機械は誰かのために壊れてる
小学校が終わったら、メトロ空港に出立だ。
夜の8時には、母さんが戻って来る予定だから、ぼくと父さんでお出迎えするんだ。きっと母さんは大喜びだ。
母さんはすごい量子AI研究者で、ずっとインドのIT産業都市へ出張していたんだ。すごいけど、早く会いたいな。
今日はメトロ空港で夕食だ。待っている間にフードコートでフィッシュバーガーを齧り、レモンコーラを飲む。普段はジャンクフードは無しだから、特別な気分だ。もちろん父さんの料理が好きだけど、たまにはこういうのがいい。
レストランとかあるけど、外食は父さんが食べられないから難しい。
父さんはアンドロイドだから。
すごく整った顔に、とても綺麗な蒼い瞳をしている。
「父さん。母さんはもうすぐ到着するかな」
目をこする。
長い時間くるまに揺られて、おなか膨れたから、眠気がむくむくしている。
「パピア。疲れたら寝てもいいぞ。母さんが来たら起こすから」
「やだ、絶対に起きてる! もうぼく小学生だよ!」
久しぶりに会えるんだから、寝るもんか。
デバイスでサイエンス・チャンネルを視聴して待つ。お気に入りのアンドロイド・ジャーニーを視聴していれば眠くならない。
日が暮れて9時半。大好きな姿が見えてきた。真っ赤なワンピースだから、すごく目を引く。
母さんもぼくに気づく。
「ただいま、パピア! 可愛い!」
母さんはへろへろした疲れ切った動きで、ぼくを抱き締めて………寝ちゃった。
空港の真っただ中、しかもぼくがいるのに寝ちゃうくらい疲れてるのか。
「ぼくと遊べないのかわいそう……」
「そうだな。一晩休めば元気になるだろう」
父さんが母さんを抱きかかえて、もう片腕でトランクを下げる。ぼくは赤いハンドバッグだけ持った。
いろいろ話したいことがあったのにな。
ぼくのおなかは、フィッシュバーガーでいっぱいになっている。おなかも重いけど、瞼が重い。ぼくまで眠くなってきちゃった。
揺られて、眠りが弾けて、目が覚める。
まだ自動車の中だった。窓の外は真っ暗。ときどきライトが流れていく。幹線道路かな。
おうちまで遠そう。
「アンドロイドにカースト制度を持ち込まないでほしいわね」
母さんの声だ。
とげとげしい気持ちが伝わってくる。
カースト制って……なんだろ。
「ボディに不具合でてるアンドロイドばかり輸入しているから、何かと思ったのよ。不法リサイクル覚悟して出立したら、誰もかれもアンドロイドに親切してて………!」
アンドロイドに親切ならいいんじゃないかな。
「障碍者に親切にすると来世の徳になるから、不具合ありで稼働させて、わざわざ人間が手助けしているの。アンドロイドを修復せず稼働させて、優しくしている連中を、どういう感情で受け止めればいいのよ!」
難しいな。仕事で嫌なことあったんだな。
可哀想。
よしよしってしてあげたいけど、眠くて動けない。
「あんなの支援のかたちをした搾取じゃない……」
母さんの呟きは、悲しいくらいか細かった。
「感情が、疲れたわ」
「異文化では多かれ少なかれ精神が摩耗するが、たしかに今回は辛いな」
父さんが代わりによしよししている。
ぼくは明日、母さんをよしよししなくちゃ。
そう心に決めて、瞼を閉じた。
朝、起きたらベッドだった。
そうだ。昨日、母さんを迎えに行って、寝ちゃったんだ。
ベッドから飛び出してキッチンへ走って行けば、母さんがいた。スウェット姿で、ぼんやりとソファに腰かけていた。疲れてるんだ。
「母さん」
ソファに飛び乗って、今度は思いっきりハグをする。
それから母さんをよしよしと、頭を撫でた。
「ありがと?」
母さんが不思議そうだ。
ぼくもなんでよしよしやったのか分からない。でも母さんが嬉しそうだから間違っていない。
「パピアのよしよしは、どんな念仏や聖句より癒されるわ」
「ほんと?」
「ええ。祈りとか慈悲って、本来こういうものよね」
母さんはまたぼくをぎゅっとハグしてくれた。
柔らかくて優しい香り。幸せな気分でぼくは二度寝に沈んでいった。




