探し人
――――走る、走る、走る。
瓦礫と炎の中、少年はひた走る。
建ち並んでいたはずの家々は落下した飛来物によって殆ど原型を留めておらず、残った民家なども他からの延焼で炎に呑まれていく。そして人間も同じようにその災禍から逃れることは出来ない。
降り注ぐ火山岩に当たり動かなくなる者、倒れて来た建造物に押しつぶされる者、逃げ遅れて炎に巻かれる者やそれらから逃れようと煙に巻かれて息絶える者。差異はあれど皆一様に助けを求めながら死に絶えていく。
その様はまさに地獄だった。
上からは火山岩、周囲は火の海、下を見れば苦悶の表情で息絶えた人間達があちらこちらに転がり過ぎ行く生者達を何故助けてくれなかったんだと言いたげに虚ろな目をむけている。
四方八方どこを見ても安全な場所などありはしない、正真正銘の地獄絵図の只中を、勇輝は必死に駆け続け転校生を探す。
当然、動けば動く程に煙を吸い込んでしまうのは必然だった。ハンカチを口に当ててはいるものの、それでも煙を完全に吸い込まずにいられるという訳ではない。それに何より、もう既に少し吸い込んでしまっている為喉が焼き付くような鈍い痛みが彼を苛んでいた。
探索に余り時間はかけられない。自分が倒れるよりも先に彼女を見つけ出し研究施設へとむかわなければならなかった。だが何も闇雲に探し回っている訳ではない。
帰り際、アリスは彼と同じ町内に家があると話ていた。だから彼女が避難しているとすれば町内のどこかだと見当をつけていた。しかし町内と言えどそれなりに広さはある。彼女が避難しそうな施設に当たりをつけなければ時間だけが過ぎてしまう。
だがしかし勇輝は自分の住む街の何処に避難所があるのかを知らなかった。本来ならOASMで検索をかければ一発で分かるのだが、皮肉にも彼のOASMは故障しているし、何よりこんな災害時に電子機器が正常に作動するとは思えない。
OASMが使えない以上災害時の緊急ダイヤルに伝言を残すことすら出来ない。そうなればもう自力で探し出すしかないのだが、避難所の場所が分からない以上まずは当たりをつけるためにも地図を入手する必要があった。だから近くのコンビニに行けば地図があるんじゃないかと勇輝は考えていた。だが、
(そんな・・・・・・!)
彼の見つめる先、本来そこにあったはずの建物は跡形もなく潰れて燃えていた。
これでは地図を入手するどころか見つけ出すことさえ出来ない。勇輝は歯噛みした。これじゃ彼女を探すどころではないと。地図がないのでは話にならない。尋ねようにも彼がここまで来る間に見た人間は皆死んでしまっていて話を聞くなんて不可能だった。
どうすれば・・・・・・。自分自身の命がいつ尽きてもおかしくない状況に迫られる中、勇輝は苦悩する。しかしすぐに頭を振って、考えるだけ無駄だと現在地から最も近くにある地図がありそうな場所を思い起こす。そして動き出そうとして、足を止めた。
それは偶然だった。
彼の視界の端に何かが映りこんだ。気になって視線をむけると、そこには掲示板のようなものが建っていた。いや、それは掲示板ではなく――――、
(――――! 地図!)
願ってもないものを発見した彼はすぐさま食い入るように地図を見る。
それは道路脇にひっそりと設置されていた地図で街全体を記したものではなく極小規模な範囲、町内のみを記した地図だった。しかし今の勇輝にとってはこちらの方がありがたかった。無駄に広域を記されたものより町内のみを記した地図の方が今の状況では有用だ。
勇輝は迅速に避難出来そうな場所を見定めていく。
小学校、病院、図書館、地下鉄――――。
その中でも災禍を逃れられるだろう地下施設がある大学病院、図書館、地下鉄に目星をつける。
大学病院は地下に霊安室がある。気味悪がって誰も行かなそうではあるが、非常時にそんな事も言ってられないだろう。故に候補一。
次に図書館。
町内にある図書館は国営の為それなりの広さがあり大人数の収容が可能だ。何より、寄贈される膨大な数の蔵書を保管する為に地下に大規模な保管庫があると聞いたことがあった。なのでこちらも候補二だ。
そして地下鉄。
これは説明するまでもないと思うが、地下鉄の路線のどこかにはシェルターが存在し有事の際にはそこに避難出来るというのは有名な話だ。故にこれが一番の有力候補である。
これらの施設はそれぞれが離れていて一つずつ探すのは時間がかかりすぎる。なので今の候補の中から一つに絞る必要があった。
勇輝は考えて、地下鉄にむかうことに決めた。理由は単純で三つの候補の中で現在地から地下鉄が一番近いからだ。何より他二つはただの地下施設なのに比べ地下鉄はシェルターなのだ。万が一のことを考えればシェルターがある地下鉄に行くという選択が一番安全であり、アリスもそう考えるのではないかと。
そうと決まれば話は早いと、もう一度さっと地図を見渡して頭に焼きつけ、地下鉄にむかおうと――――、
「――――――――危ない!!」
叫び声に条件反射的に勇輝が振り返る。
そして目にしたのは彼を覗き込むようにその巨躯を傾けるコンクリートの塊。ギギギという断末魔をあげながら倒れこむ電柱に、勇輝は硬直した。
避ける――――間に合わない――――。
声がした直後ならまだ躱せたかも知れない。しかし振りむき見て動揺し硬直してしまった時点で彼の運命は決まってしまった。
死ぬ――――下敷きとなって圧死するのを、勇輝は覚悟した。
「――――――――っ!!」
しかし押し潰される瞬間、横から飛んできた何かにぶつかって勇輝は弾き飛ばされた。
彼がいた場所に電柱が崩れ落ち、飛び付いた“それ”と一緒に地面に転がる。
下敷きにならずに済んだ勇輝は痛みに顔を歪めつつも、自分を助けてくれた存在を見やった。寸でのところで彼を救った救世主は、山吹色の髪の転校生、カルディア・E・アリスだった。
「――――! アリス!」
「勇輝、無事!?」
「う、うん、何とか・・・・・・」
真に迫った顔で迫られて、若干気おされつつも大丈夫と勇輝が伝えると、良かったと胸を撫で下ろしたアリスは立ちあがり彼に手を差し出す。
「立てる?」
「ありがとう、大丈夫」
彼女の手をとって勇輝が立ち上がると、じーと彼の身体を舐めるように見回すアリス。
「な、何?」
「本当に怪我はしてないし、嘘はついてないみたいだね」
「嘘なんて吐かないよ・・・・・・!」
こんな状況で、と勇輝が咎めるとそれもそっかと彼女は納得する。
そんなに信用ないんだろうかと人知れず肩を落とす彼に冗談はさておき、と、
「二人から話は聞いてる?」
二人、とは伊吹とダリエラのことだろうと、聞いていると勇輝が頷く。
「アリスも伊吹達から聞いたんだね」
「うん。まずは君と合流して、それから研究施設にむかえって」
彼女の簡潔な説明に自分もそう聞いていると勇輝が返す。するとなら話が早いと彼の手をとって走り出そうと、
「待って! どうして研究施設なの? 確かにあそこなら色々と設備が整ってるし納まるまで凌げそうだけど・・・・・・避難するならここから一番近い地下鉄のシェルターの方が安全じゃない?」
「確かにここから近いのは地下鉄のシェルターだけど、“あそこじゃないと駄目”なの」
「どうして?」
勇輝の問いに一瞬目を閉じ何かを思案したアリスは、よく聞いてね、とこれから起こるであろう最悪を、告げる。
「これからこの国は降り積もる火山灰で機能不全になる。助けも呼べなければ来ることも出来ない。食料物資も限られていて外へ探しに行けばガラス質の火山灰を吸い込んで臓器に致命的なダメージを受けて、最悪死んでしまう」
勇輝は息を呑んだ。ただでさえ地獄の様相だというのに、彼女はこれから更に悪化するというのだ。
信じたくないと彼の心がその予測を受け入れることを拒む。けれど彼女が語った言葉が本当なら伊吹が研究施設に行けと言ったのも辻褄が合う。なら伊吹はそうなることを見越して・・・・・・。
「けどあそこなら災害に対しての備えも万全だし設備も物資も揃ってる。研究施設なら救助が来るまで耐え凌げる」
彼女の話を聞いてなお、勇輝は今だ受け入れられずにいた。それも当然だ、これから目も覆いたくなるようなことが起こりますと告げられて信じられる人間が一体どれほどいるだろうか? それが例え事実であったとしても真実味を帯びれば帯びるほど、頭で理解出来たとしてもまず心がその現実を拒絶するだろう。
しかし、と勇輝は考える。
果たして伊吹はこういう状況で嘘を吐くような男だっただろうか。彼が研究施設に行けと言った以上、“そうなると確信していた”から伊吹は自分達にそう伝えたのではないのかと。ならきっとその最悪は訪れるのだろう。避けようもなく、確実に。なら受け入れるしかない。そうしないときっとここで自分も彼女も死んでしまう。だから、と勇輝は今だ受け入れ難い現実を飲み込んだ。
「・・・・・・他の人達は?」
「・・・・・・大丈夫だよ。助けが来ないと言ってもこの街に在中してる警察官や消防の人もいるから。その人達が皆を安全な場所まで避難させてる。心配しなくていいよ。だから私達も行こう。ここにいつまでも留まってるのは危険だから」
アリスに手を引かれ、後を追うように勇輝も走り出す。
研究施設にむかう途中、彼は自分に電話をくれた友人達を思い出す。二人は大丈夫だろうか? そんな心配が浮かんだがすぐに頭を振って考えを改める。あの二人が死ぬはずがない。第一自分に研究施設にむかえと言ったのは彼らなのだから、きっと既にむこうについて首を長くして待っているはずだと。なら今は自分の身を案じよう。辿り着く前にこっちが死んでしまっては元も子もないのだから、と勇輝は気を引き締め、地獄の中を少女と共に走り続けた。