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その朝  作者: 三宮新真
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第四話 夕暮れの坂道

第四話 夕暮れの坂道


下田のことは、よく、というより全然知らなかった。

隣のクラスだったし、目立つタイプでもなかった。誰とも口を利かず、いつも下を向いて歩いている。笑った顔を見たことが無い暗い感じの奴だった。

そのころ僕は、いつも4人で遊んでいた。久保田、小宮、小林、そして僕は、4人とも性格も家庭環境もずいぶん違ったが、一緒にいるといつも楽しかった。炭屋の小宮、貧しい小林、サラリーマン家庭の久保田と僕。

あるとき久保田が言った。

「今度の日曜日、下田君の家へ遊びに行かない?」

「えっ?!」と小宮と小林。

「?」僕は下田を知らなかった。

「下田って誰?」

「三宮は去年クラスが違ったから知らないだろうけど、僕たち3人は去年下田と同じクラスだったんだ」と久保田。

「ふーん、そいつ面白い奴なの?」と僕。

「おもしろいってなあ、、」小宮と小林は顔を見合わせた。

「下田君は本当はいい奴だよ、気持ちも優しくて、、」と懸命に話す久保田。

「確かに悪い奴じゃないけど、、、下田って怒ると恐いぞ。丸太振り回して杉山たちと喧嘩したって、、」

「知ってる、知ってる」と小林。

「一人で四人を相手にめちゃくちゃに暴れたって、、」

「杉山って、あの杉山?」僕は番長風をふかしていつも4、5人子分を引き連れて歩いている杉山のでかい体を思い出して、問いかけた。

「だって、下田ってあの下田だろ?あんなにちっちゃくて細い奴が杉山と?」

小宮はうんざりしたような顔になって言った。

「下田は、なんか毎日意地悪されているんだよ、杉山たちに。」

「学校の帰りに待ち伏せされてぼこぼこにされているらしいよ」と今度は小林。

「だから、下田くんは毎日帰り道を変えて帰っているんだけど、杉山たちはしつこく探し回って、見つけたら、金をよこせとか、殴ったりしていたらしいんだ」と久保田が説明し始めた。

「それであるとき下田君がとうとうお金は持っていない、と言ったときに杉山たちに四人がかりでめちゃめちゃに殴られたり蹴られたりしたんだ。そのときそばにあった棒を持ってめちゃくちゃに振り回したんだ。わーって大声を出して気が狂ったみたいに杉山たちを追いまわしたんだ。」久保田は見ていたように興奮して話し続けた。

「それから、杉山たちも前ほどは軽々しく苛めなくはなったみたいだけど、意地悪は今もずっと続いているみたいなんだ。教科書を破いたり、上履きを隠したり、、」

「その下田の家へ何で遊びに行くの?」と僕は久保田の終わりそうもない説明を遮り、言った。

「今度の日曜だろ他の事して遊ぼうよ」と小宮。

「だめだ!お願い、下田君の家へ行って!」いつもはおとなしい久保田が珍しく強行だった。

結局、日曜日僕たち4人は待ち合わせて下田の家へ行った。久保田が先頭に立って道案内をした。

「えーと、ここだここだ。」

それは大きな家だった。下田の家の大きな玄関の前に立つと、僕たちが呼び鈴を鳴らす前に玄関が開いて、下田のお母さんが出てきた。

「みんな!いらっしゃい。あっ、久保田さん今日はありがとう。」

静かでおとなしい感じの人なのに何故かバタバタしていた。

「どうぞみなさん上がってください。真一!何してるの。お友達がいらっしゃったわよ。早く来て挨拶しなさい。」

下田は前からそこに立っていたのだが廊下の奥から歩いてきた。

「やあ、いらっしゃい、、」

機転の利く小宮がすぐに僕を紹介してくれた。

「三宮君だよ」

「三宮です、こんにちは!」

「あら、あなたが三宮さんなの、真一からいつも話に聞いています。」

「?」僕のことをなぜ知っているのと不思議に思った。下田とは今日はじめて挨拶したのに。

下田の部屋へ通されると、僕たちは目をみはった。広い、下田の部屋の中には巨大な戦闘機や帆船のプラモデルが立ち並び、ダートやラジコンなどさまざまな高価なおもちゃが整然と並んでいた。

「スゲエー、、」

「おおぅー」

「うぅーん」と僕たちはため息をついた。

部屋の中のおもちゃを見渡しながら小宮がつぶやいた。

「こんなおもちゃ一生、買ってもらえないや・・」

トントンとドアをノックする音がして、下田のお母さんが入ってきた。

「みなさん改めてこんにちは、ゆっくりしていってね。今日はありがとう。」

お盆の上にはジュースと高そうなケーキがのっていた。

「わあぁ」

「ありがとうございます」

僕たちはケーキに跳びついた。

「あまーい」

「うめっ!」久保田と小宮はあっという間にケーキを食べてしまったが、僕と小林はちびちびと味わいながら食べた。それを見て下田のお母さんは

「あら三宮さんはそのケーキが嫌いだったかしら?、」

僕は下げられるかもしれないと思い、あわてて言った。

「いえ!そうじゃなくてあまりにおいしいからもったいなくて、少しずつ食べているのです。」

「わぁ面白い子ね」とお母さんはニッコリした。冗談と思ったらしい。

しばらくしてお母さんはまたやってきた。

「こんなものみなさんのお口に合うかどうかわからないけど、」と差し出したのは、

「ゲッ!メロン」

「メロン食べてもいいの」

「俺生まれて初めてメロン食べるよ」

わいわい騒ぎながら僕たちは至福のときを過ごしていた。そのとき、

「お母さん!もう出て行ってよ!!」下田が厳しい声で言った。

それは本当に命令といった感じの厳しい口調だった。だが、下田のお母さんは一瞬ドキッとした顔をしただけで、

「あらあらゴメンナサイ。みなさんのじゃまをしちゃうわね。」と、怒りもせず相変わらずニコニコしながら部屋を出て行った。

一瞬流れた白けた空気を払うように久保田が言った。

「ゲームしようよ。ねえ下田君ゲーム見せてよ」

下田は大きな段ボール箱を持ち出してきた。その中をのぞいて僕たちはまた、目をみはった。中には、ダイヤモンドゲーム、人生ゲーム、野球盤、ほしくて、ほしくてたまらなかったゲームが山となって入っていた。他の3人も同様らしくため息をついた。

「これほしかったんだぁ」

「これもある、これも・・」

「どどどれをやる??」僕は興奮で舌がもつれた。悩んでいる時間も惜しかった。

「順番にぜんぶやろう!」と小宮が言った。

「そうだ!」

「そうしよう!全部やろう!」

わいわい騒ぎながら楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

でも、僕はふと思った。

(大騒ぎして楽しんでいるのは僕たち4人だけで下田は楽しくないんじゃないか?)

というのは僕たちは未知のゲームに一喜一憂しているけど下田はどのゲームのルールもやり方攻め方も完璧にマスターしていて、いつも一番になってしまうからだ。こんな下手なやつらとゲームをしてつまんなくないかな?僕はその疑問を下田にぶつけてみた。

「そんなことないよ、すごく楽しいよ」と下田はいつものぼんやりした口調で言った。僕はさらに無遠慮に聞いた。

「でもいつも誰とゲームしてるの?」

「お母さん、、」と下田。

「お母さん!お母さん優しいねぇ」と僕。

「下田君のお母さん、本当に優しいよね」と久保田。

「ホントホント、俺んちなんか家に友達なんか連れてったら、すぐ、うるさいから外で遊べ!出てけっ!て言われるよ」と小宮。

そのときまた、部屋をトントンとたたく音がしたので僕たちは

「はいっ!どうぞ!」と大声で答えた。

下田のお母さんがおそるおそるという感じで麦茶を持ってきた。

「のどが渇いていたんだ」と僕は麦茶に飛びついた。

「あっ麦茶に砂糖が入っている。」と僕が言うと、えっ?と小宮も飛びついた。

「本当だ!おいしいいいっ」

僕は小宮と顔を見合わせた。

「うちはもったいないからって砂糖入れると怒られるんだ。」と僕。

「俺は砂糖入れた麦茶を飲むの生まれて初めてだよ」と小宮。

「あのおかわりしていいですか?」小林が言った。

僕たちが砂糖入りの麦茶に舌鼓を打っていると、お母さんはニコニコして

「みんな本当に楽しいそうね」と言った。

下田もうれしそうな顔をしてお母さんを振り返った。

「~のゲームは僕が勝って、~のゲームは久保田君が勝って・・・」と説明し始めた。

下田の顔はまるで生まれて初めて微笑んだかのようなぎこちない硬い笑顔に見えたが、手を振り回して息を弾ませながら話す様子は何か硬い殻の奥のほうから光が外へ溢れ出始めているかのような熱気を僕は感じた。

夕方になり僕らは家に帰る時間になった。

玄関の外までお母さんが見送りに出てきた。僕のそばに来て小さいけれどよく聞こえる声で

「また遊びに来てくださいね」といった。そして久保田にも

「久保田さん今日は本当にありがとう」といってお辞儀をした。久保田の顔が赤くなった。

下田が小さな怒ったような声で

「お母さんそんなこと言わないでよ」といったのがかすかに聞こえた。

下田の家を出て坂道を下っていく後ろのほうから下田がお母さんと話している声が風に乗って聞こえてきた。

「あの4人はすごく仲がいいんだ、いつも一緒にいるんだ・・・」

だが、その後、下田と遊ぶことは二度となかった。


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