第十三話 偉大な石ころ
第十三話 偉大な石ころ
内山は小柄でずんぐりしていて口も動作も重く、まじめだけど、どちらかと言えば印象に残らない地味な子だった。みんなで遊んでいるときも帰るときになって、
「ああ、内山君もいたんだ」って、言われる、そんな子だった。
中学へ入学したとき体育でバレーボールの授業があり、その中から先生が気の利いた連中を選び、バレーボールのクラス対抗試合を開催した。各クラスの選抜選手と先生のチームで計八チームの総当り試合だった。九人制の試合なのでクラスの半分が選手に選ばれ僕も選手になった。
僕はバレーボールを本格的にやるのは生まれて初めてだったが、他の選手もみんな同じだった。コートに立って試合をするのは勿論初めてだが、生の試合を見るのも初めてだった。当然みんなへたくそでテレビの見よう見まねでアタックに挑戦しても空振りしたり肩を痛めるのが関の山だった。結局ポンポンと落ちてくるボールを拾うだけのお遊びのような試合ばかりになった。僕もそれなりにがんばったつもりだが力を入れて打てばネットに引っかかるのでしまいにはやはりポンポンと相手のコートに返す事だけに専念するようになった。それでも僕らも応援するみんなも結構楽しんで、クラス対抗という事でクラスの一体感が生まれて試合の経過に一喜一憂した。
結局、僕らのチームはビリから二番目で、もっとどうしようもないチームよりマシだったという程度だった。みんなも試合の結果にはがっかりしたが、それでもしばらくの間、休み時間の話題の中心となった。
試合の最中に進行の手助けをしてくれていたバレーボール部の先輩たちは、選手たちの動きを見ていて、気の利いた奴を入部させようと誘った。だが、本当に運動神経のいい奴はたいてい、もう得意な種目を持っていて、入りたい運動部を決めていた。バレーボールは当時人気がなかった。僕は入りたかった野球部がこの中学に無かったのでどうしようかと思っているスキをつかれて誘われ、なんとなくバレーボール部に入部する事になってしまった。
そして最初の部活で新入部員が紹介されたとき、その中に内山がいた。
僕はちょっとびっくりした。ちびでのろまな竹内にはバレーボールはあまりに向いていないと思ったからだ。運動をしたいなら背の低さがハンデにならないほかの種目を選べばいいのに、と思った。彼はどんなにがんばってもバレーボールでは決して選手になれないと思ったし、そうなると試合に出る事も無い、そんなつまらない部活をわざわざ選ぶ事もないのにと思った。
だが、部活自体は予想もしていなかったかなりハードな活動だった。部活の初日からいきなり指立て伏せをやらされた。左右のそれぞれ五本の指を地面に立てて、その指の力で体を支えて腕立て伏せをするのだ。初めて行う、その信じられない痛みに一回も出来ず泣き出す子もいたが、先輩は容赦しなかった。先輩たちは結構恐かった。続けてうさぎ跳び(これも漫画ではよく見ていたが実際にやるのは初めてだった)で校庭を何週もした。腹筋もきつかった。二人でチームを組み片方が腹筋で足上げをして、その間にもう一人が校庭を一周する。それを交代しながら校庭を何週も走るのだ。走るのが遅いと腹筋の時間が長くなり、何週もするうちに段々ときつくなって来るのだ。どちらかの子の足が一周する前に地面につくと連帯責任で二人共、もう一周走ることを増やされた。
何日か過ぎると新入生の内、半分以上は退部してしまった。僕は内山もじきにやめてしまうだろうと思った。
そのうち夏休みも過ぎる頃になると、少し体力が勝っていたり、センスのいい子は練習試合のメンバーに選ばれ、コートに立てるようになり、補欠組みと体力トレーニング組とに、はっきり分かれてきた。僕もコートに立てるようになった。そしてコートに立てない体力トレーニング組はだんだんと辞めてしまい、人数が少なくなってきた。その体力組の中に内山がまだ残っていた。
そんなある日、僕は口の重い内山と体力組にまだ残っている他の子が、何故バレーボール部に入ったのか、ということを話しているのを立ち聞きした。竹内のぼそぼそ話す声はほとんど聞き取れなかったが、熱心に話し掛ける相手の声はよく聞こえた。
「えっ、一学期のクラス対抗試合に感動してバレーをやりたいと思った?それってなんだっけ?」
そいつも僕も、もうすっかり忘れていたが、内山は入学した最初の一学期に行なった、あのどうしようもないレベルのボロ負けのクラス対抗のバレーボールの試合に感動したというのだ。そしてこんなに感動したのは生まれて初めてで、心が揺さぶられて居ても立っても居られなくなって、バレーボールをやってみたいと思ったというのだ。
僕はあんなひどい試合でもそんなことを感じる奴がいるんだと思ったが、内山が本当に一生懸命バレーに打ち込んでいることに気がついた。
一年が過ぎ、内山は相変わらず補欠のさらに補欠のような存在だったが、まじめに練習に出ていた。僕はというとなんとなくいつもの悪い癖でバレー部に飽きてきてしまった。ほかのスポーツもやってみたいと思い二年になるとき別のクラブに転部した。内山とはクラス替えでクラスも分かれてしまいそれっきり忘れていった。
そしてその二年生も終わりに近づく頃バレーボールの地区大会の予選が僕らの学校で開かれ、地区の強豪校との試合の案内が来た。僕は友達に誘われて試合を見ることになった。去年まで、一緒に練習していた奴らがおそらく、見違えるほどうまくなっているだろうなあ、と悔しいような恥ずかしいような気持ちで見に行った。
そして、試合前の整列した選手の中に内山がいた。内山はほかの選手よりは小柄だったがそれでも以前の内山からは想像もつかない逞しい体つきになっていた。試合が始まり僕は内山だけを見ていた。内山の何か、もさっとした感じの独特の動き(以前はぶきっちょな奴だなとウンザリして見ていたのだが)は同じだったが、その同じ動きで見違えるほどすばやく動き飛び跳ねた。それでもやはり何回かミスをして内山は途中で交代した。だがベンチへ戻った内山はこれもまた見違えるような大声で
「ソレー!」と応援の声を上げた。
そのとき僕は何か内山の中に偉大なものを感じた。こいつは人の何十倍も苦労して、人の何分の一かずつ成長していくけど、必ず確実に成長し続けていくだろう。
僕は内山を見ているのが恥ずかしくなり、こそこそと途中で帰った。