9.デートに向かいましょう
ついてないなあ。ひかりはどんよりと曇った空を見上げて呟く。
ホワイトのカフスブラウスに少し頑張ったピンク色のチュールのフレアスカート。
気合いを入れすぎだろうか、と何度も憂や母親に訊ね、半ば呆れ気味に大丈夫と念を押された服装だ。父親は複雑そうな顔をしていたが。
10時半。腕時計の針はちょうど待ち合わせの時間を差している。
沢山の人が駅前に集まる中、時計台の前に胡桃を見つけ、ひかりは小走りで駆け寄った。
「宝先輩、すみません……待たせちゃいましたか?」
「ううん、俺も今来た所だから」
なんだか、今の恋人同士みたい。
スマホを触って待っていたところを見れば、気を遣った事は明白だというのに、ひかりは柄にもなく今のやり取りに喜んでしまう。
「ひかりちゃん、学校と全然雰囲気違うな。その服かわいい、似合ってるよ」
「……へ、へへ、ありがとうございます」
随分気安い呼び方と慣れた口調。
この場に憂がいればきっとあの子供らしくない声音でそう告げるだろうが、対するひかりは充分すぎるほどに満たされた。
「映画、11時半からだもんな。先に行ってポップコーンとか買おうか」
「そうですね。ふふ、この映画の為に私ちゃんとラブにゃんこ21見直しましたよ」
最後まで妹を付き合わせて、とは言わない。
「ほんとに? 俺も見た、ママにゃんこのシーンでいつも泣いちゃうんだ」
「あの離れて暮らしてた子供にゃんこと再会するシーンですよね、私もうるっときちゃいました」
駅前から数分程離れた映画館に向かうまでの間、胡桃との会話はすんなりと上手くいった。
胡桃は当然のように車道側を歩いてくれるし、話題に事欠かず、ひかりの話も楽しそうに聞いてくれる。
映画館についてからも先にスマホで席を予約してくれていたらしく、二枚の券をこちらに見せて得意げに笑っていたのが可愛らしかった。
「あ、お金いくらでした?」
「いいよいいよ、付き合わせる形になっちゃったし奢る」
「え、でも」
「本当に気にしなくていいんだ、ほらポップコーン買いに行こう」
バッグから財布を取り出そうとしたひかりの手に胡桃の大きな手が重なる。ごく自然な事のようにてのひら同士はぎゅっと握り合い、ひかりは声を発する間もなく胡桃に着いて歩いた。
心臓が耳の横にでもあるかのような爆音で鼓動を鳴らす。
声をかけるどころか胡桃の顔すら見れず、ひかりはフードコーナーの列に並ぶまでの間、ずっと俯いている事しか出来なかった。
「ポップコーンはどっちの味がいい?」
なんなんだこの男!!
明らかに慣れている。女の扱いに長けている。
そしてそれにまんまと翻弄されている自分に、ひかりは何故だか腹が立った。
しかし、
「あ、宝じゃん。なにしてんの?」
その理由は時期に分かることとなる。
突然二人の間に若い俗的な女性の声が割って入ってくると、胡桃はいつもの柔らかい笑みで彼女に対応し始めたのだ。