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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
9/20

決死の逃避行


 火山岩と噴煙が降り注ぎ、風になびく火が狂喜乱舞する地獄の様相。その渦中にあるはずの街外れの研究施設群は、割れたガラスが散乱していたり火山岩の直撃を受けて半壊している建物がちらほらとあるものの、そのほとんどが災禍など知らないとでも言うかのように静謐の中に(そび)え立っていた。


 まるで災害が意思を持ってここだけは残しているかのようにも思える小綺麗な施設群の中、内部へと入れる場所はないか勇輝達は手分けして探していた。


「・・・・・・こっち!」


 見つけたらしいアリスが叫ぶ。

駆け寄って彼女が指さす場所を勇輝がさっき拾ったライトで照らす。それは非常用の分厚い防火扉で飛んできた火山岩に当たったらしく少々歪んでいた。


「これ、開くかな・・・・・・?」


 尋ねられたアリスが扉に近づいてドアノブを掴み、開きそうかどうか確認する。

ドアノブは回る。しかし扉自体は引っ張るとがたがたと多少動く程度で一人ではどうにもなりそうになかった。


「二人で力を合わせればいけると思う」


 わかったと彼が頷き、お互いにドアノブを両手で掴む。


「一、二、三でいこう。いい?」


 アリスが短く頷く。


「いくよ。一、二、三――――!」


 勇輝の合図と同時にお互い握り締めたドアノブを力一杯引く。するとゆっくりと、その分厚さに似合う重々しい金切り声と共に扉が開く。


 大口を開いた扉のその奥の暗がりへと勇輝はライトをむける。しかし余程長く続いているのか光が反射せず一切中の様子を(うかが)い知ることは出来ない。


 光を飲み込んでしまう暗闇を前に本当にここに入って大丈夫なのかと勇輝は(おく)した。が、そんな彼と対照的にいこうと短く告げてアリスは躊躇(ためら)いなく中へと足を踏み入れていく。その姿に行くしかないと腹をくくり彼女の背に続くように勇輝も踏み入った。


 何も見えない通路を、後ろからライトで少女の背を照らしながら彼はついていく。

通路は迷いようのない一本道のようで、心もとないライトに照らされて露わになった白色の壁が永遠と続いていた。


 どこまでも続いているんじゃないかと錯覚しそうになる勇輝だったが、数分ほど歩いたところでまたしても防火扉が現れて二人の行く手を遮った。


 この扉はちゃんと開くだろうか? そんなことを彼が考えていると、そんな心配は無用だとでも言うように、アリスが普通にドアノブを回して扉を開けた。

余りに簡単に開けた少女に呆気にとられていると、行こうと彼女に手を引かれた。


 アリスには恐怖心がないのだろうか。ふと勇輝はそんな事を思う。しかし恐怖心がない人間などいないはずだと。どんなに勇敢な人間だって心が竦む状況が全くない訳ではないだろうと、頭を振った。きっと非常時だからと強がっているだけだろう。だから決して自分がびびりな訳ではないのだと。彼はそういうことにしておくことにした。


 防火扉を抜けるとセンサーが二人を感知して自動的に施設内に明かりが点く。

漂う薬品臭に清潔感溢れる白色の施設内部。華美な装飾などは一切なく、ここが普段外部者の目に晒されることなく研究者達が自分の仕事にのみ没頭している場所なのだということを如実に物語っていた。


 流石研究施設なだけあるなぁと見慣れない光景に勇輝が目を奪われていると、こっちだよ、と知らぬ間に先に進んでいたアリスに呼ばれ、慌てて彼女の後を追う。


 何もかもが珍しく映る施設内を先を行くアリスの後ろをついて彼は歩く。

会議室、資料室、仮眠室やリフレッシュルームなど、普段目にすることのない表記を見回しながら置いていかれないよう通過していく。今が非常時でなければ見学してみたかったな、などと呑気な感想を抱く勇輝。その間も足を止めることなくついていく。似たような道を何度も通り、曲がり、階段を下りる。目的地も分からず彼は黙々と後をついていく。


 しかし流石に数分ほど歩いたところで疑問に思う。彼女は一体どこへむかっているのだろうかと。もしかして迷ってる? そうも考えたが彼は違うとすぐに自身の考えを否定した。迷っているにしては躊躇いなく進んでいると。もし道が分からなくなっているのならもっと歩みに戸惑いが出るはずだと。だが彼女の足取りに迷いは一切感じられない。間違いなく目的地へとむかって行っているとそう断言出来た。


 しかしだからこそ何故彼女はこれほどまでに迷いなく進めるのかと彼は不思議に思った。施設内を実際に歩いてみて彼が気付いたのはその複雑さだ。まるで迷路のように入り組んでいて初めて足を踏み入れた人間なら間違いなく出られなくなるだろう作りになっていた。にも拘わらず彼女に迷いは見られない。だとするなら、


「・・・・・・もしかして――――アリスはここに来たことあるの?」


 確かな足取りで先を進む少女の背にふと問いを投げる。

それは当然の質問だった。この迷路のような施設内を勝手知ったる我が庭のように歩けるのなら、それはもうこの場所を良く知る関係者でないと辻褄(つじつま)が合わない。故に彼女は前々からここを知っているだろうと、


「実は私の家族がここの研究所で働いててさ。私も小さい時からよく遊びに来てたから、それで」


 足を止めることなく答えたアリスに、やっぱりと勇輝は納得した。

この施設の広大さと内部構造の複雑さは素人目にもちょっと歩けばすぐ理解出来る。もし地図を渡されたとしても馴染みのない人間がちょっとやそっと眺めただけでは覚えられないだろう。だからこそ実際に歩いてそのことを体感的に理解出来た勇輝は彼女が関係者だと答えてもさほど驚きはしなかった。いやむしろ何故伊吹が転校生を探してここへむかえと言ったのか合点がいったのだった。


 しかしだからこそ彼は不思議に思った。伊吹はどうやって彼女がここに詳しいことを知ったのだろうかと。学校でそんな話はしていなかったし、二人で何か話し込んでいる様子はなかった。にもかかわらず彼はそのことを知っていた。一体何故・・・・・・と。だがそんな疑問はすぐに、きっと自分に電話をかける前に最初に彼女と電話が繋がって知ったに違いないと霧散した。それよりも、


「だからここに詳しかったんだ。じゃあ、今は皆が避難してる場所にむかってるんだ?」


 話の流れからそうだろうと先を読んで尋ねた勇輝に、しかし少女は(かぶり)を振った。


「ううん。むかってるのは、“そこじゃない”」


「えっ?」


 むかってるのは避難所じゃない? なら一体どこへ・・・・・・そう彼が問おうとすると、足を止め、そして振り返り、真剣な顔で、


「今私達が“行かなきゃならない”のは――――」


 そうアリスが答えようとして――――視界が暗転した。


「停電・・・・・・!?」


 突如施設内部の明かりが全て消えた。何も見えない中で電力施設に火山岩が直撃したのかと勇輝は考える。だとするならこの施設にある災害用の設備も全て使えなくなったのではないかと。しかし、


「大丈夫。ここの施設は非常用の電力設備がいくつもあってどこか一か所が壊れても他で補えるようばらばらの場所に設置してあるの。だから――――」


 だからすぐ明かりが戻るはず――――そう答えようとした言葉は、暗がりに響いた音によって遮られた。


 ――――こつ――――こつ――――こつ。


 一定の間隔で靴音が響く。


 人だ。勇輝はそう思った。ここに避難してきた人だ、と。しかし、


(何で・・・・・・こんなに不安になるんだ・・・・・・?)


 理由も分からないままに、彼の直観が危険信号を発していた。


 危険だ――――何が?

 近づいてくる――――何が?

 今すぐ確認するべきだ――――。


 本能に(うなが)されるまま、彼は手にしていたライトを点けて――――ようやく気付く。

自分達に近づいてくる足音はしかし、どういう訳か、どこから聞こえてくるのか分からないということに。


 そんなはずは・・・・・・勇輝は自分の耳を疑った。

それもそうだろう。彼らがいるのは人間二人が肩を並べて歩ける程度の広さしかない一本道で開けた広間などではない。反響したとしてもそれが前から響いてくるものか後ろから響いてくるものかぐらいは簡単に判別出来るはずだった。しかし今も一定の間隔で暗闇に響く靴音は、前や後ろどころか上や下からも――――360度から反響して耳に届いていた。


 前か――――後ろか――――?

ライトを振って自分達の前後を照らす。しかしライトをむけてもそこに人影が照らし出されることはなく、先の見えない暗闇が(たたず)むばかり・・・・・・。


「――――神具女(籠女)神具女(籠女)――――」


 暗闇から声がした――――ばっ、と勇輝が後ろにライトをむける。


 男の声――――しかし姿が見えない。

一歩、一歩と、何かを味わうようにゆっくりと近づく暗闇の主は、(ねぶ)るように喜びを(にじ)ませ(うた)う。


「――――加護の中の魂は(籠の中の鳥居は)――――」


 確かに捉えた音の方向を照らしながら固唾を飲んで凝視する勇輝。

その後ろで、少女は苦虫を噛み潰したような渋い顔で彼と同じ暗がりへと視線をむけていた。これはまずい、“想定外だ”、と。


「――――いついつ出逢う(いついつ出やる)――――夜明けの番人(夜明けの晩に)――――」


 ――――ギィィ・・・・・・!


 擦過(さっか)音が響く。

それは何か金属のようなものを引きずっているような音で、びくりと彼の肩が震えた。


 靴音、金属音、かごめ唄――――暗闇の中から聞こえる気味の悪い三重奏に、否応なく恐怖心を煽られていく。


「――――()()のたうった(滑った)――――」


 本当に人なのか・・・・・・? 膨張する恐怖の中で、その解答はすぐにもたらされた。暗がりから幻のように現れたそれは――――――――、


「――――後ろの正面――――――――だァれ・・・・・・!」


 大人びた――――――――道島勇輝(じぶんじしん)だった。


 少年は目を疑った。

自分だ。大人になった自分が目の前にいる・・・・・・!


 革鎧を身にまとった青年期の勇輝(じぶん)は、未成熟な勇輝(かこ)を見て口角を吊り上げる。

その顔からは幼い日の自分を懐かしむ懐旧(かいきゅう)の念などは微塵もなく、狩人が山中を駆けずり回りやっとの思いで見つけた獲物にむける嬉々とした獰悪さが滲み出ているようで・・・・・・。


 まるで品定めでもするかのようなぎらついた視線に悪寒が奔り、少年は、後ずさり――――、


「――――走ってッ!!」


 瞬間、少女が叫び、彼の手をとって逆方向へと駆けだした。

少年の顔をした得体の知れない怪物は獰猛な笑みを浮かべたまま、まるで焦る必要などないとでも言うかのように二人の後をゆっくりと悠々に追いかける。


 一歩、一歩と怪物が踏み締める度、廊下が軋みをあげて歪んでいく。それはまるで外側から何かが握りつぶそうとしているかのようで、走りながら振り返った勇輝を戦慄させる。冗談じゃない、何だあれは!? 悪い夢なら覚めてくれ!! と。しかし総身が凍るような恐怖と喚き散らす心臓の鼓動が確かな現実だと主張して譲らない。半狂乱に陥りそうな心を紙一重のところで理性で縛り止めて走り続ける。


 少年は後ろを振り返る。怪物の姿はもう既に見えない。けれどそれとは別に二人を追うように後方の通路がどんどんとひしゃげて塞がれていく。足を止めれば潰される、その最悪の結末に顔を強張らせながら必死に足を動かし続ける。


「あれは一体何――――!?」


「今は説明出来ない! でもあれに捕まったら全部終わる――――だから走って!!」


 何も分からないまま、何一つ理解出来ないまま、アリスに手を引かれてひた走る。


 曲がり、飛び越え、逃げ続ける。

どこにむかっているかも、逃げ切れるのかも分からず、先を行く少女の背に続く。


「ここを抜ければ・・・・・・!」


 祈るようにアリスが(つぶや)く。

そして差しかかった十字路をまっすぐ走り抜けようとして――――少女は視界の端に捉えた。二人の右側、完全に死角となった通路の影、そこで待っていたとばかりに直剣を振り上げた怪物の狂笑を――――。


「――――ッ!!」


 アリスが勇輝を後ろへと突き飛ばす。直後、振り下ろされた刃が二人の間を引き裂くように空を斬る。しかし振り下ろされた刃は勢いを収めることなく紙でも裂くように頑丈な内壁を切り裂いた。


 しまったとアリスは突き飛ばした彼を見る。

今だ状況を飲み込めず倒れたままの少年の姿に、彼女は叫ぶ。


「――――勇輝ッ!!」


 彼女の声に我に返った彼はようやくその状況を理解する。

とても人間には真似出来ない怪力で刻まれた残痕、いつの間にか追いついていた怪物、そして彼が視線をむけた先で、ぎょろりと動いた双眸(そうぼう)と目が合った。


「――――っ!?」


 震える子羊へとむけられる獰猛な殺意に、身が(すく)む。


 生きの良い獲物は大歓迎だ。そうでなければ狩りは面白くない――――そう悦楽に塗れた怪物の狂笑が、彼一人に狙いを定めたことを雄弁に物語る。


 ゆらりと、怪物が獲物へと近づこうとして、急に怪物が壁に叩きつけられた。それは彼の目から見ても不自然な動きだった。まるで目に見えない何かに引っ張られて貼り付けにされたような不自然さ。


 壁に貼り付けられた怪物は、抵抗する暇さえなく飲み込まれるようにひしゃげた壁に押しつぶされた。まるでサンドウィッチでも作るかの如く突如潰れた怪物の姿に勇輝は立ちあがり、呆然とその様を見つめる。


 余りの怒涛の急展開に理解が追いつかない。助かったのか・・・・・・? 彼が強張った肩の力を抜きかける。しかし、


「――――――――」


 がしっ、と先ほどまで潰れた虫のように痙攣していた怪物の手足が意思を持って自身を押しつぶす瓦礫を掴んだ。

それはこの怪物が鉄屑に押しつぶされてなお存命ということに他ならず、人ならざる怪力で瓦礫を押しのけ始めた怪物の血に塗れ獰悪にぎらつく狂笑が、瓦礫の隙間から顔を覗かせ、再び獲物を捉え狂気を(ほとばし)らせる。


「こっち――――!!」


 竦みあがる勇輝の手をとりアリスは再び走り出す。

後ろに聞こえる鉄屑の金切り声を背に近くにあった非常階段がある防火扉の中に逃げ込んで、すぐさま彼は扉を閉めようとする。人間にとっては分厚い鉄扉もあの怪物にとっては紙束を束ねた程度にしかならないことは百も承知だった。しかし何もないよりはマシのはずだと。


 しかし閉まり切る寸前、瓦礫を押しのけ脱した怪物が“姿を消した”。

いや、“消えた”のではない。人間には到底真似できない膂力でもって“加速した”のだ。


 怪物との距離は100メートル弱。陸上競技のトップアスリートでさえ約10秒かかる距離を目にも止まらぬ速さで駆け抜けた怪物は、一瞬にしてゼロ距離にまで迫り扉の隙間に手を差し込んだ。


「――――ッ!?」


 差し込まれた怪物の手ががっちりと扉を鷲掴み、こじ開けようと力を込める。ここを開けられたら殺される。勇輝が必死にさせまいと扉を引き抵抗する。しかし余りにも膂力が違いすぎて全く意味をなしていないという感覚が扉越しにありありと伝わってくる。そしてそれを分かっていて怪物は舐るように、ゆっくりとギギギと鈍い悲鳴をあげる鉄扉をこじ開けていく。それはまるで網の上に置かれた肉が焼けるのを今か今かと待ちわびるように、よだれを垂らしながら恐怖という名のスパイスを振りかけて怪物は調理する。


 嗚呼、待ち遠しい。まだ焼けないのかと開いた鉄扉の隙間から怪物が悦楽に歪んだ眼で少年を凝視する。当然そんなものを至近距離で見続けている勇輝は堪ったものではなく、青ざめた顔で無駄だと分かりきっている抵抗を必死に続ける。


 嫌だ、死にたくない。こんな終わり方は絶対に嫌だ。

力を込めた手が痛むのも理解できないまま半狂乱で鉄扉を引く。しかし当然抵抗にもなっていない抵抗など怪物にとってはお遊びにしかなりはせず、とうとう扉が開きかけ、望まざる最後がその身に迫る。だが、


「――――避けてッ!!」


 耳に届いた声に勇輝が条件反射的に身を引いた。

直後、消火器を手にしたアリスが扉の隙間にホースを差し込み、噴射。至近距離で放出された薬剤を浴び、怪物が一瞬怯み扉から手を離した。そしてそれを見逃さなかった勇輝がすかさず鉄扉を閉め、鍵をかけて、扉から距離をとりながら息を整える。


 今のうちに――――そう告げようとした少年の言葉は、鼻先数センチ手前まで迫った刃先によって遮られた。


「うわっ!?」


 思わず尻餅をつく。そして彼が目にしたのは分厚い鉄扉を貫く鋼の直剣。

成人男性の腕ほどの厚さがある殺人道具は重すぎて人間には扱えないと素人目にも判るほどで、鏡のように研がれた鋭利なその直剣をただ一目見ただけで怪物の膂力が人間など優に超越しているのだと嫌というほど理解できる。


 そんな凶器を平然と振るい、缶詰の(ふた)を開けるように突き刺した剣を強引に捻じ込んで入る隙間を作っていく。まるで大きくなった妊婦の腹を赤子が裂いて這い出てくるようなおぞましさを目にし、二人は一目散に階段を駆け下りる。


 そして中へと足を踏み入れた怪物が階段から下層を見下ろす頃には既に二人はどこかの階へと逃げ延びた後で、扉の閉まる音と共に鉄扉がひしゃげた音が耳に届くだけだった。


 誰もいなくなった非常階段を一歩、一歩と、下りながら怪物は思案する。さて、どうするかと。

“通路は塞がれた”。無理矢理こじ開けて追うことも出来るが少々面倒くさい。迂回し先回りしてあいつらの予測不能な場所から襲うという手も悪くはないが、既に一度やってしまったから新鮮味に欠ける。勿論追うのを止めるなんて選択肢は存在しない。生きの良い獲物が手の届く範囲にいるのに取り逃がすなんて勿体ないことする訳がない。故に怪物は考える。どうするのが一番“鮮度”を落とさずに狩れるのかと。


 鮮度とはつまり今際(いまわ)(きわ)に見せる獲物の激情、あるいは絶望と言った断末魔。それこそがこの怪物にとっての最高の瞬間であり至高の甘味だった。


 獲物を追い回し、苦痛を与え恐怖を与え、最も熟した時期を見計らって収穫する。そうして刈りとった絶望という名の飴玉が美味しくて美味しくて堪らないのだと怪物は口元を吊り上げる。


 そしてだからこそ怪物は熟成させる過程には最新の注意を払っていた。

人間というものは繊細だが同時に図太くもある。どんなに鮮烈な恐怖や苦痛でも与え続ければ“飽きが来る”。とどのつまり“慣れて”しまうのだ。故にそうならぬよう手を変え品を変え獲物を追いつめなくてはならない。煮込むように、じっくりと。


 殺人者とは一流のエンテーティナーでなくてはならないと誰かが言っていたがまさしくその通りだと怪物は思う。少なくとも短気や飽き性には出来ない芸当だと。 ならばこそと、怪物は想像力を働かせる。どう追いつめ、どう苦痛を与え、どう恐怖させるのが一番美味に仕上がるのかと。


「楽しみだねェ・・・・・・お前はどんな顔を見せてくれるのか・・・・・・!」


 待ち遠しいと舌舐めずる怪物は、逃げる獲物の後を追って暗闇へと溶けて消えるのだった。

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