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その朝  作者: 三宮新真
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第十四話 扇動

第十四話 扇動


杉山のことは低学年の頃はクラスがずっと違っていたため、よく知らなかった。休みの日などに野原で遊んでるとき時々見かけたが、その頃は一学年下にしては体が大きいなと思っていて、同じ学年とは思わなかった。そんな何か体の芯の中に幼さがあるようなアンバランスな印象を感じていた。不良っぽく背伸びしているへんな奴という程度にしか思っていなかった。遊びの仲間に入れない杉山を誘ってやったりしたこともあった。

 そのうちクラス替えになり杉山と同じクラスになり、そのとき初めて杉山が同学年と知った。その頃から杉山はぐんぐん体が大きくなりそれまで子分のように付き従っていた子よりもひと回り体が大きくなった。それでも僕もみんなも以前の杉山の印象が残っていて、まだそれほど気にしていなかった。だがその内、いつの間にか、その杉山に子分のように従う奴らがちらほら現れてきた。杉山は有頂天になりだんだんと増長していって、番長面をするようになっていった。

 僕は杉山を本当に怖い奴(切れると何をしでかすかわからないような)とは思わなかった。体がでかくてただ威張っているだけの心の芯に弱さを持っているような奴と思っていた。だが、昔の杉山を知らない子たちは杉山を恐れるようになり毎日ビクビク過ごしていた。僕は体力的にはおそらく杉山にはかなわないだろうと思っていたが、杉山がおとなしい子を脅したり、嫌がらせをしているときにいつも心の中で

(お前はそんなことができる玉じゃないんだよ、)と馬鹿にして

(いじめられるとすぐ泣き出すくせに、かっこつけて、でけえつらすんじゃない)と、いつも思っていた。

 だが、いつも思っていることは知らないうちに口から言葉として出てしまうものらしい。ある日、相変わらず杉山が子分を引き連れて僕の隣の席の奴にくだらない嫌がらせをしていたとき、僕はポロッと独り言のように呟いた。

「根性ねえくせに弱いもの苛めすんなよ、レベル低いな」僕は心の中で言ったつもりだったが、いきなり杉山が僕の胸倉を掴んだ。

「何だと!!俺に言ったのか!」

 僕は内心しまったと思ったが、まだ杉山を心の中では馬鹿にしていたので真っ直ぐ杉山の目を見つめた。杉山の顔は目が血走り真っ赤になっていたがそれでもその目の奥の方に昔のおどおどした杉山を見た。

「何もいってねえよ」で止めておけばよかったが不思議と口が滑らかに動き

「耳がおかしいんじゃないのか、お前」と付け加えてしまった。

杉山は

「だー!」と訳のわからない言葉を吐きながら、僕を掴んだまま振り回した。ものすごい力だった。僕は数メートル宙を飛んで床にたたきつけられた。僕は体がカッと熱くなり、すぐ立ち上がり身構えた。このものすごい力の奴と正面からまともに喧嘩しても勝てるとは思えなかったが逃げるわけにもいかない。僕は全身全霊をこめて杉山の目を睨みつけて、

「なにすんだよー」と低く言いながら距離をとった。そのとき杉山の目にやはり昔のようなおどおどした気配を感じた。それを見て僕は何事もなかったように隣にいる子に言った。

「あっそうだ、次の授業、理科室だったな。遅れるとまた先生怒るぞ!」

教科書をまとめて立ち去ろうとした。そのとき僕の肩を杉山が掴んだ。

「まてよ、おい」

 僕はわざと丁寧に

「何ですか?杉山君」と振り返り、わざと周りをキョロキョロ見回した。周りには数十名のクラスメイトが息を呑んで僕らを見ていた。杉山もつられて周りを見回した。杉山は顔から急に大粒の汗を吹き出して

「なんでもねえよ」と言って手を離した。

僕はゆっくりと教科書をもう一度そろえて教室を出て行った。どうにか僕はその場を回避することはできたが、腹の虫は収まらなかった。

 次の日のホームルームは先生がいない生徒だけで行なう週一回の30分授業だった。いつもはクラス委員がいろんな話題や反省などをして時間を過ごしていた。だがそのときの議題は黒板に「暴力」と書いてあった。誰かが提案したらしい。

 みんなはいろいろと手を上げて発言したり、指されて発言を求められた子もいじめや嫌がらせの等のことを言ったがその内容はどれもあたりさわりがなく、僕は無意味な議論をしていると思った。そのままホームルームの授業が終わろうとしていたとき、クラス委員が僕を指差した。

「三宮君は何か意見がありませんか」

「別にありません」と僕が言うと、まわりでざわざわと声が上がった。

「えーっ、この間杉山君に暴力振るわれたこと、言わないの?」ざわめきが納まらない中、クラス委員がもう一度言った。

「何でもいいから何か意見を言ってください。」

 僕は言った。

「みんなもわかっているはずだ。こんなホームルームを開いたって何の意味もない事を。みんな何故もっと本当のことを言わないんだ。苛められて泣いているのは一人や二人じゃないだろう。弱いものを苛めて泣かす、授業を妨害して若い先生を泣かす、授業中に勝手に教室を抜け出す。たかりだってやっているんだろ。そういうみんなに迷惑をかけるくずみたいな奴はこのクラスにはいらない。学校に来ないでほしい。そういう奴がいるとみんなが迷惑するんだ。みんなで団結してそんなクズはクラスから追い出せばいいんだ、、」

 僕はどんどんエスカレートしていく言葉の嵐を止められなくなった。口が勝手にどんどん言葉を吐き出していく。僕は杉山を名指しこそしなかったが、みんなはチラチラと杉山を振り返った。杉山は小さな声で

「そんなひどい奴このクラスにはいないよなあ」と子分を振り返ったが、その言葉は僕の言葉の嵐の前にかき消され、僕はもう自分では止めれなくなっていった。そして僕の言葉はみんなを扇動していき、他の子供たちからも

「そうだ、そうだ、」と声が上がり始めた。

「そんな奴このクラスから追い出せ!」どんどんとその人数が増えてきた。

 そのうちチャイムが鳴り、結論が出ないまま、ホームルームは終わった。休み時間になり教室から出て行くとき杉山が後ろから追いかけてきた。杉山は真っ青な顔をして言った。

「三宮、、お前は卑怯だ。」

 杉山に手を出す気配がなかったので、僕はそれに対して無言で立ち去ったが、そのときの杉山の青い顔がしっかりと目に焼きついた。

 その日の午後、杉山が下駄箱のところで泣いているという噂が流れてきた。そしてまた考えた。こういう事はもう止めよう。卑怯なことかもしれない。と思った。



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