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その朝  作者: 三宮新真
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第十九話 昼下がりの決闘


水木は小柄で特に取り柄の無い奴だった。

 勉強もできなかったし、運動も普通より下という感じで、いつも体のでかい杉山と丸井のそばにいて、二人が他の子を脅したり苛めていたりする周りで子分のようにチョロチョロ動いていた。

 松浦は小柄だったがかわいい上品な顔立ちをしていて勉強もできた。

 水木が一人で誰かを苛める事は体力的に敵わないと思っているためか、ほとんど無かったが、松浦に対してだけは別だった。

 自分より弱そうな松浦に対して水木は他の二人がいないときでも嫌がらせをした。

 教室に他の生徒の姿がないとき水木は

「松浦!俺の顔を見たな!何か文句あるのかよ!気障なカバンだよ!」と言っては松浦のかばんを蹴り

「女みたいな顔しやがって」とか、何かにつけて松浦に嫌がらせをしていた。

 松浦は誇り高くてそういう時、他のクラスメイトに一切助けを求めなかった。そして実際のところは陰で行われるそういう陰湿な嫌がらせに気がついている子も多かったが、みんな何もせずにいた。僕もその一人だった。水木みたいなちんけな奴のする事をいじめとは認識していなかった事もあった。

 だが、あるとき水木のあまりに執拗な嫌がらせに松浦がはじめてみんなの前で怒った。

「いいかげんにしろ!水木!」と怒鳴った松浦に対して、水木はヘラヘラ笑いながら教室を出て行った。僕もみんなも(松浦、出来るじゃないか)と若干スッとした思いでいたが、しばらくして水木は別のクラスの杉山と丸井を連れてやって来たのだ。

 杉山は教室へ入るなり

「松浦って奴いるか!」と大声で怒鳴った。

 杉山のドスの利いた大声に一瞬教室の中はシーンとなった。

 震えながら、それでも松浦は堂々としていた。

「ぼ、僕が松浦だけど」

「おめえが松浦か!」杉山はもともと松浦の事をよく知っているくせに教室にいるみんなの前ではじめて松浦を見たかのように脅しはじめた。

「おい、松浦ってえのか、お前。かわいい顔して、ずいぶんひどい事をしてくれるじゃねえか」

「僕が何を?」

「この水木がお前にみんなの前で侮辱されたって言うんだ、本当か!!」

 松浦は杉山の迫力の前に真っ赤になりながら何かつぶやいた。

「・・・」

「本当か!って聞いてるんだ!」杉山は教室全体を見渡しながら他の子達が震え上がっているのを確認しながら続けた。

「それとも水木がこの俺にうそをついたって言うのか!!」

松浦は震え上がって小さな声で言った。

「いえそんな事はありません」

 それを聞いて杉山は勝ち誇ったように笑みをこぼした。

「じゃあ水木君に謝れ!」

 松浦は真っ赤な顔で汗をだらだら流しながら言った。

「水木君ごめんなさい、、」

「声が小さい!」杉山が怒鳴った。

「水木君、ごめんなさい!」

「ちゃんと手をついて謝れ!」杉山はからかうように笑みをこぼした。

松浦の体は凍りついた。その頭を杉山はぐいぐい押した。

「水木君ごめんなさい!」松浦はぶるぶる震えながら声を絞り出した。

「おい水木!これでいいか、もう松浦のことを許してやれ。」

水木はニヤニヤしながら言った。

「そこまで謝るなら許してやるよ、」

「松浦!もう二度とふざけたまねすんじゃないぞ!」

 杉山たちは、教室の中で、4人を遠巻きにして凍りついたように立ち尽くしている生徒たちをひとにらみして教室を出て行った

杉山たちが出て行ってもしばらくの間、松浦は教室の中で棒立ちになったままぶるぶる震えていた。その震えは恐怖ではなく屈辱のためだった。俺も怒りと情けなさで震えていた。体の小さな松浦があいつらに刃向かえないのはしょうがない。でも俺たちみんなは、いや、俺は何もできなかったことに、汚い泥水を頭から被ってしまったように感じた。それは体の奥に染み込んで、洗濯しても風呂に入っても決して取れない汚れだった。その汚れは俺の心の中にいつまでも残り、俺は毎日がとてもつまらなくなった。

その後、相変わらず、水木は松浦に嫌がらせを続けていたが、俺は陰で松浦をかばうようになった。松浦に気づかれないように。

俺は卑怯にも水木よりは腕力に自信が合った。水木が松浦に嫌がらせをするのを待ち、それを邪魔しようとした。その程度しかできなかった、杉山たちと面と向かって対決する勇気はなかった。

そのうち俺は水木を挑発するようになった。

「水木のやつは自分が弱いから松浦ばかりいじめている。」

「水木は情けないやつだ」などとわざと水木に聞こえるように他の子と話すふりをして水木が俺に嫌がらせをしてくるのを待った。

 しかし、水木は俺を無視した。それでも松浦に対する嫌がらせは少なくなっていった。

 そんなある昼下がり、ついにその日は来た。

 誰もいない体育館の連絡通路でばったり水木と出会ったのだ。俺も驚いたが、水木はもっと驚いた顔をしていた。水木は剣道部に所属していた。胴着姿で片手に竹刀をぶら下げていた。俺たちは睨み合う形になって目が離せなくなった。

「おい!お前、最近でけえ面してるじゃないか!」水木は竹刀を持っているせいか強気だった。いきなり燃える目で吐き捨てるように言った。俺も熱くなってきた。

「なにがだ、言ってみろよ」

「お前なんかコテンパンにやっつけてやる」

「やってみろよ」

 水木はいきなり竹刀を正面に構えて

「やあー!」と打ち込んできた。

 俺は右ひじを顔の前にとっさに上げて竹刀を受け止めた。そのまま竹刀を掴んだまま

「いてえじゃないか、何すんだよ、」と低い声で言い、水木ににじり寄った。水木は急に怯えた顔になり、あとずさりすると後ろを向いて走り去っていった。

水木が逃げていった方から荒木がやってきた。荒木は心配そうに

「おい水木と喧嘩したのか?」と聞いた。俺は

「あんなちんけな奴とするわけないだろ」と持ったままだった竹刀を横へ転がして、まだ何か言いたそうな荒木と別れた。

 俺は心の中のもやもやがほんの少しだけ晴れたが、何か自分勝手な行為で満足しただけで、割り切れない別のもやもやが体の中に充満してくるのを感じていた。


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