10.その心は?
「映画観にきたんだよ」
「なんの映画?」
「内緒」
「え〜っ、なにそれ!」
きらびやかなネイルに彩られた手が胡桃の肩に気安く触れる。すぐ側で二人の親しげな会話が繰り広げられ、ひかりはいやでも場違いな気分になった。
(宝先輩の友達かな……?)
興味本位で女性の方にちらりと視線をやったのが失敗だった。ばちり。運悪く女性と目が合ってしまう。
すると挑戦的な瞳が、ひかりの頭のてっぺんから爪先までをねぶるように動いた。女性の瞳はいやらしく弧を描く。
値踏みされた。加えて、馬鹿にもされた。
女性からのマウント攻撃にひかりは苛立ちを覚える。無意識に手を握る力を強めてしまうと、それを何と誤解したのか、胡桃はこちらを見て八の字眉で笑んだ。
「じゃあ俺たちデートだから」
「……ああ、邪魔してごめんね」
「ううん、またね」
俺たちデートだから。
胡桃の一言に女性は何か言いたげな顔をしながらも、あっさりと去っていった。
ひかりは去っていく女性の背を見て、胸がすく思いと同時に、今日この日をデートだと認識してくれている胡桃の言葉が嬉しくて堪らなくなった。
浮かれているのは自分だけではない気がしたし、これから先の"デート"が楽しくなる予感しかしなかった。
――はずだったのだが、
映画の内容は大ハズレ中の大ハズレ。
実は、映画のポスターを見た段階から嫌な予感はしていたのだ。
新しい映画といっても昔のリメイクで絵柄は大幅に若い子向けに変更されていたし、ひかりは詳しくないが声優も味のあるベテランから若手に変わっていたようだった。
内容も姫と王子の時のような胸を苦しくさせるような要素も一切なく、無難な一般ウケを狙う作品となっていたのだ。
映画が終わってすぐにスマホで検索をかけてみると、案の定楽しみにしていた古参のファンからは批判の嵐で、隣に座っていた胡桃も観る前よりも元気をなくしていた。
「全然別物になってましたね……」
「うん、俺が子供の頃見たやつと全然違った」
「作品も時代によって変わっていかなきゃいけないのは分かるんですけど、昔のファンは複雑というか……」
昔といっても私は最近見たばかりだが。ひかりの胸中はそっとしまっておく。
「時代によって必ずしも変わらなきゃいけない?」
「うーん。必ずしもっていうと微妙ですけど、需要は変わりますから仕方のないこともあるんじゃないですかね」
「……仕方ないって何?」
胡桃の柔らかな声に棘が出来る。
ひかりを見つめる胡桃の顔は青ざめていて、苦しげだった。
そんな胡桃の変化にひかりはすぐに謝罪を述べる。
「え、すみません。不快にさせるような事言っちゃって」
「……こっちこそごめん、ちょっと動揺してるみたいだ」
「それならどこかでお茶でもします? カフェとか……」
「それより」
ひかりが聞き返すより先に強い力で手首を掴まれ、無理やりに引っ張られる。先へ先へ、と急ぎ足で進んでしまう胡桃が肩越しに振り返り、笑う。
「今日家に誰もいないから、来れば?」
問いかけられているのに選択肢は出てこない。
胡桃の口角は震え、歪んでいた。