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波打ち際で歌う魔剣

作者: 青空

 


 沈む夕日、照らされる琥珀色の海。

 そして、渚に寄せる波が何かを攫うように寄せては返す浜辺に突き刺さった瑠璃色の剣。


 *


 食い扶持を稼ぐ為に街の近くにある迷宮に入り、魔物を倒して生命の源となる魔核と呼ばれるさまざまな動力となる魔力の蓄積物を手に入れて売るとある青年の日々。

 町にある迷宮の為に来た冒険者達の賑わいから逃げるように、青年の家がある町外れの人の居ない小さな浜辺にその剣は刺さっていた。


 青年はその剣を見つけて近寄る。


『ラ〜♪』


 頭に響く、けれど不快ではなく寧ろ引き込まれる柔らかな歌声。

 穏やかなその歌はこの浜辺の光景に似合いすぎて、青年は顔を綻ばせた。


 その歌は夕日が沈みきると共に終わる。

 青年は浜辺に垂直に突き刺さった剣を手に取った。


『あら、お客さんねっ!どう?わたしの声!』


 歌っている時の包容力のある雰囲気とは異なる純真無垢な少女の声。

 その声は自信に満ち溢れていて、そして何処となく喜びで満ちていた。


「……。」


 剣が喋る、その不可思議な事態に青年はただ黙するのみ。


『わたしのライブに来てくれたお客さんよね?』


 自信に満ち溢れていながらも僅かに不安を覗かせる声。


「ああ。」


 浜辺に空返事が響く。


『じゃあ貴方はファン一号ねっ!もしくはプロデューサーかしら?お客さんを集めて貰わないといけないわね!それから──』


 怒涛の勢いで剣は喋り続ける。


『──どうすればわたしのライブに来たくなるようなステージ作りが出来るのかしら?ねぇ、貴方はどう思う?』


 彼女の言葉が一区切りついた頃、青年は彼女の剣幕に苦笑いしながら言葉を返した。


「……とりあえず、君の名前は?」


『わたし?海の魔剣、セイレーンよっ!』


 魔剣、それは男にはとても唆る単語だった。英雄譚でも聖剣として出てくるありふれた、けれど現物はお目にはかかれぬ代物。


『どう?驚いた?』


 悪戯に成功して、クスクスと聞こえて来そうな声色で魔剣ことセイレーンは言う。青年は感情を抑えるように少し間を置いてから口を開いた。


「ああ。どんな事が出来るんだ?」


『得意な事と言えば歌かしら。貴方も聞いたでしょう?』


「ん、綺麗だった。いいステージ?だったよ?」


 先ほどセイレーンが勢いよく話した単語の節々からなんとなく理解した単語。


『そうよね!きっとこれなら沢山の人に聞いてもらえるわっ!ねぇ、貴方の他には人は居ないの?』


「ここには居ない。……君を使おうとするならその、プロデューサー、にならないといけないのかい?」


 彼女が先ほど怒涛の勢いで語った中の単語を拾う。


『手伝ってくれるの!?』


「俺の仕事を手伝ってくれるなら。」


『構わないけれど、どんな仕事?』


「簡単に言えば剣で敵を倒す仕事さ。」


 本当に簡潔にまとめて言った。


『へー、わたしの力ならそれも手伝えるわ!私の声はどんな人でも虜になるんだからっ!』


「なら喜んで手を貸すよ。」


 青年は顔を綻ばせた。


『ありがとう!あ、ちょっと待ってね。』


 剣が青年の手で震えて、彼の手から脱すると剣は水と化し、畝り、少女の形を取って変化した。

 透き通る様な長い空色の髪。アイドルの様な煌びやかな青を基調としたノースリーブ、フリルの付いたホットパンツから伸びる白い脚は艶かしく、少女の幼さも相まって少し浮世離れした美しさだった。


「……っ。」


 その美しさに青年も感嘆の息を吐いた。


「どう?」


 セイレーンは腰に手を当てて不適に笑いながら問いかける。


「綺麗だ。」


 僅かに力の入った断言。

 青年が急に顔を締めて言うものなので、セイレーンは僅かに顔を染めた。


「そ、そうよねー。何せ魔剣ですからっ!」


「あぁ。とりあえず、今日は遅いからうちに来い、真剣に足りるかは分からんが手入れの品ぐらいは多分ある。」


「じゃあお言葉に甘えるわ。」


 二人は暗くなった浜辺を歩き始めた。



 *


「わたしの目標としては会場一杯のライブをしたいの!」


 塩気の効いた焼き魚を食べながら二人は囲炉裏を囲んで話していた。


「会場…ちょうどあの浜辺一杯くらいか?」


「そうね、そのくらい人がいれば満足よ!もっといても問題ないわっ!」


「じゃあ、それまで手伝えば良いのか?」


「ええ、お願いね。代わりに貴方の剣になってあげるわ!……それにしても、手入れの品にしてはやけに揃ってるわよね。」


 セイレーンは辺りを見回して言った。

 青年の家は特に飾り気のある家具はないが、それ以外の彼の仕事で使う物ばかりで、防具やそれを手入れするための研磨剤などと一部は足場がない程に置かれていた。

 青年の家が大きいため、それでも狭さは感じない。


「しかも、これ魔力注入機よね。とても高いんじゃないの?」


 大きな台座と、横にある箱から伸びた管。魔力を利用して駆動する為の物に魔力を注入する機材だが、一般の物は自分の魔力で補給でき、これを使うのは何百人分以上の魔力を込める時のみにしか使わない。


「……親父が残していったんだ。」


「お父さん?」


「あぁ、今はいないけどな。」


「そ、そうなのね。」


 地雷を踏んだとセイレーンは慌てる。


「気にしてないから気負わなくて良い。」


「分かったわ。あと…貴方武器は?」


 防具は沢山あるが武器の類は一つもない、強いて言えば投げナイフぐらいだが、武具というよりは道具に近い存在のみ。


「今切らしててな、とりあえずセイレーンが居る限りは慌てなくていいだろう?」


「まあね、期待してて良いわよ?」


 青年の言葉に調子に乗った彼女は胸を張って微笑んだ。


「明日からはどうするんだ?具体的に何を手伝えば良いのかが分からない。」


「そうね、私のステージを用意してほしいわ!とびっきりとまではいかないけれど、人が集まる場所が良いわね。」


 青年は手を組んで少し唸ると口を開いた。


「じゃあ、街の広場とかどうだ?あそこにはそれっぽいのがあるぞ。」


「ほんとう!?明日連れて行って!」


「探索帰りでもいいか?夕方ぐらいだ。」


「構わないわ、むしろ夕方の方が人が居そうだもの。わたしの歌にも似合うわ!」


 満面の笑みを浮かべてそういうセイレーンに青年も嬉しそうに微笑んだ。



 *


 魔剣と名の付くだけあってセイレーンの力はとても強力だった。


『ラララ〜♪』


 青年がセイレーンで斬りつけた骨の魔物スケルトンは斬られた瞬間硬直し、動きを止める。


「歌で魅了とは流石だな。」


 青年が返す剣で敵をスケルトンの魔核、人で言えば心臓のあたりにあるそれを打ち砕いた。


 その一体は青年が蹴散らしたスケルトンの群れの最後であり、青年の周りには数十体の骨が散らばっている。


『でしょー!でも、貴方も凄いわね。私が魅了しても動く敵もいたのに、全部倒すなんて。』


「それができなきゃ生きていけない職なもんでね。」


 青年は砕いた魔核のかけらを拾い集めながら言葉を返す。

 既に青年が背負うリュックは魔核のかけらで一杯だった。


『それを集めてどうするの?』


「売るのさ、このリュックいっぱいに売ればそこそこの額になる。」


『へー。この調子なら夕方までには終わりそうね。』


「当たり前だ、そうなる様に探索している。」


『慣れてるのね。』


「仕事はきっちりこなすのが俺の信条だ。」


 青年は半分以上魔核のかけらで埋められたリュックを担ぎ直して、迷宮の奥へと歩んでいった。

 青年が通った道には大量の魔物の屍が落ちていた。


 それから二時間後、夕日が見える頃、青年は手に入れた魔核のかけらを換金し終えて、大きな噴水のある街の広場に来ていた。


「ここが、広場さ、この台なら目立つんじゃないか?」


 青年が示した場所はまさしくアイドルが踊って歌うに相応しく、小さな楽団ならば簡単に収まるほどには大きなステージだった。


『凄いわ!このこの町、こんなものを建てれるほど裕福なのかしら?』


 青年は先程スラム街の近くを通ったのでセイレーンは目の前のものと落差を感じて疑問を呈した。


「これは寄付金で出来た奴だよ。どっかの冒険者が……確かアルベルトって言う人がここに立ち寄るついでに建てていったのさ。そのくらい金が有ればもっといい装備を買いたいもんだ。」


『変な人ね。まぁどうでもいいわ!こんな良いステージがあって歌わない方が失礼だもの!』


 セイレーンは青年の腰の鞘から離れて、水と化して少女に変化した。


「人呼びは任せて存分に歌ってこい。」


「そう?お言葉に甘えて楽しんでくるわ!」


 台に登る為の段差をリズム良くタンタンタンと登り、一段階大きな声を出す。


「セイレーン、オンステージッ!」


 青年はその声と共に懐から何かの玉を取り出し、魔力を込めて上に投げた。

 その玉は最高点に達した瞬間破裂。

 鮮やかな寒色を基調とした花火が空に咲く。


 街ゆく人々はその花火を見ると興味を惹かれる様に広場へと歩み始める人、一目散に駆け出す人、突然の轟音に驚く人と様々だった。


「ラ〜♪〜〜♪」


 彼女の歌は激情を誘う歌ではなく、静謐ながらも単純に心を動かすのではなく、奪う歌。

 誰をも虜とさせて魅了する歌。


「〜♪」


 寄り返す波が砂をさらう様に、広場に集まった人達を魅了し、彼女に視線を釘付けにする。

 青年もまた、彼女に魅入っていた。

 彼の頬には何かを伝った様な線が残っていた。


 セイレーンの歌は日が沈むまで続けられ、彼女が歌い終えると民衆からはたくさんの拍手が場を満たした。


「ありがとうー!」


 彼女は手を振りながらステージ後ろへの噴水へと飛び込み、水飛沫とともに姿を消した。


「歌姫だ……。」


 誰かがそう呟いた。


「歌姫が来た!!」


 誰かがそう叫んだ。

 待ち人にその興奮は電波し、今宵の町人の話題はそれで埋め尽くされた。


 青年は広場にいる人達が散る頃に噴水にある魔剣とかしたセイレーンを手に取って帰路についた。


『どう?わたしの歌声、虜になったでしょう?』


 セイレーンが持ち主にのみ伝わる様に語りかける。


「──ああ。町のみんなもな。」


 淡白に返した青年の返事が気に入らなかったのか、不満げな溜息が一つ帰ってきた。


『広場に居たみんなみたいに興奮しないのね。』


「……別に俺が虜になったのは剣の方だからな、それに、こんな所で興奮する訳にもいかないだろう?」


 青年は小声で話しているが、もしこれ以上大きくすれば周りから怪訝な目で見られるだろう。


『はぁ。それもそうね、これだけのステージがあるなら人が集まるのも当然といえば当然ね。次もお願いするわ。』


「一緒に居てくれるならお安い御用だよ。」


 それから青年の日々は迷宮でセイレーンの力を借りて多数の魔物を討伐し、魔核の欠片を集め、時々帰り際にセイレーンを広場へと連れて行った。


 彼女がステージに立つ度、観客は増え、時々は高名な人が現れる程のライブだった。

 彼女の歌はステージに立つ度に全く別の物と化している。誰もが飽きずに、彼女の歌に魅了されていた。


 青年は気晴らしと言って突然セイレーンを遠出に連れて、様々な場所へと赴いた。

 洞窟の先の花園、雪に覆われた山、極彩色に染められた森林、果てには空の島。


 そんな各地へと連れて行かれた彼女は人以外の生物を観客に歌を歌った。

 種族問わず誰もを魅了し、彼女と青年もまた大いに楽しんだ。


 その日はとある山の頂上から行ける雲海からの帰路だった。


『次はどんな場所に連れて行ってくれるの?』


 その前まで散々景色と食べ物について語っていた彼女は話題を変えた。


「さあ?いつも適当だからな。」


「適当って…今日もそうだけど、あんな龍相手にしたくないわよ。」


 溜息を吐きながら彼女は呆れた。

 青年が行った雲海には龍が住んでいて、縄張りを侵されたと思った龍は青年を襲撃。彼はそれを沈め、落ち着かせた所でセイレーンを歌わせて無事に和解して帰ってこれたのであった。


「でも、良かっただろ?」


「勿論よ!」


 セイレーンは度合いを表現するために少女と化して身振りを使って言った。


「なら問題ない。」


 青年はそれを微笑ましそうに見て言った。

 その瞬間彼はセイレーンの前に立ち、左手の盾で飛んできた矢を払った。


「え。」


 突然の出来事に彼女は硬直する。

 しかし襲撃は止まない。


 闇夜に潜む様な黒ずくめの暗殺者二人がナイフを持って彼女へと襲いかかる。


 彼等はセイレーンがいる町に人が流れ込んだことによって不利益を得た国の手先だった。


 青年は一人を盾で殴打し、もう一人はナイフを盾で受け、腕を絡めて、首を絞めた。


 そして、青年が守護する反対方向から矢が飛来し、セイレーンの背中に深々と刺さった。


「あぐっ!」


 苦痛に呻きながら彼女は倒れる。


「おい!」


 青年は彼女へと駆け寄る。

 矢を抜き、止血するが彼女の荒い息は治らない。寧ろ弱々しくなるのみ。


「毒かっ!」


 忌々しそうに吐き捨てる。

 青年は懐から薬瓶を取り出して彼女の口に流し込む。


「ん……ダメ、よ。あい、つら。わたし、の魔核、狙って…。」


「喋るな!」


「もう、無理、よ。……あ〜♪ ふふ。声はで、るわ。わたし、先に、行っちゃう、けどね、貴方が来たら、向こうで、迷わない様、歌って、あげるから。」


 セイレーンは命を振り絞るように言葉を綴る。


「喋るなって、言ってるだろう……。」


 青年は顔を酷く歪ませて彼女の顔に涙を落とした。


「そんなに、悲しんで、くれる、なんて、歌姫、として、ありがたいわ、ね。心配、いらないわよ。声は、でる、から、ね?」


「……。」


 セイレーンの体を掴む青年の手が震え、力む。


「ね、お願いがあるの。わたしの剣、きっと、砕けるけど、あの浜辺に、持っていって。あの海に、攫って、貰いたいの。きっと、わたし達を見てた海なら、わたしが、向こうに、行っても、きっと、魔核が砕けても、わたしたち、の思い出を、教えて、くれると思う、……の。」


 彼女はそこで息絶えた。

 残されたのは息絶えた彼女の体。

 それもまた水と化して砕けた魔剣へと戻った。


「っ、くっそぉぉぉ!」


 青年は叫んだ。心の底からの怒った。守れなかった自身の弱さをこの世の不条理を。


 青年はふらふらとした足取りでなんとか家に辿り着くと、荷物を放り投げ、無くさないように袋に入れたセイレーンの欠片達だけを持って浜辺に行った。


 青年はセイレーンが刺さっていた波打ち際にたどり着くと、そこに彼女の欠片を浅く埋めた。彼女の心臓と言える魔核もまた粉々になっていた。


「なぁ、いつになったら守れるんだろうな。」


 青年はその亡骸に向かって話しかけた。


「一度目は俺の力不足、二度目は魔力が切れたから貯金を切って魔力注入機を買ってよ。三度目は金が切れたせいでせっかく買った機材も使えず魔力切れ、四度目は欲に塗れた奴に殺されて、五度目はお前を霊脈に捧げるとか抜かした奴に。六度目はお前の歌で霊脈を鎮めるために探し回った旅で。……これで100回目だぜ?海はどうしてお前に記憶を返さずにここに放ってくるんだろうな?どうして、世界はお前を殺そうとするんだろうな?」


 青年は彼女の亡骸にただただ感情を悲痛な表情で吐露する。


「──俺はお前が楽しそうに歌っている所を見たいだけなんだよ……。」


 歌姫が不意に現れると言われる町、リルステイン。その町外れの浜辺で青年アルベルトは嘆いた。

お読みいただきありがとうございます。

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