」

「うん!」

「よし、再生しような」

「早く早く!」

「頑張るよ。だからパピアはいつものプランクトンダンスを踊ってくれるかい?」

「うん!」

 ぼくはプランクトンダンスを踊りながら、夢の再生を待った。





 そんな二歳児のアホ最高値な逸話を聞かされて、八歳のぼくは居た堪れなくなる。

「クラフト紙を再生しろって要求をするんじゃない」

「非記述的情報を記録メディアに落とし込もうとする発想は、知的だと感心したぞ」

「うぅ~」

 リビングのソファに寝転がり、シロナガスクジラを抱き締めたまま、じたばたする。

 父さんはナーサリーシステム搭載のアンドロイドだから、そんな人間の幼児の振る舞いを面白がれるんだ。ぼくは面白くない。

「………で、アニメ自動AIで、作成したのがこれ?」

 リビングのディスプレイには美しい蒼が流転している。

 止めどもない流れには、蒼いイルカやクジラが泳ぐ。海底には真っ赤な蟹。珊瑚の森へ辿り着けば、オレンジやブルーのビビットなヒトデたち。

 泡が浮き、魚影が揺れ、無音の水音が満ちている。

 幻想的な海の風景だ。

 二歳児の妄言を、父さんは創造して再生してくれた。まったく甘やかし過ぎだ。

「子育てって大変だね」

「マリオンと同じことを言う」

 楽しそうに笑う。

 父さんが楽しそうなのはいいんだけど、それはちょっと他人事過ぎやしないか、母さん。

 研究と仕事でめったに帰らない母を想う。

 自由で強くて凛々しい。仕事に向かう時は、真っ赤なルージュとハイヒールを装備している。

「パピア。お前はこの映像は違うといいながら、わりと楽しそうに見てたよ」

「ふぅん」

 二歳のぼくために父さんが創った映像は、八歳のぼくでも綺麗だと思った。

 まったく贅沢な二歳児だ。忙しい父さんに、こんな手の込んだアニメーションを作らせるなんて。

 でも、違うと言った理由はすぐ思いついた。

 むかしのぼくといまのぼくは、哀しいことに地続きだ。

 同じ幼生プランクトン。

「たぶん遊泳生物(ネクトン)が赤くないとだめなんだ。だって自由に泳ぐ母さんだから。ずっといてくれる水底生物(ベントス)は父さんだから、青で」

「調整してみよう」

「でもイルカは赤くしたらだめ」

「了解」

「最初のアニメーションも綺麗だから消したら嫌だよ」

「ああ、バージョンを変えるだけだ」



 水底に沈んでる青いベントス。


 水中を泳いでる赤いネクトン。


 そしてふわふわ漂うだけの白いプランクトン。

  


 完璧な海の世界。

 ぼくが紡いだ夢を、父さんが織る。

 だからきっと、これはぼくだけの夢じゃなくて、ぼくと父さんの夢。ぼくらふたりで見た夢なんだ。


 共鳴した52Hzのように、アニメーションは流れていた。 


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