7.いつも貴女を見守っています
「その人のどこがよかったの?」
「うーん、一目惚れだったから……」
「つまり顔がこのみだったんだ」
「言い方が悪いよ、ういちゃん……」
鉛筆を短く握った白くてまあるい手が止まる。
憂は呆れてものが言えないとでもいうように、大げさに首を振ってため息を吐いた。
あの衝撃的なデート(?)のお誘いから、ひかりはそれを誰かに話したくて仕方がなかった。
けれど、ひかりには友人がいない。クラスメイトと友人関係を結べそうなイベントが、今のところ皆無だったからだ。
だから仕方なしにナナコにあの興奮を矢継ぎ早に叫んだのだが、『はい』だとか『もういいですか?』などと機械にしては呆れ気味に突き放された。
(もうちょっと聞いてくれてもいいでしょ! そもそもヒロインの補完も全然してくれないし、ナナコはいつもなにしてるの!?)
『いつも貴女を見守っています』
(ナナコって私のことちょっとなめてるよね?)
『いいえ、滅相もない。ですが、誰かに思いの丈を聞いてもらいたいのならば、妹さんがいらっしゃるではないですか』
(でも、日常生活は飛ばされるじゃん)
『ひかり様本体のストレスに関わる事ですので、夕方はご希望でしたら過ごせることにいたしましょうか?』
(ほんとに!? ナナコありがとう! けどそんな融通がきくならもっと……)
『では、またご用があればお呼びください』
(テメー!! でもありがとう!)
一連の流れを済ませると早速ナナコは対応してくれたようで、家に帰れば憂はリビングで漢字の宿題をしていた。せっせと大きなマス目に漢字を丁寧に書く憂は、相変わらず愛らしい。
だが、自分勝手な姉はそんな妹の宿題の邪魔をする。
ごめんよ、ういちゃん。そう思いながら尋ねられてもいない恋バナを始め、冒頭の会話に至った。
「顔から好きになるのは珍しくないでしょ……後から性格がついてきたし、すごく良い人だよ。宝先輩」
「それは聞いててわかったけど。でも、知り合って全然経ってないのにすぐ映画に誘うってすごいね」
「う、たしかに……」
的確に告げる憂の声音にはどこか棘があった。ひかりもその点についてはどうかと思ったが、純粋にゲームだからという理由が脳をよぎり、一応自分を納得させたのだ。
「ま、でもそうそう変なことはおきないと思うから楽しんできたら?」
「その事なんだけどさ、"ラブにゃんこ21"ってういちゃん知ってる?」
「知ってるよ、小さい頃におねーちゃんに散々見せられた」
「ういちゃん今も小さいじゃん」
「うるさい、もう話聞かない」
口は災いの元だと前に気を付けたはずなのに、思ったことがつい口から滑り出てしまう。
一瞬で憂の眼が鋭く尖り、ひかりはすぐさま胸の前で両手を合わせて謝った。
「ご、ごめん! ほらほらういちゃん、これ美味しいスイーツもらったから一緒に食べよ! だから話聞かないなんて言わないでぇ……」
なんて情けない姉なのだろう。
今日何度目かもわからないため息が憂の口から漏れ、そう思われているだろう事をひかりは察する。
左手には蘭咲から貰ったお礼の箱が握られており、憂が部屋に戻ってしまう前にいそいそとテーブルの上で包装を解いた。
「わ、フィナンシェだ……!」
箱を開くと中にはプレーン、抹茶、チョコレートの順でフィナンシェが並んでいた。
長方形に象られた生地の四辺は中心より濃く色づいていて、しっとりした食感を想像させる。
「これどうしたの? しかもシャルンだ……」
「蘭咲くんがお礼にってくれたの」
「そうなんだ、さっそくお茶入れてくる!」
「いや、ちょっと待って!」
すっかりご機嫌を取り戻し、立ち上がる憂に今しかないとひかりは妹を呼び止める。
「"ラブにゃんこ21"見るの付き合ってくれない?」
憂の上がっていた口角が一瞬にして引き結ばれた。
彼女は今きっと、ふざけるなという気持ちと有名店のスイーツを食べたいという気持ちとで葛藤している。
ひかりは、その二択のどちらが勝つかを知っていた。