2.貴女がヒロインです
あれから数分は経ったか。
この理解不能な現状は全くもって変わりはしなかった。吐き気は治まりはしたものの周りの時間が止まり、ひかりはその場から自由に動けずにいた。
「ナナコ〜?」
何度目かの呼びかけ。返事はない。
ぐるぐるマークも相変わらず忙しく回り続けている。ここまで待たされると、もしかして自分が無理やり暴れたせいなのではないかとひかりは不安になった。スマホのゲームでも同じ状況に陥った事がある。だからこその不安だった。
『お待たせしました、相良ひかり様』
そんな不安を察したかのようなタイミングでナナコの声が脳内に響く。
すると、身体も途端に自由が効くようになり、肩を軽く回しながらナナコに再度問いかけた。
「ナナコ、これって夢?」
『いいえ、夢ではありません。貴女はゆがプリのヒロインに選ばれました』
「……ん?」
『本来はこの世界の記憶を定着させて自由に遊んでいただけるはずが、此方の手違いでヒロインの記憶を定着することが出来ませんでした』
「いやいや、ちょっと」
『大変申し訳ありません、その代わりナビゲーターの私がしっかりと補助をさせていただきます。ではまず学校へ……』
「ちょっと待ってよ!!」
理解不能に理解不能を重ねるナナコ。ひかりはもう一度声を荒げた。
「な、なに、ゆがプリ? 記憶? 一から説明してくれない?」
『わかりました、ではこの世界について説明させていただきます――』
ナナコが言うに、
ゆがプリ! とは女性向け恋愛ゲームである。
ヒロインは私立ハッピー学園にこの春から通う高校一年生(正気のネーミングセンスかとひかりは思った)。
たくさんの男の子に出会い、その中の一人の男の子と結ばれるために自分を磨き、ハッピーエンドを目指す。
そのヒロインにひかりが選ばれ、ゲームを楽しむ為に現世での記憶を一部消しはしたが、本来のゲームの設定を埋め込むことが出来なかったらしい。
結果がこうです、とナナコは締め括った。
「いやいや……いやいや、納得ができない……」
『申し訳ありません』
「そうじゃなくて、なんで私が選ばれたの!? 多分だけど、私の世界ではまだゲームの中に入れる技術とか開発されてないよね!?」
『わかりません』
「わかりません!?」
違う意味で吐き気がしてきた。機械のナナコはデータ通りにしか動かないのか、ひかりにはマイペースに巻き込まれているように感じる。
すると、ひかりの思考の邪魔をするように夢の中で聴こえた軽快な音が鳴る。音の方へ視線をやれば、ポップな字体で"学校へいきましょう"と書かれた文がひかりの目の前に浮かび上がった。これがナナコの補助だというのだろうか。
『ひかり様、まずは学校に行きましょう』
(こ、この機械め!!)
知らない部屋に、知らないゲーム。説明不足にも程があるが、兎にも角にもひかりは重い腰を上げてナナコに従うことにしたのだった。