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その朝  作者: 三宮新真
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第十二話 マイレボリューション  


藤田はいやな奴だった。つまらない意地悪をして、人の心を弄んで、いやな気持ちにさせる。それを喜んだり楽しんでいた。

 僕はその頃、人にものを頼まれると断れない弱い性格だった。嫌なこと、大変なことを頼まれてもなかなか、イヤダ!、と言えず、なんとなく引き受けてしまうのだった。断るのができる場合は、そのことを引き受けてしまうとうまく出来ず、みんなに迷惑をかけてしまうんじゃないかと心配になる場合だけだった。そんなときでも

「僕にはできない」と言えても、

「嫌だ、やりたくない」という言葉はなかなか出てこなかった。

「嫌だ」という言葉を言おうとすると、喉の奥のほうに石ころが詰まったみたいに言葉が出てこなくなるのだった。

 藤田は僕の前の席で授業中、いつも後ろを向いて僕に話しかけてきた。そして僕が聞きたくもない、つまらない話をいつまでも話し続けるのだった。そして先生に注意されるのはいつも僕のほうだった。藤田は僕が先に話しかけてきたと先生に言うのだ。僕は藤田に話しかけられたとき注意するのは勿論、無視する勇気もなかったのだ。

 ある日、テストの時間に消しゴムを忘れてきた藤田が、

「消しゴムを貸してくれ」と僕の答案を覗き込むように後ろを振り返って言った。僕は慌てて答案用紙を手で隠して消しゴムを貸した。だがその消しゴムは二度と帰っては来ないのだった。いくら僕が

「使うから、返してくれ」と言っても

「まだ使っているんだ!」と言って藤田は決して返さないのだ。結局、僕は消しゴムを使わないでそのテストを終えた。

 その後、藤田のそうした嫌がらせはどんどんエスカレートしていった。赤鉛筆を貸せ、ボールペンを貸せ、教科書を貸せ、と。僕は言い争う勇気も根気もなく言われるままに黙って貸していった。そしてそのほとんどは帰って来なかったり壊されたり汚されたりした。そして藤田は周りの生徒たちにその行為をアピールして公然と僕を馬鹿にし始めた。僕はなぜこうも藤田の言いなりになってしまうか不思議だったが、言い返せなかった。だが藤田の行為がエスカレートしていくうちにあまりに馬鹿馬鹿しくてうんざりして来た。

 そしてあるとき、いつものように藤田が

「万年筆を貸してくれ」と言ってきたとき、僕は

「自分のを使えばいいだろ、自分のを持ってるじゃないか」と言った。

藤田はニヤニヤしながら言った。

「自分のはもったいないから使いたくない、お前のを使いたいんだ」

その言葉に思わずかっとなって僕は言った。

「嫌だ。貸さない」

だが、藤田は

「何だ、ケチ、ドケチ、こいつはペンも貸してくれないドケチ野郎だ、みんな、こんなやつには気をつけろよ!」と囃し立て、大声で周りの生徒に同意を求め始めた。

 そのとき頭の中で何かが吹っ切れた。喉の奥に詰まっていた石ころがすっと消えてなくなったのだ。

「藤田!他の人間には何でも貸すが、お前には貸さない。今後お前にだけは絶対に物は貸さない。」藤田はまだニヤニヤしてふーんという顔で言った。

「ほう俺にだけは貸さないのか、どうしてだよ」

「お前が嫌いだからだ、人にものを借りても返さない、わざと壊したり、からかって意地悪をする最低の奴だからだ。」僕は思っている通りの言葉がすらすらと出てきた、

藤田はその言葉に真っ赤になって

「何だと!!」と怒鳴ったが、僕はもうまったく気にならなかった。これからはこいつを無視できる。束縛から解き放されたような気がした。藤田が怒鳴り続ける中、かつてない平穏な気持ちで満たされていた。

 その後、僕はいろんな局面で迷うときや悩むときもあったが、嫌なことは、嫌だ、と堂々と言えるようになった。

藤田には今も感謝している。



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