6.よく考えて選びましょう
例えるなら、姫を颯爽と救いに来た王子様。
恋は盲目状態の浮かれたひかりには、タイミング良く登場した胡桃がそのように映ったが、今のひかりに姫は相応しくない。
どちらかといえば、間に挟まれてぷるぷると震えた蘭咲の方がよっぽどお姫様だ。無神経に彼をいじめたひかりは、さしずめ意地悪な継母ぐらいがちょうどいい。
「宝先輩、どうしてここに?」
沈黙が気まずくて、ひかりは胡桃に話題を振る。少しでも愛想良くしよう。そう意識したひかりの声はやはり浮かれていた。
「次、家庭科でさ。ついでだから様子見にきたんだ。」
蘭咲くん、大丈夫だった? 親切心たっぷりの笑顔の胡桃に距離を詰められれば、蘭咲はマスクの下で思いきり顔を顰めた。
「だい、だいじょぶです……あの、先日は、ありがとうございました」
ぺこり。
胡桃に礼を言う蘭咲の声はあまりにも冷たい。仕方なく言ってやったんだとでもいいたげに、こちらは悪意たっぷりというやつだ。
しかも礼を言ったや否や、逃げるように背を向けて、教室に戻ってしまった。
「……それなに貰ったんだ? お菓子?」
「え!? 今それ気になります?」
蘭咲くんの態度気になりませんか!? ひかりはつい軽いノリでツッコミを入れてしまったが、当の本人はきょとんとしている。
「なんで? なにか変なところあったか?」
「……いえ、私が口を挟むことではないので」
蘭咲の態度は胡桃にさして影響を与えていないようだ。悲しくなるほど呆気ない。
こういう人間が一番生きてて楽しいのかもしれない。ひかりは口を挟むのをやめ、その前の質問に答えることにした。
「わざわざタオル返してくれたんです、ご丁寧に包んでくれて……」
「へえ、几帳面だな」
あの態度では十中八九胡桃にはお礼の品を渡してはいないと予想して、ひかりは紙袋からタオルだけを取り出す。
小さな子が好きそうなキャラもののタオルは、胡桃の言葉通り、几帳面にクリアパックに密閉して梱包されていた。
「これ、新品?」
「いや? 昔からあるタオルですよ。でもこれだけ綺麗に梱包されてると、新品に見えなくもないですよね」
色あせていたタオルも洗濯と梱包によってはこんなにも違って見えるのか。ひかりは胡桃に笑いかける。
しかし胡桃は不思議そうにタオルを見つめるだけでなにも言わない。
あまりの胡桃の気さくさに、ずいぶん気安く話しかけてしまったかもしれない、その反応にひかりは慌てて口を手で覆った。
「あ、すみません。先輩相手に……」
「ん? ああ、いいよ全然。それよりそのタオル"ラブにゃんこ21"のタオルだろ?」
「え?」
「"ラブにゃんこ21"」
なんだその惹かれない題名は。
繰り返された聞き覚えのないワードについ口から本音が漏れそうになったが、胡桃の嬉々とした顔にひかりは何も言えなくなる。
とりあえず、わからないなりに頷いてみると彼は分かりやすくご機嫌を増した。非常に眩しい。
「やっぱり!? 俺も昔好きだったんだ!」
「へ、へえ」
「そのタオル見た時、絶対そうだと思ってさ! 21匹のにゃんこが集まるラストシーンとか覚えて……」
21匹も集まってなにをするんだよ。
半端に途切れた話題につい続きが気になって胡桃を見れば、視線は廊下の時計に注がれていた。
あれ、時計の秒針が止まってる? 胡桃に視線を戻したひかりは次の光景に絶句した。
「時間がないな……せっかくだしもっと話したかったんだけど、あ、そうだ! 今度の週末に数年ぶりに"らぶにゃんこ21"の新しい映画が公開されるんだ! 一緒に観に行かないか?」
1「ぜひ、行きたいです!」
2「すみません、週末は用事があって」
ピンクの枠に囲まれた選択肢が浮かび上がったと同時に、ぴたりと周りの時が止まる。それは驚いたひかりの体感ではなく、本当に。
『今度はゆっくり選んでくださいね』
ひかりのお説教をずっと無視していたナナコがようやく声を発する。
けれど今のひかりにお説教する余裕はない。だからこそ登場したのだったら、ナナコにはあっぱれと言う他なかった。
「ぜひ、行きたいです!」
実質選択肢はひとつしかない。
震えた指で実体のない選択肢を押すと、目の前の胡桃は満面の笑みをひかりに向けた。