70.聖女、再びの危機!
引き取って養子にしてくれた義父母には、とても感謝している。ビオラは馬車に揺られながら、窓の外の景色を眺めた。こうして貴族として生活できているのは、すべて男爵夫妻のおかげだ。
ラックス家の一員となってから、すべてが満たされた。ただ愛され守られるだけの娘としての時間と経験、未来の皇妃となるカレンデュラ様との出会い。辺境伯家を継ぐカッコいいティアレラ様、女の園の王子役が似合いそう。まさか前世が男性だったとは思わなかったけれど。
タンジー公爵家のクレチマス様だって、黙って立っていればいい男だわ。ただ義妹のリッピア様にべったりなのが……ちょっと怖いけれど。いつか逃げてきたら、神殿で匿ってもらおう。
ラックス男爵家へ帰ると伝えたら、ルピナスが顔を見せてくれるって。嬉しくなるわ。ビオラは完全に浮かれていた。だから気づくのが遅れたのだろう。馬車がいつもより揺れることも、窓の外の景色が違うことも。
「変ね」
迎えに来た馬車の中を見回し、扉に触れる。中から鍵がかかるのが一般的な馬車だけど、乗合馬車なら鍵はない。だけど、外から鍵がかかる馬車なんて初めて見たわ。開かないことで窓から頭を覗かせたビオラは、貴族令嬢らしからぬ唸り声を上げた。
「これって誘拐? 可愛いって罪ね」
うふっと笑って茶化し、自分で緊張を解く。ここで固まって攫われるほど、純粋なお嬢様じゃないのよ。ビオラは馬車の構造を思い浮かべた。あれって車輪に曲がる機能はないから、完全に縦にしか進めない。横に揺すったら倒れるはず。
王宮に近いデルフィニューム公爵邸から、街中にある男爵家の屋敷までは街道が整備されている。もしそこを進んでいたら、速度が出て危険だっただろう。ただ、今回は轍のある土の道だった。轍にハマらないよう、僅かにずらして走っているようで、ガタガタと大きく揺れた。
タイミングを合わせ、扉に突進した。外から鍵がかかっているなら、ぶつかっても平気なはず。ビオラは無鉄砲にも体当たりし、予想外に扉は脆かった。女性とはいえ、貴族令嬢の装備は重い。騎士の鎧より軽いとしても……体重が五割増し状態のドレスの重さを忘れていた。
「えいっ、きゃ、うそぉ!!」
みしっと嫌な音がして吹き飛んだ扉の外へ、ビオラが転げ落ちる。ドレスの重さと勢いが手伝い、踏み留まれなかった。転げ落ちた彼女は、受け身を取り損ねて肩を強打する。うっと息が詰まり『神様仏様、助けて』と日本語が漏れた。
「……おっと、今日はいろいろ拾う日だが、ご令嬢を拾うとは思わなかったな。落ちたのかい?」
ビオラを助け起こした青年は、騎乗していたのか。一緒に馬も顔を覗き込んでいた。飛び降りて助けてくれた彼は、慌てて止まる馬車に視線を向ける。
「ちがっ……あれ、攫われ……」
話そうと息を吸うと苦しい。どうやら転がった際に胸も打ったようだ。息も絶え絶え状態だが、必死で状況を説明した。あれは人攫いの馬車で、私の関係者ではないの。必死の訴えに、青年は頬をぽりぽりと指で掻いた。
妙に芝居じみた仕草だが、不思議と似合う。
「うん、何となく理解した。逃げよう、ルシル」




