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その朝  作者: 三宮新真
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第十八話 水泳  


僕は小学校四年生まで全く泳げなかった。家族でプールへ遊びに行くときは、必ず浮き輪を持って行き、がっちりと浮き輪の中に入り、水に顔をつけることすら満足にできなかった。一度浮き輪をつけたままプールに飛び込み、はずみで浮き輪から抜け出てプールの底へ沈んだとき幼いながら驚き大冒険にチャレンジしたような気持ちになったこともある。だが後で見たらそれは足がつく浅いプールだった。

 そのくらい水が苦手だった。

 だから四年生になったその夏は僕にとって忘れることのできない夏となった。

小学校四年生になったとき、僕は都会の学校に転校した。それまで北海道に住んでいた僕は、体育の授業といえばスケートだった。短い夏が終わり、一瞬の秋が来たと思うと、もう冬の始まりだ。広い校庭に霜が降り始めてくると、校庭の周りを幅の狭い板で囲い、その中にホースで水を撒くのだ。そうすると翌朝には一周四百メートルの特大スケートリンクの出来上がりだった。体育の授業ではそのリンクを何周もすべるのだ。ホッケーをやったりフィギュアスケートをやったり、みんなスケートだけはうまくなっていった。だが、短い夏のその小学校にはプールはなかった。太平洋の凍てつく荒波の海岸で泳ごうなどと考える人間は大人も子供も誰もいなかった。泳ぐという行為が完全に日常から抜け落ちていた。人間は泳がないものだったのだ。

 転校した学校の四年生のときの体育の先生は怖くて厳しかった。都会の普通の小学校では四年生くらいになるとクラスの三分の二くらいはそこそこ泳げる子がいて、残りの三分の一が少し泳げたり全くだめで顔も水につけられない子がいたりという感じだった。

 その夏の体育の授業は水泳を集中的に行った。僕らは何組かの泳ぎのレベルに合わせて分けられ、水に顔をつけて息を止めることから始まり、プールサイドにつかまりバタ足の形の練習、ビート板でのバタ足の練習と進んでいった。去年までの先生は泳げない子はほったらかしにして適当に遊ばせていたらしい。だがその先生は最初の水泳の授業で、この夏でクラスの中に泳げない子は一人もいないようにすると宣言した。そして泳げない組の子も少しずつ進歩していったのだが、夏休みが近づいてきても、まだ、泳げるというには程遠い状態だった。夏休み前の最後の授業で二十五メートルを泳ぎきる試験があり全員その試験に合格させると言っていた先生の言葉を僕らは本気にはしていなかった。中にはどうにかやっと顔を水につけられるようになったという子もいたくらいなのだ。

 だが、最後から二回目の授業のとき、つまりテスト前の最後の授業のとき先生は言った。

「今日、みんなを泳げるようにしてやる」

そして泳げない子を全員プールへ入れ

「どんな泳ぎ方でもいい。二十五メートル、プールの端から端まで泳げ」と言ったのだ。

 それは四人ずつ位で組になってプールの端まで泳がされるのだが、当然泳ぎのうまくない僕たちはバチャバチャやっても進まず途中であきらめて足をついてしまう。だが、先生はそれを許さなかった。竹刀をもってプールサイドに仁王立ちとなり、

「こらあ!」と怒鳴りながら、足をつけたり、途中で泳ぐのをあきらめた子をひっぱたくのだ。犬かきみたいにバチャバチャして前に進まない子にも

「足を伸ばせ!」とその必死で泳ぐ子の背中を叩いた。そのうち、先生は竹刀では届かないのが分かってきて、物干し竿を取りに行き、その竹でできた長い物干し竿を振り回し始めた。バチャバチャやるだけで進まない子には長い物干し竿をその子の水泳パンツに突っ込み

「もっとまじめにやれ!こうでもしなくちゃ進まないのかお前は!」と、竹ざおでパンツごと引きずった。その体育の時間は泳げない子にとって地獄の時間となった。

ちょっと前までは顔を水につけられたと喜んでいたような女の子でさえも容赦なく竹ざおでひっぱたいた。その女の子も必死になって水の中でバチャバチャあがいた。


だが僕はその夏いきなり二十五メートルを泳げるようになったのだ。いったん二十五メートルを泳ぐ事が出来ると後はどんどん幾らでも泳げるようになっていった。全く泳げなかったのにわずか一ヵ月半で実質は二週間の間に。それは今でも断言できる、あの体育の先生のおかげだったと。


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