第二話 なんでもない一日
第二話 なんでもない一日
佐々木とは親友というというわけではなかったが特に仲が悪いというわけでもなかった。時々学校の帰りに一緒に帰ったりした程度の友達だった。
あるとき、僕はクラスの中で仲のよくない集団に力づくで悪ふざけをされた。帽子を取り上げられて何人かにパスをして回されて返してくれないという他愛のないものだった。最初のうちはすぐに取り返せると思い、必死になって追いかけたが、多勢に無勢でくるくると振り回され、そのうちに奪い返すのは不可能だと感じ始めた。
「返してほしければ、3回まわってワンと言え」とか「股の下をくぐれ」とかそういう嫌がらせだ。
現に何人かの奴は「ワン!」と言ってみせたり、そいつらの股の下をくぐったりもした。
僕にはできなかった。
そのリーダー格の奴を殴り倒せば事態は収拾するのだが、腕力と人数で敵うとも思えなかった。
そのうち、僕は妙に気持ちが醒めてきて、この事態に興味が無くなってきた。そして、追いかけるのを止めた。
そんな僕に対して、彼らの行為はどんどんエスカレートしていき、僕の帽子を踏んづけたり、丸めたり、つばをかけたりして、さらに他のクラスメートにもその行為を強要し始めた。
僕の帽子は見るも無残なごみの塊と化していった。僕は何も考えず、ただそれをじっと見ていた。TVドラマを遠くから見ているかのようにぼんやりと眺めていた。そのうちに僕の机はひっくり返され、教科書とか中身もぶちまけられ、僕の席の周辺はめちゃくちゃになった。
「三宮君もワンと言えば良いのに」「あいつ泣き出すぞ」とか、かすかなささやきが、耳の奥にハッキリと聞こえた。そのまま無限に感じる時間が過ぎて、奴らの行為は止まった。
「ちっ、つまんねえの。お前が悪いんだからな。お前のせいだ!。」
最後に強く突き飛ばされて僕は倒され、横倒しになった机とぶちまけられた教科書の中にはいつくばった。しばらくそのままでいたが、ゆっくりと起き上がるとリーダー格の奴はまだ僕のほうを見ていた。僕もその顔を盗み見るように見た。奴は頬が高揚したかのような赤い、何か情けない表情をしていた。
奴らのグループがいなくなると僕はゆっくりと机を戻し、片づけ始めた。誰かが手伝ってくれたようだが、僕はその人間の顔も行為も無視した。
机が片づき、僕は急に気づいたように「僕の帽子は?」と誰に言うでもなく顔を上げた。誰の返事もなく、僕は又、同じ言葉をもっと大きな声で繰り返した。
「教室の後ろのゴミ箱の中、、、」と僕にではなく誰かと話し合うささやき声が聞こえた。ゴミ箱の所へ行き、ごみの中からボロ雑巾のようなくさい物体を見つけ出しそれを取り出した。頭にかぶろうとしたが興奮して手が震えているせいか団子になっているその物体をなかなかほぐすことができなかった。しばらくそのまま、ゆっくりと慎重にひろげてしっかりと頭にかぶった。それをかぶったままゆっくりと歩き自分の席に座った。誰かがそばへ来て
「帽子汚れているよ」とごみを取ろうとしたが、僕はその手を払った。
しばらくして、また別の誰かが
「その帽子かぶらない方がいいんじゃない?なんか、、、」と言った。
僕は、ゆっくりとその声の方を振り返り
「そうかな」と言いながら。帽子を取り、見つめて
「そうだね、おかしいね」と無理に笑おうとしたが頬がひくひくしただけだった。
その日の授業が終わり、下駄箱で靴を履き替えようとしているとき、声をかけてきた奴がいた。佐々木だった。何か妙にもじもじしている。
「あの、今日ごめんな、俺さ、、、」と言いかけたのを僕はさえぎり、
「なんだよ、関係ねえよ」と無愛想に背を向けた。
(僕がせっかくもう忘れて別のことを考えているときに思い出させるなよ)
僕は立ち尽くす佐々木をそのままにずんずん歩いていった。
そのとき後ろから何かわけのわからない妙な声が聞こえた。
振り向くと、佐々木は立ち尽くしたまま顔を斜めに曲げてまるで小さな女の子のように泣いていた。
(おい、まてよ、なんだよ、やめてくれよ)
僕は佐々木のところへ戻り、
「おい、お前に関係ないだろ」ともう一度言った。
佐々木は上目使いで僕をちらちら見ながら流れる涙を手の甲をくにゃくにゃとくねらせながら押さえて、何かを言おうとしていた。
僕はもう何も聞きたくなかった。佐々木に背を向けて逃げるように足早に歩いた。
「あ、三宮君が佐々木君を泣かしている、」
「佐々木君大丈夫?」
「三宮君に何かされたの?」という声が後ろのほうから聞こえてきた。僕はさらに足を早めた。