8.アニメを観ましょう
テレビに映るにゃんこたちは、皆一様に同じ顔をしていた。
違いといえば、ゴマのような目から睫毛が生えていたり、勇ましい太い眉毛が描かれていたりとその程度だ。
「――姫にゃんこを離すにゃん!」
もはや球体でしかない二頭身から野太い男の声がする。王子にゃんこが白馬に乗って現れるシーンに「猫が馬にのってる……」と憂が隣でぼやき、ひかりは苦笑した。
胡桃が熱心に語っていた"ラブにゃんこ21"のストーリーは、あらすじを見た限りでは大体がひかりの予想通りであった。
21匹のにゃんこそれぞれの物語があり、各々が様々な経験を経て最後集結し、悪を倒すというありがちなストーリー。
正直21匹である必要性が全く感じられないものの、きっとそれだけ描きたい物語があったのだろう。珍しくひかりなりに製作者の意図を汲んで納得する事にしたのは、胡桃あってのものだった。
「この姫と王子の話、きっと評判良くないだろうね」
数ある中の一話が終わり、爽やかなエンディング曲が流れると憂はテーブルに頬杖をついてぼやいた。
「……あまりスッキリするお話ではないよね。騎士にゃんこは姫にゃんこの為に死んじゃったし」
ひかりは滅入った気持ちを声色に乗せる。
今見た話の内容もありがちといえば、ありがちだった。
ある王国の姫が魔王に拐われ、王子とお連れの騎士が助けに向かう王道ストーリー。
王子と騎士は道中、沢山の脅威に襲われるが、諦めず立ち向かいどんどんと成長していく。
その間、分かりやすく騎士から姫への恋の矢印が散々匂わされ、もしかして騎士とくっつくのでは? と予想した所で騎士は姫を庇って容易く殉職した。
そんな騎士の屍を越えて、王子が華麗に登場し、魔王を討つ。そして姫とハッピーエンド。
さすがに酷くないか? ひかりはこっそり落ち込んだ。
「姫は騎士の気持ち知ってたのかな」
憂は特に落ち込んだ様子もない。
「さすがに知らないでしょ。知ってたらあんな笑顔で王子にゃんこに話しかけられな……」
「おねーちゃん?」
自分の発した言葉が信じられなかった。
己も同じような事を今日したばかりではないか。ひかりの頭には蘭咲の悲痛な表情がよぎった。
「……私も同じことしてんじゃんって思って」
「蘭咲くんのこと?」
「うん……恋愛感情じゃないにしろ、蘭咲くんの好意を思いっきり踏みにじって、自分勝手に宝先輩にだけ愛想振りまいてさ」
憂には当たり障りなく話したつもりだったが、すぐに蘭咲の名前が出てきた辺り、ひかりの対応に問題があるとは思っていたようだ。その事実がひかりの心に冷たく突き刺さる。
「ふふ、おねーちゃん自惚れすぎじゃない?」
けれど、憂は朗らかに笑うだけ。悪戯が成功したような明るい笑みと突き放したような物言いは、ひかりの中にすんなりとは入ってこなかった。
「え?」
「自分を姫に重ねて、落ち込むなんて自惚れすぎ。蘭咲くんも宝先輩もおねーちゃんの人生に大してまだ関わってないのに、よくそんな事思えるね」
「でも、傷ついた顔してたし……」
「それなら次、気をつければいいじゃない。何ならその次もないかもしれないし」
まるでひかりの気持ちに寄り添う気はなさそうな言い方。ビターチョコ味のフィナンシェをかじり、ココアを飲む憂は尚も客観的に言い放つ。
「おねーちゃんにとって、どうでもいい人に心痛めてもしょうがないでしょ。好かれたい人ならまだしも」
ずず。ココアを啜る音が会話を締め括る。
"ラブにゃんこ21"はいつの間にか次の話に変わっており、憂は「まだ見るの?」と子供らしくうんざりと肩を落とした。
姫にゃんこも騎士にゃんこの事をどうでもいいと思っていたのだろうか。
だから、最後はあんな風に王子にゃんこと寄り添い抱き合えたのだろうか。
子どもの頃は何も考えずに受け止めていた事も、大人になれば裏の裏まで考えがちだ。そう思うと、憂はやはり子どもらしくないのかもしれない。
ひかりは、胡桃のことはおろか、蘭咲のことも何も知らない。会ってすぐに可愛いと思わされた憂のことや、昔の自分のことでさえも。
なのに胡桃にこんなにも惹かれた理由は? 灰司や蘭咲との違いは?
頭に沢山の疑問符が浮かぶが、ひどい頭痛が思考を邪魔して、黒マジックで上塗りされる感覚に苛まれた。
すると疑問符が一つ、二つとひかりの頭から消えていく。
『そんなに重く考えなくていいんですよ』
ナナコの優しい声が、遠くから聞こえた気がした。