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その朝  作者: 三宮新真
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第八話 涙

第八話 涙


田島麗子は一見ハーフのようなエキゾチックな目鼻立ちをして、スリムでスラッとしていた。背の高さもクラスで一、二番で、大きな目と大きな口ではきはきと話し、いつも笑っていた。ちょっと舌足らずな話し方は当時一世を風靡した山本リンダに似ていた。

だが、勉強も、運動もからっきし、だめだった。運動会の全員参加のクラス対抗リレーでは田島にバトンが渡った瞬間今までのリードがみるみる縮まりやがて追い抜かれ、さらにどんどん差をつけられるのが常だった。

テストの結果もいつも0点かそれに近い点数だった。テストの答案を返却されるといつもクラスのいじめっ子杉山たちに答案用紙を奪われみんなの前で公開されるのだった。

杉山たちは休み時間に田島のランドセルを勝手に開けて返された答案用紙を取り出し

「田島また0点!」

と叫びながら教室の中を走り回り、田島は泣きながら

「返して返して、、」

と追いかけるのだった。そのうち追いかけるのに疲れた田島が倒れこみ大声で泣き続けていると、他の女子からの

「可哀相じゃない、もうやめてよ」

という抗議の声が増えてきてそのゲームは終わるのだった。びりびりに破けた答案用紙を返され他の女子に慰められると田島は真っ赤に泣き腫らした目でぐちゃぐちゃに濡れた顔を上げて

「あ、ありがとう、、」と悲劇のヒロインのように大袈裟によろよろと立ち上がり、数人の女子に囲まれて慰められるのだった。

そしてすぐに

「もう大丈夫、、」とニコニコし始めるのだった。

田島はいろんな方法で毎日苛められていた。足をかけられて転ばされたり、座る瞬間椅子を動かされて尻餅をついたり、酷いときは椅子の上に画鋲を置かれて刺さったりした。

そういう時、田島はいつも大声で泣き出し、杉山たちはそれをまたからかい笑うのだった。

私たちはみんな、そういういじめっ子グループの標的にならないように毎日を注意深く暮らしていた。椅子の上に置かれた画鋲を目ざとく見つけ、突き出された足で転ばぬように下を見て歩き、椅子に座るときも動かされないように確かめて座った。

田島はそういう事に全く無頓着で同じイタズラに何度も何度もひっかかり、そのつど大声で泣いていた。そして、すぐにケロリとしてニコニコするのだった。

私はそういう田島の事をこっそり可愛いと思っていた。

顔もスタイルも抜群だし、あんな泣き顔さえしなければ、プロのモデルみたいだとさえ思った。何もないとき(田島が苛められていないとき)盗み見たこともあった。ただ、あの真夏の灼熱の太陽のような馬鹿笑いとぐちゃぐちゃの泥水を被ったような泣き顔はお世辞にも可愛いとは言えず見ていられなかった。せっかく美人なのにもったいないなあ、と思っていた。

だがそのことは口が裂けても言えることではなかったし、他のどんな人間にも絶対に知られてはならないことだった。もし知られたら、嘲笑と侮蔑の嵐が巻き起こり私がいじめの標的になることは確実だった。


夏休み明けの初日、自由研究の工作を提出する日のことだった。田島はかなり凝った力作を持ってきた。

それは水車小屋だが、木材を変形に加工した手の凝った作りのもので、あきらかに小学生にはとても作れない立派なものだった。たとえ親に手伝ってもらったとしてもスゴイと私は思った。

授業が始まり提出された工作を順々に眺めていった先生は田島のところで立ち止まり思わず目をみはった。

「田島さんの工作はすごいですね。」

「どうせ親に作ってもらったんだろう。!」提出できず怒られていた杉山が声を上げた。そのとき田島はハキハキとよく通る声で言った。

「先生、そうです。私はお母さんに手伝ってもらいました。私はインチキをしました。」

先生はニコニコして言った。

「田島さん、正直で立派です。他にも手伝ってもらった人はいますか?」

クラスの三分の一ほどがこそこそ手を挙げた。

「ほーら他にもいますね。工作は田島さんが一等賞です。」

「次は三宮君のヒコーキが二等賞です。三宮君は誰かに手伝ってもらいましたか?そしてどんなところに苦労しましたか?」

私は、竹ひごを曲げるのがうまくいかず実は父に手伝ってもらったのだが、さっき手伝った人間のとき、手を上げなかったので言えなかった。

「一人で作りました、苦労したのは竹ひごを曲げるのがうまくいかず何度もやり直しました。」

「自分で作って苦労するといろいろな発見がありますね。」先生は私を褒めはじめた。

「みんなも立派なものを作ることだけが宿題じゃありませんよ、三宮君のように苦労して経験することも目的のひとつなのです。これからは三宮君のように自分の力で作りましょう」

私はみんなに振り返られ見つめられ顔が赤くなっていくのを感じた。その顔の中の田島がキラキラした目でこちらを見つめる顔を正視することができなかった。私は自分の汚さに心が沈んでいき、さっきまで輝いていた工作のヒコーキも何か薄汚れたものに見えた。こんなものは早くなくなってほしいと思った。

だがその後、教室の後ろに田島の工作と私の工作が夏休みの自由研究と題されて展示された。

田島の立派な水車小屋に比べると私のヒコーキは誰が見ても小学生のへたくそな工作だった。しかも親に手伝ってもらって。


だが、次の日の朝、田島の水車はめちゃくちゃに壊されていた。やったのは杉山たちだった。昨日の放課後それを見ていた女子がひそひそとささやき合っていた・

「あいつら笑いながら踏んづけてひどかったのよ、それも田島さんの前で、」

ホームルームが始まり、入ってきた先生は、壊れた水車を見るなり顔色を変えた。

「なんてひどいことを、誰だ!!」

「杉山君たちよ・・」ひそひそ声が聞こえた。

先生は杉山をにらみつけ

「杉山ぁ!!」と怒鳴りつけるのとほとんど同時に

「先生!!」と田島が手を上げた。

「杉山君じゃありません。私が壊しました。」

「田島さんあんなやつかばうことないのに・・」他の女子がぼそぼそ言うのが聞こえた。

「田島さんかばっているの?」という先生に、田島は

「違います、私がインチキをして作った水車を杉山君たちに自慢して自分で落として壊しちゃったんです。杉山君たちは悪くありません。」

先生は田島のあまりに堂々とした態度に言葉を失い

「わかった、田島さんがそこまで言うなら先生はもう何も言わない。」

と杉山を怒りで燃えた目で睨みつけた。

それから田島のことを褒めはじめた。

「先生は最初、このクラスの担任になったとき不安な事がいくつかあった。意地悪な杉山の事とか、それに田島さんの事もあった。田島さんはとても心が優しいのだけれど優しすぎて他の人とちょっと違うところがある。そういうところが他の人にはわからず苛められるのじゃないか心配していた。現実に苛められているところを先生も見ているし、みんなも見ていたはずだ。杉山たちをいくら怒ったって先生にはそれを止めさせることは出来なかった。それは先生の責任だ。でも、今日の田島さんの態度を見て先生の心配はだいぶ小さくなった。田島さんは苛めに負けずに本当に立派になった。」

田島は褒められて恥ずかしそうにもじもじしていた。

私は先生の話を聞きながら、杉山たちの悔しそうな顔を横目で見ていた。先生も余計なことを言うなあ、と思っていた。


案の定、その日の放課後、田島は杉山たちの標的になった。

杉山たちは田島に話しかけながら他の生徒が帰ってしまうのを待った。だがなかなか帰らない生徒たちもいて、ついに我慢できなくなりそれは始まった。

杉山はいきなり田島の髪の毛を掴んで腹をげんこつで殴った。

「おいっ田島!お前みたいな馬鹿のおかげで、俺が赤っ恥をかかされたんだよお!」

教室に残った何人かは私を含めて、杉山のあまりの剣幕に驚いて止めるタイミングを忘れて遠巻きに見ていた。気の強い女子が

「杉山君やめてよ」といったが、杉山にものすごい剣幕で

「うるせー!代わりにぶん殴ってほしいのか!!」と怒鳴られるとぞっとしたように黙ってしまった。誰かが

「先生を呼んでくる」と教室の外へ駆け出した。

杉山はその声にもお構いなしに田島の髪の毛を掴んだまま離さず蹴ったり殴ったりし続けた。そのうち二人は教室の後ろのほうにやってきて、展示してある私のヒコーキの工作にぶつかりそうになった。

私は一瞬、どかそうかとも思ったが、こんなヒコーキ壊れてもいいと思った。振り回された田島がヒコーキの上に落ちて「バキッ」という音がしてヒコーキは潰れた。杉山が喜んだような声を上げた

「おっ三宮のヒコーキがつぶれたぞ、田島がやったんだ」

杉山は小躍りしながら手をたたき

「田島がやった、田島がやった」

とはやし立てはじめた。

杉山にされるままでグロッキーになっていた田島は、はっと気づいたように振り返り、つぶれたヒコーキを手に取り、離れたところで傍観している私の顔をさがし、私の顔と潰れたヒコーキを何度も振り返り、真っ白な顔になった。

そして、ぐっと妙な声を出したかと思うと

「ごめんなさい!!」と泣き出した。

「大事なヒコーキを・・」

杉山にあれほど乱暴されても我慢して泣き声ひとつ立てなかった田島が、私の前に手をついた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら何度も謝り続けた。私が耐え切れず

「田島さんのせいじゃないよ」といっても、田島は

「私がこわした、私がこわした」と大声で泣き続けた。

私はどうしてよいかわからず、何も言えず自分がどんどん愚劣な人間になっていくのを感じていた。


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