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怪談

徘徊する少女

 高校卒業後、大学入学を目前に控えた僕は新しくできた友人達ととある廃校に肝試しに行くことになった。


 車の免許を取るときに知り合った同じ高校の友人である。全員進学先は違うのだけれど、妙に馬が合って地元を離れるまでの間毎日のように男四人で集まって一緒に遊んだ。


 思えば高校入学から今までで一番気の抜けていたタイミングだったのだろう。入学直後からテスト三昧の学校に、進学塾での全国模試。途中から他の予備校にも通う事にして、勉強漬けの三年間。

 進学校に通うことにした自分を呪いつつも、とにかく駆け抜けた僕には、それなり以上に仲の良い友人なんて片手の指が余る程度にしかいなかった。


 だからだろうか、大学に合格し、後は卒業を待つだけとなった僕達はそれまでの三年間を取り戻すかのように遊び呆けた。

 もっとも、『僕達にしてみれば』であって、大学で出来た友人に言わせれば、『ごく普通の一般的高校生レベルの遊び』だったそうだけれど。


 そんな僕達が、まだ肌寒い日々が続く季節に肝試しに行くことにした。

 目的地は隣県の廃校。車で40分程度の距離にあるそこは市街から少し離れた場所に建てられた高校だったらしい。いわゆる高度成長期の頃に建てられたが、その後の不景気と生徒数の減少に伴い数年前に統廃合されることになったそうだ。

 別に曰く付きでもない普通の高校だけど、いつの頃からか肝試しに使われることになっていた。


 曰く、夕方に前を通り掛かったら四階の窓という窓に人影が見えた。

 曰く、毎日同じ時間、屋上から飛び降りる男子学生を見かける。

 等々。


 全員免許を取ったばかりで夜道に慣れてもいないし、何より夜中に行く程肝試しに熱意があったわけでもないので向かうのは昼過ぎとなった。どちらかというと肝試しというよりは廃墟探訪だったのだろう。

 昼前に集まって廃校に向かう途中で食事をして、目的地に着いたのは午後二時をまわったぐらいだった。


 薄曇りの空から射す光に照らされた廃校は、別段怖さもない、ただの静かな学校だった。


 別に荒らされている事もなく、廃校であるのを主張しているのは、雑草が生えてきた校庭と落ち葉や枯れ枝の積もった正門からの道だけだった。


 近づくに連れて詳細のはっきりしてきた校舎は、見える範囲に於いては窓は全て残っており、廃墟と言うにはしっかりとした佇まいを見せていた。


 正門から真っ直ぐ来て、右手側にグラウンド。

 左手にはD棟。その並びにA棟。A棟は四階建てで普通の教室が入っているようだ。


 A棟の裏手にB棟。A棟とは一階にある昇降口と二階の渡り廊下で連絡している。三階建てで理科系の特別教室と図書室があるらしい。


 B棟の更に奥側にC棟。こちらも三階建てで美術室、音楽室等芸術系の特別教室が入っているらしい。B棟とは二階の渡り廊下で連絡している。二階の渡り廊下を通してA棟からB棟を経由してC棟に来れるようだ。


 最後にD棟。二階建てで、A棟B棟の端に渡り廊下が二階で繋がっている。職員室や視聴覚室、倉庫なんかが入っている。倉庫には何故か災害時用の緊急備品が残っているんだけど、もしかしたら緊急避難場所としては現役だったのかもしれない。この建物だけ真っ直ぐに造られた他の棟と違い、口の字型をしている。


 A棟の前を通って奥に行くと体育館とプールがあるみたいだった。


 聞いた話だと昇降口の裏手に窓から中に入れるらしい。明り取りのために高い位置に作られた窓の一つ、鍵が壊れているそうで近くの茂みに隠してある脚立で中に入れると聞いていた。

 どうやら廃墟とはいえ管理者がきちんといるらしくて、他の場所の鍵を開けておいても数日後にはかけ直されているそうだ。


 聞いていた場所に行ってみると少しだけ開いた窓があった。話の通り近くの茂みに脚立があったのでそれを使って中に入る。

 窓から中を覗くと向こう側にも脚立がある。誰が用意したのかわからないけど、外に出る時はこれを使えばいいのだろう。


 無事校舎内に侵入できた僕たちはまずはA棟を見て回ることに。


 A棟は、まあ、普通だった。別に荒らされているわけでもなく、何にもなく極々普通。一階は教室よりも広く取られた保健室とか事務室があって、後は体育教師室と倉庫。ドア上に付いたプレートで判別できたけど、室内は空っぽだった。

 二階から上は教室。通っている学校との違いを強いて言えば、机と椅子が無くて掲示物も全部剥がされた、ただの空き教室。それが二階から四階まで各八部屋ずつ。


 考えてみればわかるんだけど、別に夜逃げしたりだとか、突然廃校になった訳でもないんだし備品だって処分できるものは処分するに決まってるんだよ。


 そんな何にもないA棟を回りながら次第に僕たちは気が抜けていった。怖い思いをしたい訳でもないのだけれど少し拍子抜けしたんだ。そもそも怖い思いをしたくないから昼間に来ているのに怖くないからってがっかりするのはお門違いなんだけれど。


 A棟を回り終える頃にはふざけ合いをするほどになっていた僕たちは続いてD棟へと移動することにしたんだ。

 A棟から渡り廊下へ。建物内の停滞した埃っぽい空気と比べると外の空気が美味しく感じる。


 少し低めの柵になんとなく恐怖感を覚えながらD棟へと向う。D棟に入るとA棟と同じような埃っぽい空気。埃っぽい空気なんだけど、空気感が違う。埃っぽいのを除けばA棟は確かに学校の教室っていう空気感だったんだけれど、D棟は違った。第一印象は研究施設みたいって思った。当時はうまく表現できなかったんだけど、後年思い返してみると全館に空調を効かせるのが当たり前な、まさに現代的なつくりだったんだ。


 さっきまでふざけていた僕たちはその空気感にあてられて無言になった。それほどまでに空気感が違ったんだ。そして寒い。材質のせいなのか、構造上陽射しが廊下に入りにくいからなのかわからないけれど、とにかく寒かった。


 D棟は口の字型をした建物の外側に各室があって、内側に廊下という造りだった。中心部は中庭になっていたらしくて、今は雑草が繁茂していた。

 生物、物理、化学それぞれに分かれて教室と準備室があって、他にもパソコン室があったみたいだった。

 もっとも、パソコンも人体模型もホルマリン漬けの標本も無かったのだけれど。


 二階を一通り見て回って、次は一階と思いなんとなく中庭に目を遣る。雑草の向こう、一階廊下を歩く女の子が居た。白い服を着た少女。右手側の廊下を手前に向かって歩いてくる。


 自分の背後にある階段を下りるとおそらく少女と鉢合わせてしまう。


 鉢合わせてしまう事の気不味さとこんな場所で他人を発見するという事に軽い興奮を覚えた僕は階段を下りようとする友人達を呼び止めたんだ。


 友人達に窓から女の子が見えたことを教えると、友人の一人が「じゃあそこから上がって来るかもな」といって足音を忍ばせて階段へと向う。

 驚かそうとしているのかわざわざ足音を忍ばせて歩く友人を見ながら、そんな性格だからモテないのでは?と思う。自分から第一印象最悪にしようとする友人を眺めているとしばらくして友人が戻って来た。どうやら階段を素通りしたらしい。


 友人が言うには学校の制服だったらしい。ぱっと見で白い服だと思ったけれど薄い水色のブラウスとプリーツスカートだそうだ。

 階段を素通りしたということは今度は左手側から正面側の廊下に向かうのだろうと思い、再度窓から一階を見る。


 数秒後、左手側に彼女が現れる。腰に届くストレートの黒髪を揺らしながら正面側の廊下に向かって歩くその姿になんとなく違和感を覚えるのだけれど何が違和感なのかわからない。

 少女が向かい側の廊下を半分ほど過ぎたところで違和感の正体に気がつく。


 あまりにも自然に受け入れていたけれど、廊下を歩く少女がいるという事自体がまずおかしい。一階昇降口裏の窓から入ったのなら脚立が茂みに隠されているはずがないんだ。

 仮にどうやってか校舎に侵入できたとして、なんでただ廊下を歩き回っているんだろう。


 もしかしたらあの少女はなにかやばいモノなのでは?


 そんな事を考えつつ少女からも目が離せない。少女は正面側廊下から右側へとさしかかる。

 普通ならありえない。最初に見た少女は右側の廊下を歩いていたんだ。室内を覗き込もうともしないで廊下を一周するなんて普通しないと思うんだ。


 立ち尽くしたまま徐々に近寄ってくる少女を見ていると、その顔立ちがはっきりと見えるようになってきた。


 僕はさっきまでとは別の意味で目が離せなくなった。少し遠目から見ても少女は美しかった。

 真一文字に結んだ口と小ぶりですっきりとした鼻筋や切れ長の瞳。

 すべてのパーツを入念に選び、配置をミリ単位で調節したかのようなありえないレベルの整った顔立ち。

 無表情なのに、無表情だからこそその美しさが際立つ。


 ふと少女が立ち止まる。数秒間硬直したかのように動きを止めた彼女がにわかにその頸をこちらに向けてきた。

 無表情な少女の無機質な瞳と目が合う。

 真一文字に結んだ口を三日月に変える。先程まで無機質だった瞳が好奇心に満ちたものへと変化している。


 次の瞬間少女が走り出した。それを見た僕たちも背後にある渡り廊下へと走り出したんだ。

 人って本当に怖い時って悲鳴あげられないんだって知ったよ。

 一心不乱にA棟との渡り廊下へと走って、渡り廊下から飛び降りる。僕の前を走る三人は飛び降りた後振り返りもせず、一心不乱に正門前に駐めた車へと走っていく最後尾のA子ちゃんだけはスカートだったから飛び降りるの少しだけ躊躇ってたけど、急かす僕の声に渡り廊下から飛び降りた。渡り廊下の下にあるガラス扉から少女が出で来ないか心配だったけど、そんなこともなくて僕とA子ちゃんも無事に車まで戻ることが出来たんだ。


 帰りの車中で友人の一人が脚立を戻し忘れたと言い出した。それを聞いた他の友人が話し出す。


「脚立は放置しておいていいと思う。もし管理者がきちんといるんだったらD棟の鍵空いてるのっておかしくないか?渡り廊下の鍵って内鍵だったよな?そもそも誰が開けたんだ?あと、昇降口の脚立もおかしいだろ。管理者が定期的に見回るんなら昇降口裏側の植込みに隠してある脚立はともかく、昇降口の中にある脚立は片付けるんじゃないか?っていうか誰が脚立用意したんだ?オレたち校舎内になにかしら備品とか見つけたか?オレたちが見た少女なのか他の誰かなのかはわからないけど、日常的に戸締まりとかしてるのって多分人間じゃないだろ。」


 A子ちゃんがぽつりと言う

「D棟の一階倉庫には緊急備品あるからそこから持っていったとか」

「そのD棟が開いてるのがまずおかしいんだよ」

 友人の言葉を聞いた僕たちは無言だった。


 これが僕たちのただ一度の肝試し。

 後日に廃校について調べることも、再度踏み入れることもなく。ふと、伝え聞いた話だと入れるのは昇降口で繋がってるA棟とB棟だけだったらしい。




 その後はお互い引越しの準備だったりで連絡は取り合うけれど全員集まることもなくなって。僕とA子ちゃんは都内で一緒の大学だけど他の三人は地元の国立大学だったり、北海道の農業大学行ったりで大学入ってからはゲームなんかを一緒にしたりとかはするけど、長期休みに帰省したときぐらいしか会わなくなって。


 まあ、肝試し以降A子ちゃんとは距離が近くなって、大学入ってからは付き合い始めたし同棲状態だから寂しいとかはないんだ。


 A子ちゃんは美人で、なんで僕が付き合えているのかわからないレベルなんだよ。

 小ぶりですっきりとした鼻筋や切れ長の瞳。

 腰まである黒髪は艷やかで。

 すべてのパーツを入念に選び、配置をミリ単位で調節したかのようなありえないレベルの整った顔立ち。

 無表情な時も、無表情だからこそその美しさが際立つぐらいのレベル。そんな彼女には、涼やかな薄い水色の服がよく似合うんだ。


 高校卒業直前に仲良くなったけど、もっと前に仲良くなれていれば良かったと今でも思う。











 大学で知り合った友人が高校生の時に体験した話をしてくれたのだけれど、なんで踏み入れたことのないD棟一階に詳しいのだろう?というか、AからC棟については伝聞系なのにD棟一階は断定表現なんだろう。

 それにこいつ、始めは男四人って言ってたし、出身校は男子校の筈だ。


 D棟の一階に居たっていう少女と特徴が同じA子は誰なんだろう。こいつも何故かD棟一階に緊急備品あるの知ってるし。


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