第十五話 道
福田はうっとうしい奴だった。僕たちが仲良く楽しく遊んでいると決まって
「入れてくれ」と寄ってくる。強引で断るわけにもいかないのでなんとなく仲間に入れて一緒に遊び始めると、すぐ文句を言い始めるのだ。
「今のはアウトじゃないセーフだ、俺の足が早かった」福田が文句を言い始めると、今まで楽しかったことが福田の文句ばかり気になりはじめ、とたんにつまらなくなるのだ。すぐ怒り出す福田に対してびくびくしながら遊ぶことになり、そのうち、もうやめようということになるのだった。
福田の家は金持ちだった。あるとき福田がHOゲージで一緒に遊ばないかと僕らを誘った。HOゲージの魅力に僕らは福田が好きとか嫌いとかは、どこかに吹っ飛んで福田の家へ遊びに行くことにした。
僕らは四人で次の日曜日どきどきしながら福田の家へ遊びに行った。福田はさっそく大きな段ボール箱に入ったHOゲージのレールを部屋いっぱいに並べ始めた。福田はそのとき、
「帰るときには必ず片付けろ、」と言った。
「片付けるのが大変なんだ、必ず片付けてから帰れ」と、何度も繰り返した。福田の言葉に生返事をして、僕らもウキウキしながら線路を繋ぐ作業を手伝おうとしたとき、福田は
「そんなんじゃだめだ!」
「変なところに繋ぐと壊れる」と言って結局僕らに線路を触らせてくれなかった。
小一時間かかりやっと堂々たるHOゲージの線路が完成した。駅や踏み切り、切り替えポイントまである本格的なものだった。その上をこれまた本物そっくりの機関車が走り出した。それは素晴らしかった。確かにすばらしかったが
「レールの切り替えをさせてよ」とか
「列車のスイッチを入れさせてよ」という僕たちの願いに福田はすべて首を横に振り、
「僕がやるからやってほしいことを言ってごらん」と答えた。僕らはしょうがなく
「列車を動かして」
「レールを切り替えて」と福田に頼み、福田はそのたびに
「ハイハイ」といって得意そうに列車を動かした。
そのうち単調な列車の動きに飽きてきて、僕たちはそれを見ていることがつまらなくなってきた。それでも福田は僕らの気持ちにはお構いなしに
「どうだすごいだろう」と得意満面の笑顔で列車を動かし続けるのだった。
僕らはだんだんその場にいるのが苦痛になってきたが帰るタイミングを計りかねて口に出せないでいた。そして福田がしつこく言う「片付けてから帰れ」というセリフにもうんざりしていた。
しばらく時が過ぎ、福田がトイレに行った。僕がしめた、と思ったより先に小林が言った。
「よし、速攻で帰ろう!」
「うん!」僕らは小声で頷いた。さっと、福田の家の玄関へ行き、福田のお母さんに
「僕たち、帰ります」と言い、すばやく靴を履いて玄関を出たところで四人そろって
「福田君!さようなら!!」と大声で怒鳴り、いっせいに駆け出した。
帰る道々、僕らは話した。
「明日、福田、学校で怒るぞ」
「そうだな、いやだな」
「だけどもう、耐えられなかったよ」
「そうだな、でも片付け手伝った方がよかったんじゃない?」
「本気でそう思ってる?」
「いや、思ってない」
「だけど誰だよ福田ん家へ遊びに行こうなんていったのは?田宮だろう?」
「でもHOゲージ見たかったんだもの」
「うん、それはそうだ、HOは見たかった。あいつ、いつも自慢してたもんな」
「僕のOゲージとは比較にならないすごさだった」
「お前のは線路四本だけだもん、はははっ」長時間の苦行から解放されたように僕らは晴れ晴れとした気分だった。
次の日、福田は何も言わず僕らはほっとした。
夏休みが過ぎ2学期も終わりかけた頃、僕らはまた四人で楽しい計画を練っていた。それは僕たち子供だけで新聞を発行しようというのだ。四人で各々、学校や町のことを取材して、記事や漫画を書き、ガリ版で印刷した自主的新聞を発行してみんなに配ろうという計画だった。その計画はみんなをびっくりさせるために、出来上がるまで全くの秘密にしようと、僕たち四人は持ち回りでこそこそと誰かの家に集まり打ち合わせをした。
だが、それを福田に嗅ぎ付けられた。僕たちが。今日は小森の家に何時に集まって打ち合わせをしよう、とこそこそ話している後ろから絶妙のタイミングで福田が現れた。
「僕も入れてよ」
僕ら四人は顔を見合わせて何も言えなかった。たぶん露骨に嫌な顔をしていたと思う。僕もこの楽しい計画に福田が加わることを想像したとたん、先行きに真っ暗なものを感じ、頭がくらくらした。だが、はっきり断らないと福田はOKしたと勝手に解釈して、どんどん割り込んでくる。それを今までの経験から痛いほど感じていた。
僕は勇気を出して小さな声で言った。
「いやだ、、」
その瞬間、福田は真っ赤な顔になり怒りを爆発させて怒鳴り始めた。それは、今まで、福田が僕らを助けたこと?から始まって、この間のHOゲージを片付けないで僕らが帰ってしまって、自分が一人で真夜中までかかって片付けた等々、ほとんど覚えていない昔のことをほじくり返して延々と続いた。長い時間、福田の僕らに対する非難が続き、そして最後に
「これだけのことをお前たちは僕に対してしたんだ、だから仲間に入れろ」と言った。
僕らは追い詰められた。そしてとうとう言った。
「計画は中止だ!もう何もやらない!」と僕は、宣言した。
「そうだ、中止だ!」ほかの三人も同意した。
どのみち、福田を入れなくたって知られてしまった以上、福田に遠くから睨み付けられながら続けたって楽しいことなど何もなくなってしまったのだ。僕らの計画は完全に色あせてしまった。
「今日も、明日も、もう打ち合わせはやらない。この話は無しだ。福田君それでいいかい?」
福田は憮然としてしばらく睨み付けていたが、そのうち行ってしまった。
そして、僕らは顔を見合わせてため息をついた。そしてこっそりと囁いた。
「福田にもっと注意しろ、」