1.起床してください
0.
ぱちり、瞳を開く。
カーテンの隙間から射し込む光が眩しい。
暗闇から打って変わった明るい景色に、やはり夢だったのだとひかりは安堵の息を漏らした。
(えらくリアルで変な夢だったな……)
かすむ目を擦って、ベッドに横たわった身体を起き上がらせる。伸びをしてもしたりないくらい身体は硬直状態だったようで、パキパキッと骨の音が小気味よく鳴った。
「さてさて、用意しな……きゃ?」
目覚まし代わりのスマホを探そうと辺りを見回すと、ひかりは言葉にできぬ違和感を目の当たりにする。
ベッドには可愛いウサギのぬいぐるみ。床には詰まれたファッション雑誌。そもそも見覚えのない部屋の内装。
「……え?」
ここはひかりの家ではない。
もしや、昨夜何か粗相をしたのかも、とひかりは背筋を凍らせた。だが、どんなに思い出そうとも昨夜の記憶が頭に浮かぶことはない。
慌てて掛け布団をめくり、クローゼットの横にあった全身鏡の前に立ってみる。まさか自分の顔まで忘れたのでは、だなんて夢物語のような事が一瞬過ぎったのだ。
よかった、自分の顔は覚えている。鏡に映る少女の姿に何だか懐かしい気持ちになりながらも胸を撫で下ろせば、ドアの向こうからパタパタと階段を上がってくるような音がした。
(うそ、誰か来る……!?)
粗相をしたのならば謝らねば。
程なくして控えめに聞こえてきたノック。それに返事をするのを躊躇している間に、ドアはガチャリと無遠慮に開いた。
「おねーちゃん、学校遅刻しちゃうよ」
ドアの隙間から覗いたのは小学校高学年、いや中学年ほどに見える美少女。ぴょんぴょん跳ねるツインテールの愛らしい美少女が愛想ない表情でそう告げると、ひかりの声を聞く間もなく去っていった。
(お、おねーちゃん……? あんな愛らしい子におねーちゃんって言われた?)
――その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。突如脳味噌を直に弄られているような感覚に襲われ、思わず膝をついて崩れ落ちる。
『大変申し訳ありません、記憶の処理に異常があったようです。暫くお待ち下さい』
感情のない機械音声が脳内に反響する。
(……これは、夢の? ナナコだっけ、頭が変になりそう……)
夢の続き? いや今は口も手足も動かせる。
しかも、この吐き気と頭痛は夢の中では経験できないものだろう。
「ナナコ! 説明してくれなきゃわからないから、やめてくれない……!?」
『無理に身体を動かさないでください。記憶に異常が起こる可能性があります』
「だからやめてって!!」
無情なナナコの声にひかりは声を荒げた。
ナナコの姿など何処にも見当たらないのに、固まる身体を無理やり暴れさせたりもした。とにかく抗わなければ、この苦しみからは逃れられそうにもないからだ。
『処理中です、しばらくお待ちください』
するとナナコの声と共に、吐き気から解放される。生理的に浮かんだ涙を袖で拭うと、目の前には夢の中でも見たぐるぐるマークが浮かんでいた。
興味本位でそのマークに手を伸ばしてみたが、手はすり抜けるだけで触れることはなかった。