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その朝  作者: 三宮新真
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第七話 友二

第七話 友二


山田は痩せていて体力も運動神経もなく頭も良いほうではなかった。そのうえ頑固でプライドが高かった。努力でクラスの真ん中くらいの成績を維持していた。だが、クラスメイトからは四六時中バカにされていて山田の悪口を言うことはみんなにとって習慣となっていた。

痩せて下腹が少し出ていたためダッチョ、ヤマダッチョとも呼ばれていた。

山田はそういうクラスメイトをたいていは無視していたが、あまりに酷い暴言が続くと

きっと睨み返して

「なにをっ!」と言い返したが、いつもそれ以上は言わなかった。そして

「また、山田の、なにをっ!だ」とその叫びを口真似され

「なにをぉぉっ?、山田!もう一回なにをぉっ!ていってみろよ」としつこく絡まれたりしていた。そして、そういう悪口、からかいはクラスの不良グループだけではなく、普通の生徒(私を含めた)のほぼ全員の日常化された習慣となっていた。

そして、誰もそのことで山田が傷ついているなどとは夢にも思っていなかった。それは山田を暴力で苛めることがほとんどなかったからかもしれない。力づくでは勝てるに決まっている山田を苛めることは卑怯で下劣な本当の苛めになってしまうからだ。

それでも、ときどき教室の後ろのほうでクラスの不良グループに些細なことで因縁をつけられ小突き回されることがあった。そんなとき山田は死に物狂いで両手を振り回して抵抗したが簡単に倒されて転げまわった。山田はあまりにも弱かった。そのうちみんな見ていられなくなり誰からともなく

「やめろよ、そんな弱いやつを苛めるのは」

と声が上がるのが常だった。

そんな時、山田は一切許しを請うこともなく、また助けられたことにも一切感謝しなかった。

(お前たちだって同類だろう)という目つきで毅然として立ち上がり服の汚れを払い堂々と自分の席へ戻った。

山田の事を妙に嫌う生徒が多い中で、私は山田のことが特に嫌いというわけでもなかった。その孤高のプライドの高さを少しうらやましくさえ思っていた。

そのうち私は山田と仲良くなった。きっかけは漫画だった。私が将来漫画家になりたいと、クラスの友人と話していたのを山田が聞きつけたのだ。

私が教室に一人でいるとき、山田が話しかけてきた

「三宮君漫画好きなの?」

私はノートに描いた漫画を見せた。山田は目を輝かせて小脇に抱えた自分のノートを差し出して、

「僕のも見てくれ」と言った。

私はそれを見てへたくそだと思い、その通りの事を言った。山田はキッと睨みつけ、いつもの

「なにをっ!」と言ったが

「来週もう一度持ってくる。それを見てくれ。これはいい加減に描いたものだ。今度はちゃんと描いてくる」と言った。

一週間の間、授業中も休み時間も山田はちらちら私のほうを見続け、廊下ですれ違うとき小声で

「来週の月曜日だ」と囁き続けた。そして、約束の日の昼休み。

「三宮君!」と山田は少し大きめの大学ノートを大事そうに小脇に抱えてやってきた。

机にひろげたそのノートを見て私は目をみはった。一週間でこれだけのものを描くことができるのかと、信じられないほど手の込んだ細かく丁寧な作品として仕上がっていた。未完であることをくどくどと山田は弁解していたが、私は山田を見直した。そして自分にこれだけのことができるだろうか?と考え込んだ。

それから私は山田の家へ遊びに行くようになった。山田の家は貧乏だった。いつも同じセーターを着ているわけもわかった。

そして、私は他の友達とどこかへ遊びに行くときも山田を誘うようになった。そういう時、他の子供たちは相変わらず山田のことを無視したり、馬鹿にしたりしていた。

そんなある日、私は他の子と一緒になって山田の事をからかった。山田は他の子にはいくら酷いことを言われても気にする風もなく無視していたが、私がポロッとこぼした一言に猛烈に反発した。

「三宮までそんなことを言うのか!」

私は呆然として山田の後姿を見送り、言葉が出てこなかった。私は山田の気持ちを全く考えていなかったし、理解しようとすら思わなかったことに気がついた。

それから山田とは何となく付き合いづらくなり疎遠になっていった。


そのうち中学、高校と進み学校も変わり山田のことは忘れかけていたころ、不意に当時のクラスの同窓会に誘われた。山田は来なかったが、そこで山田が国立大学に進学したことを聞いた。

「あいつ勉強できなかったよなあ、」

「山田が東大?」

「あいつ中学へ入ってから人が変わったみたいにガリベンになったらしいよ」

「へえ」

私は同窓生のざわめきをぼんやりききながら悔しいような嬉しいような気持ちで昔を思い出していた。


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