0. まずは貴女のことを教えてください
『――初めまして、ナビゲーターのナナコと申します』
女性の機械音声で目が覚める。
目を開いた先は真っ暗闇、己がそこに存在しているのかすら定かでない永遠の闇であった。
『まずは貴女の名前を教えてください』
名前? まず此処はどこ? 質問をしようにも声が出ない。暴れようにも手足の感覚は無い。
伝える手段が何もなく答えあぐねていると、真っ暗な視界にピコンッと軽快な音を鳴らして五十音表が浮かび上がった。可愛らしいハートの杖のカーソル付き。これが自我を示す方法らしい。
さ、が、ら、ひ、か、り。
何も分からないなりにまずは答えてみようと意識すれば、カーソルはその通りに動き出した。丁寧に漢字変換まで済ませ、決定ボタンを押す。
『相良ひかり様ですね、では次に誕生日を教えてください』
また軽快な音を鳴らして画面が切り替わる。月と日がスラッシュで区切られている画面に再び意識を動かした。
3月3日。雛祭りの日だ。誰かにお前らしくないと笑われた記憶が微かにあるが、全く余計なお世話だった。
『では最後に血液型を教えてください』
O型。
決定ボタンを押すと、ぐるぐると処理中のマークが回り出す。
まるでゲームのようだ。きっと夢の中か何かだろう、と普段なら思わないことすら浮かぶ退屈な待ち時間だった。
ひかりはあるかも分からない目を閉じてみる。先程目が覚めたばかりだというのに、意識はゆるりと微睡んでいく。
明日の仕事のことなど全部忘れて、このままずっと寝ていたいくらいの心地よさだ。
『登録完了。記憶は一部消去されました。』
ナナコの声に反応する余力は既にない。ナナコは返事など気にもせず、話を続けた。
『では、束の間の学園生活をお楽しみください』
瞼の裏に強烈な光を感じる。ナナコの声を最後にひかりの意識は完全に途絶えた。
――暗闇には、もうなにもない。