モーニングティーセット
「父さん。ぼく、もう7歳だし、学校であさごはん食べていいでしょ?」
うちの学校の中庭カフェは、7時からモーニングティーセットがある。
朝が慌ただしい家庭だと、生徒はカフェで朝食を食べるんだ。ぼくのうちは父さんが主夫だから、朝ごはんを学校で食べなくていい。
「父さんのごはんは美味しいよ」
「ああ、パピアはいつも俺の作った料理を、美味しそうに平らげてくれる。パピアは父さんの料理が大好きだ。だからそこは疑ってない」
「でもね、ともだちの、エデン。朝ごはん、学校で食べるって。今、お母さんみんな仕事で大忙しなんだって」
「お前が友達と朝ごはん食べたいなら、父さんは賛成だ。だがスクールバスが一本早くなるぞ。早く起きれるか?」
早く、起きる。
父さんから目を逸らす。
「………寝坊したら送って」
「パピア。父さんはもちろんパピアを送っていけるし、お前とのドライブは好きだ。だけど、それでも自分がやりたいって思ったことは、自分で頑張れるようにした方がいい」
「………」
結局、寝坊したら送っていってくれないんだ。
ぼくがうじうじしていると、父さんは小さく息を漏らした。笑い声なのか溜息なのか、よく分かんない空気音。ただの機械的な排気だったのかもしれない。
「お前が起床できたら、朝ごはんを学校で食べなさい」
「………うん」
「今日は早く就寝しような」
キュイキュイキュイキュイ!
イルカの目覚まし時計が、朝を知らせる。裏切者め。
ぼくは朝のひかりから逃げるように、シロナガスクジラをぎゅっと掴む。
ベッドで縮こまっていると、父さんが部屋に入ってきた。プライバシーの侵害だ。
「パピア。ベッドから出てきなさい」
やだ、起きたくない。
小さく頭を振ると、また父さんは笑い声なのか溜息なのか分からない音を漏らす。
ベッドから引きずり出されて、顔を洗われ、パジャマを脱がされた。赤ちゃんみたいに。
「うえーん」
「スクールバスが出るぞ」
ほとんど無理やり服を着せられて、帽子を被せられ、重いスクールバッグを持たされた。
なんでともだちと朝ごはん食べたいって言ったんだろう。もっと寝ていたかった。なんてひどい。
そう、ぼくは後悔しているんだ。とっても、とっても。
泣きたい気分を我慢して、バスに揺られていった。
バスを降りれば、朝の爽やかな風が吹き抜けていく。
停車所から学校に入れば、アンドロイド・フラミンゴがピンクの身体を揺らして歩いていた。うちの学校の警備員R.フローベールだ。
ぼくをちらっと視線を投げて、くちばしでぼくの帽子を直してくれる。
「ありがとう……R.フローベール」
「どういたしまして、パピアくん」
R.フローベールに手を振って別れて、中庭のカフェに向かう。
広々とした赤煉瓦の空間にテーブルがぽつんぽつんあって、柔らかなミルクの香りが満ちていた。
ともだちのエデンがやってくる。
ぱっちりとしたおめめを、ぼくに向ける。
「おはよ。パピアくんも来てくれたんだ」
「もちろん!」
「早く行こ。いいやつはすぐ品切れになるから」
並んで急ぐ。
ワーゲンバスのカフェみたいなカウンターだ。看板にチョークでモーニングが描かれている。
『モーニングティーセット 1シリアル/マカロニチーズ/キャロットパンケーキ 2フルーツヨーグルト/アボカドマッシュ/コールスロー 3りんごジュース/低脂肪ミルク/ココア』
メインとサイドとドリンク。
よし、選ぶぞ。
「ぼくはパンケーキと、ヨーグルトとココア」
「ボクはマカロニチーズとフルーツヨーグルトとアボカドマッシュ。りんごジュース」
エデンくんもすらすら注文する。
「ふたつ選んでいいの?」
「いいよ。メインふたつでもいいよ」
「なんてこった!」
「追加すれば?」
「ぼくもアボカドマッシュ、欲しい! です!」
ガシャッとお盆が出てきて、とてとてとテーブルまで持っていく。
朝の空気の中、ぼくはキャロットパンケーキを頬張る。ふっくらしているけど、ざらざらした舌触りだ。
うん。父さんの手作りの方が、絶対に美味しいな。
でもなんだか嬉しい。
ともだちといっしょに、朝ごはんを食べる。
「おとなになったって感じがする」
ぼくは朝の空を眺めながら、ぬるめのココアを味わった。