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その朝  作者: 三宮新真
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第二十一話 友三  


新井とは妙にウマが合った。心優しきボーっとした奴で、僕より勉強ができず、僕より運動神経がよかった。いつもダラダラしていて積極的に体を鍛えてなどいないのに天性のバネがあり、飛び跳ねるように走り、スタミナもあった。だが勉強はいつも下のほうだったし、テストで零点を取ったこともあるみたいだった。小さな町工場の息子だったが工場は苦しいらしく、いつも汚い服を着て頭もボサボサだった。授業参観や運動会に親が来たことなど一度もなかった。

 新井と僕は学校が休みの日、よく二人でぶらぶら町を散歩した。一日中無言でいても気にならず、心の許せる友人だった。新井は自分の方から、あれをしようこれをしよう、と言う事はほとんどなくいつも僕が誘っていた。新井はいつも二つ返事で、

「うん、やろう!」と言ってくれた。カップルが多い繁華街を二人で

「空しいね」といいながらいつまでも散歩していたことなどもあった。

 その新井が区の陸上大会の代表選手に選ばれた。

 仲間内では新井にバネがあるのはみんな知っていたが、いつもダラダラしてまじめに練習などやらないため選手に選ばれたとき僕もみんなもびっくりしたが、当人の新井が一番驚いた。

「そんな!僕が選手なんて、、」何かの間違いではないのか、とあわてて質問する新井は、先生に

「新井、お前には素質がある、これから大会まで一ヶ月間、毎日放課後練習だ!」と言われると反論する元気もなかった。だいたい新井が何かで反論したり怒ったりしたところを僕は一度も見たことがなかった。

 それから毎日放課後になると、新井は真っ白い選手用の体操服を着て、他の選手たちと一緒に、グラウンドを何十周も走り、ジャンプの練習をした。僕らはそれをまぶしく見ていた。新井の真剣な顔を見るのは生まれて初めてだった。

 新井は、1500メートル走と走り高跳びの二種目の選手になった。

 大会当日の日曜日、僕らはお弁当を持って学校に集合してバスで競技場へ向かった。着いたところは本格的なスタンドのある大きな競技場だった。新井の出場する種目は午前中に1500メートル走、午後に走り高跳びだった。

 1500メートル走ではスタート位置に並ぶ新井からは遠めでも緊張がヒシヒシと伝わってきた。号砲と共に選手が一斉にスタートすると新井はいつものんびりした跳ねるような走りではなく必死になって走っていた。しかしやはり本格的に練習していて才能もある他校の選手たちとはレベルが違った。レースも後半になるとビリ争いになり、新井ともう一人は必死になってゴールを目指しタッチの差で新井はそいつを抜いた。みんなはがっかりしながらもゴールした新井に歓声を上げた。僕も歓声を上げた。

(新井、よくやったよ、よくがんばったよ。午後はお前の得意なジャンプだ。それでみんなをあっと言わせてくれ。)

 午後の走り高跳びは、これまた本格的な選手ばかりだった。ベリーロールや背面跳びをする選手たちに混じって、新井は昔ながらの挟み跳びだった。ゴムとびでは誰にも負けない新井でも、この本格的な選手達に混じるとひときわ地味に見えた。まわりから

「新井の、あの跳び方じゃあなあ、」とぼそぼそささやく声が聞こえた。

 それでも新井は最初のうちは楽々と跳んでいた。そのうち二回失敗してとうとう後一回で失格となるところにきた。まだ選手は五人残っていた。僕たちは大声で

「新井!!新井!!」と大合唱した。

 新井は例の跳ねるような走り方で助走をして挟み跳びで跳んだ。僕らはそれを食い入るように見つめていたが、二回の失敗と同じように体はバーを越えているのに足が引っ掛かりそうになった。

(あーへたくそ、もっとうまく飛べよ)と、たぶんみんなが思った、そのとき新井の足が信じられない角度で上へ曲がり新井の体はバーを越えた。

「あっ」

「越えた!」

「やったあ!」みんなから大歓声が上がった。

 僕は遠目で新井の顔だけを見つめた。新井は(もうこれでいいだろう、帰らせてよ)と言っているような顔をしていた。

 次に上がったバーでは残った選手はもう四人だけになっていたが、新井は三回とも簡単に失敗してしまい、表彰台に上がることは出来なかった。最後に跳んだ奇跡の再現を期待していたみんなはがっかりしたが、あの奇跡の一跳びだけはみんなの頭の中にくっきりと印象が残った。

 そして大会が終わりいつもの学校生活に戻ると新井は何も無かったように、いつものダラダラした新井に戻り、前よりもさらに一段と目立たないようになった。


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