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その朝  作者: 三宮新真
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第二十六話 卒業アルバム

第二十六話 卒業アルバム

 

その若い教師は当時はまだ珍しかったマイカーで通勤していた。僕らはその事に対してうらやましいとか憧れるとかいった気持ちを全く感じないほど自動車という物が身近に無く、何をそんなに自慢しているのか理解できなかった。汚したり触ったりしたら勿論の事、そばで遊んでいるだけでも血相を変えて怒鳴りつけられるため、僕はその車を近くで見た事は無かったが今思い出すとスバルの小型車愛称「てんとう虫」ではなかったかと思う。校門の横に堂々と停めて放課後になるとこれ見よがしに磨いている姿が印象に残っている。

その教師は担任のクラスを持たない理科の教師だった。あるときの理科の授業のとき理科室で実験を行った。アルコールランプの上に三脚の台をかぶせその上に小さな白い皿を載せる。小さなお皿の中には少量のアルコールを注ぎその中に綿で出来た短い芯をたらした。その状態でアルコールランプに火をつける。ランプの炎は小皿の底をあぶり下から小皿を暖める。何故か、こんな実験だった。五分、十分と時間は過ぎて行く。五年生の僕とほとんど背丈の変わらない小柄なその教師はまだ二十代だったと思うが痩せていて神経質そうな黒ぶち眼鏡をしていた。些細なことですぐにかっとなった。教師は何の説明もせず六つに分かれていた各班の子どもたちにその実験を行わせた。そのうち誰かが当然の疑問を口にした。

「先生。どうなるんですか?」

 教師はその生徒をきっと、睨みつけると吐き捨てるような感じで言った。

「黙って言うとおりにしていろ。」

 だがいくらその教師が短気であろうと生徒に怖がられていようと小学生の根気のなさには所詮敵う訳でもなかった。ざわざわとする声が教室の中にだんだんと広がっていった。

 イライラしたような顔で教師は言った。

「火がつくんだよ。だから静かに待ってろ」

「えっ火が」

「皿の中の芯に今に火がつく」

 僕にはその実験の意味が分からなかった。

(なんだばかばかしい。火がついたらどうだって言うんだ)

 そのうちさらに時間が過ぎていった。ランプの炎が揺らめくだけで何の変化もない。僕は同じ班の子に話しかけた。

「火をつけたいんならランプを上に持っていって炎をかざせばいいんだ。簡単に火がつくよ」

 僕のささやき声をイライラしながらみんなを眺めていた教師が聞きつけた。

「バカ!それじゃあ実験にならないだろ!そのまま絶対に触るなよ!」

 僕は黙り、ただじっとランプの炎とアルコールを満たした小皿を見つめた。そのうちさらに時間は進み小皿の中身は泡立ってきたがそれ以上何の変化もないまま授業時間も終わりに近づいてきた。見つめ続けて疲れてきた僕はまた隣にいる子に囁いた。

「本当に火がつくのかよ」

「つくんだ!黙っていろ!」

 僕のすぐ後ろから大声で怒鳴る教師の顔があった。さっきからずっと僕の後ろに立っていたのだ。僕はもう氷のように固まっている事にした。

 そのとき後ろの方の別の班から声が上がった。

「ついた!」

 みんなはいっせいに声のした方を振り向いた。そこには確かに小皿の上から青白い炎が上がっていた。

「あっ本当だ。すごい!」

 口々に歓声を上げながらその班の周りにみんな集まっていった。僕は改めて自分の班の小皿を見つめたが相変わらず同じ状態だ。

 教師はホッとしたような顔になりうきうきしたような感じで話し始めた。

「一つだけだけど、どうにかついたな、この実験は、」と言ったときその班の女子生徒が手を上げた。

「先生!ちがいます。村野君インチキしたんです。ランプを上に持っていって小皿に自分で火をつけたんです」

 その女子生徒の言葉に教師は言葉を失って凍りついた。

 そのときチャイムが鳴った。授業は終わった。

「もう終わりだ片付けろ」という教師の声にみんなぶつぶつ言いながら片付け始めた。

 僕は片付ける前に火のついたランプを手に取り小皿の上に炎をかざした。小皿の上のアルコールはぼっという音がして燃え上がり青白い冷たい炎が小さく揺らめいた。

「なっ。つくだろう。くだらない」僕は同じ班の友達に言った。

 起立、礼、とクラス委員が号令をかけ下げた頭を上げたときその教師が僕を睨みつけている事に気がついた。


 今思うとそれからだと思う。そんな事で、と僕はずっと後になっても考えたが他には何も思い当たらなかった。それからその教師の理科の授業ではいくら手を挙げても僕が指されることは全く無くなったのだ。あるときは誰も答えが解らずただ一人僕だけが手を挙げたのだが

「別の質問に変えよう」とその教師は言い、生徒に手を挙げさせることを止めて他の子を指して答えさせようとした。その生徒は答えられなかったが、その教師は何度もヒントを出し強引にその生徒が答えた事にしてその生徒を褒め称えた。

 そのうち僕はその教師のやり口に慣れてきた。答えをわかっている問題をわざとわからない振りをした。みんなが手を挙げている時、わざと恥ずかしそうな顔をして下を向いて手を挙げないようにした。そういうときにその教師は私を指した。そして私が正しい答えを答えるとその教師はかっとした様な顔をして聞こえなかったように別の子を指した。指された別の子が僕と同じ答えを答えるとその子をほめた。僕が答えた事は無かった事のように無視をした。

 その秋の学芸会で僕たちのクラスは自分たちで考えた創作の出し物をする事にした。誰が発案したのか未来世界のファッションショーを計画した。持ち回りで友達の家に集まり何日もかかって子供らしいアイデアで未来の生活や服装を考え、ボール紙や段ボールを使って製作した。企画から製作まで子供たちだけの手作りで作ったファッションショーはどうにか学芸会の当日に間に合った。

 他のクラスが童話や昔話を題材にした先生の指導をもとにした劇やミュージカルを発表する中、僕たちの奇抜なショーは大受けに受けた。来賓の父兄たちからも「すごい」「おもしろい」と声があがり大喜びで楽しんだ。僕たちも鳴り止まない拍手に感動して酔いしれた。

 学芸会が終わりしばらくしてそのとき撮影された写真が廊下に貼りだされて購入希望者の申し込みが行われた。校長先生の演説の姿から来賓代表の挨拶、教師たちによる合唱、童話の劇の風景やその主人公のアップの姿などさまざまな写真が大量に貼り出されたのだが僕たちの未来のファッションショーの写真は一枚も無かった。学芸会の写真係はあの理科の教師だった。父兄の中からファッションショーの写真が無い事に文句の声が声が出た。あのショーの写真がほしいと言う声にその教師は答えていった。

「順番に出てくるファッションショーを全部撮っていたらフィルムが勿体無い。普通は最後に全員が出てきて舞台の前でお辞儀をするものだ。それを撮るつもりだったが、挨拶をしなかったから撮れなかった」とショーの構成が悪いせいだといった。僕らはショーの最後に全員で並んで挨拶は確かにしたがその事を言ってももうしょうがないと思った。フィルムが勿体無いといった教師の撮った写真には美人で有名な音楽の女性教師の独唱のアップの写真が何枚も貼りだされていた。

 その事があった頃から僕はその教師が嫌いになった。それ以前は特に意識しない他の科目別の教師と同じ中の一人だったのだが、もう顔を見るのも嫌で廊下や校庭等で見かけたらすばやく避けるようになった。担任でないことだけが幸いだった。


 その頃、僕は理科クラブに入っていた。工作や科学の実験を行う週一回の授業として行うクラブだ。気の合う友人も多く入っていた。年配で温和な顧問の先生は自らが遊び好きで僕たちと一緒になって工作や実験を楽しんでいた。難しい工作の技術や実験のやり方などのポイントをわかりやすく説明してくれて自分が利口になったような気がして充実感に満たされていた。その年配の先生が定年になり学校を退職する事になった。そして理科クラブの顧問の後任はあの理科の教師がなった。僕だけではなくほかの子もその教師を嫌がったが僕らに意見を言う権利など全く無かった。それから僕たちは全くつまらなくなった理科クラブの活動を苦痛と共に行っていた。

 

そしてとうとう六年生も終わりに近づきやっとその教師と別れることが出来ると思い始めていた頃卒業アルバム用の写真撮影が始まった。その中にクラブ活動の写真撮影があった。僕らの理科クラブでは校舎の一階にある理科室の中から窓の前に集まって外から写真を撮ろうということになった。みんなが窓から顔を出して三脚にのせたセルフタイマーのカメラを見つめていると不意に誰かの手が僕の頭を上から強く押さえつけてきた。僕は窓の下に顔が隠れて写真に写らなくなってしまうため慌てて顔をあげた。するとまた、上から強く押さえつけられた。あの教師の手だった。その教師は言った。

「三宮!頭を下げろ!お前に隠れて後ろの人間が写らないだろう」

 僕はそうか、と思い、でも僕も写らなくなってしまうと遠慮して少し顔をあげた。だがその教師は僕がちょっとでも顔を上げると

「頭を下げろ!」と怒鳴り、ぐいぐいと僕の頭を押さえつけた。カメラのフラッシュが光る瞬間その教師はすばやく手をどかした。

 その後配られた卒業アルバムを一ページ一ページを思い出と共に懐かしく眺めた僕はあるページで唖然とした。それは理科室の窓からみんなで外を眺めている理科クラブの写真だった。理科クラブのメンバーがみんなで窓から顔を出している中ただ一人窓の下から小さく目だけが覗いている僕の姿とその横でニヤニヤと笑っているあの教師の姿だった。そして目だけが覗いている僕の後ろには誰もいなかった。みんなは横並びに並んでいたのだ。その教師はただ嫌がらせをするために僕の頭を押さえつけたのだ。

 僕は卒業アルバムを開くたびに何か苦いような悔しい思いを感じるようになってしまった。

 

 その後、卒業式も終わり中学へ入る準備をしていた頃、その教師が交通事故を起こしたと言ううわさが友人たちから流れてきた。僕はもうその教師に特に興味も無かったが友人たちはざまあみろと笑いながら話した。

 愛車のスバルが踏み切りでエンコして動かなくなり、その教師は車を置いて逃げ出したというのだ。故障自体はしょうがない。問題はその教師がとった行動だった。無人踏み切りの線路の上でエンコした車から飛び出したその教師はそのまま車を置いて走り出してどこかへ逃げてしまったというのだ。警報機のボタンも押さず、発煙筒も焚かず、向かってくる列車に合図もせずそのまま逃げ出したのだ。幸いその場にいたサラリーマンの男性が列車の前に立ちはだかり、背広を脱いで大きく振り回したため危ういところで列車を止める事ができた。怪我人が出ることも無く無事に済んだが線路上に放置されたスバルは急ブレーキを掛けながらも滑り続ける列車に引きずられて押しつぶされた。

 日頃、規則や道徳について、人一倍口うるさく怒り生徒を苛めていたその当の教師のとったあまりに無責任な行動に非難が集中した。その後うわさはうわさを呼びその教師は学校にいられなくなった。という事だった。

僕はこの事件をあの教師は今度は誰のせいにして喚きたてるのだろうか、とその事にだけ少し興味がわいた。


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