一夜の休息
まだ内心の動揺から完全に立ち直れていない勇輝は、AIの少女アリスに促されるまま彼女の住処があるという場所へむかって歩いていた。
時折彼女に体調を気遣われながらもう丸一日以上歩き続ける彼は心身共に疲労困憊だった。ただでさえ信じがたい様々な情報をいっぺんに与えられ許容量を大幅に超えているのに満足な寝床さえない廃墟での野宿を強いられ、アリスが食べられると取ってきた野草や果実などで餓えを凌ぐ。そんな状況で元気が出るはずもなく、彼の気力は磨り減る一方だった。
ちらほらと廃れた建物が現れては消える深緑の森林の中を彼女の背を追って勇輝は進む。しかし鬱蒼とし過ぎてそこに元々街があったかすら今ではもう判断できない。もしかしたらここにも人が住んでいて――――そんなことを疲労の溜まった頭で考えて、芋ずる式に彼らがたどったであろう結末をも想像してしまう。
「ぅ・・・・・・!」
脳裏に浮かんだ好ましくない映像に気分が悪くなり、勇輝の身体ががくんと崩れかける。
「・・・・・・!? 勇輝・・・・・・!?」
その瞬間を見逃さなかったアリスが慌てて駆け寄って身体を支える。勇輝は大丈夫と返そうとした。しかし相当に疲労が蓄積しているのかとっさに言葉が出ず頷くのが精一杯だった。
「・・・・・・そりゃ疲れてるよね・・・・・・ごめん、気が付かなくて」
「大丈夫・・・・・・それより先に・・・・・・」
「動いちゃダメ・・・・・・! とにかく、今日はここで休もう。もうだいぶ日も傾いてきたし」
青白い顔で先に進もうとする彼を制してアリスが休息を提案する。彼女の言葉に勇輝が顔を上げると、枝葉の天蓋の隙間から茜が射していた。もうそんな時間なのか。勇輝は今まで時間の感覚すら失っていたことに気づく。
当の本人はまだ行動する余力はあると思っていた。しかしいざ言われて日が暮れている事実に気づくと身体に重いものがずしりとのしかかって来た。それほどまでに自身が疲弊していることをようやく理解させられ、勇輝は大人しく彼女の提案に頷いた。
それからは休めそうな場所を探し、近くに多少開けた場所を見つけてそこで一晩を過ごすことに決める。そして勇輝を座らせるとそそくさと薪になりそうなものを拾ってくるとアリスは森の中へと消えていった。本当は彼も手伝うつもりでいたのだが、いざ座ってみると一気に疲労が押し寄せてきて立ち上がることが出来なくなった。
これじゃ完全にお荷物じゃないか。何も出来ない自身を不甲斐なく思う勇輝。しかし疲れた身体は嘘をつけず、その場に横になりそのまま誘われるように眠りについた。
少ししてアリスは燃えそうなものを抱きかかえて戻って来た。そしてまるで行き倒れたように地面に転がる彼を見て驚いた。もしかして体調が悪化して倒れたのかと。しかしそれも一瞬のこと。AIとしての分析眼を以てすぐにただ疲れて寝ているだけだと理解するとほっと胸を撫で下ろした。
やっぱり無理をさせ過ぎた。拾ったものを一か所に集め携帯していたオイルと自身の電気を用いて火をおこしながらアリスは一人ごちる。
思えば眠っていた間は災害やあの怪物から逃げ回り、目覚めてからも怪物と終末兵器達の闘争に巻き込まれたりと目まぐるしく事態が急転し続けた。更にそこに世界が滅んだなどという情報を与えられたのだから満足に気を休める暇もなかったはずだ。
となれば極度の疲労感から動けなくなるのも当然のことで、熾した火が絶えないように管理しながら死んだように眠る彼の横にアリスは座って、優しく頭を撫でた。ごめんね、と。すると眠っている勇輝の顔が少し和らいだように見えて、せめて良い夢が見られるようにと彼女はしばらくそうし続けた。
朧気な意識で目を開けると、空はすっかり黒く塗りつぶされ、静寂の中で暖かな音だけが弾けて耳に届く。そして勇輝はぼーとした意識の中で焚火に淡く照らされた朱の射す人影を見た。それは人の顔だった。山吹色の髪を持つ少女、澄んだ白群の瞳が、優しく微笑んでこちらを見下ろして――――、
「――――っ!?」
それが見知った少女の顔であると気づいて勇輝は慌てて跳び起きた。そして今の今まで彼女の膝の上でずっと眠りこけていたことに気恥ずかしさを覚えた。
一体いつから、いや、それよりもどうしてそうなったのか――――寝起き早々に混乱する彼の背に、そんなことは気にもせずその少女は声をかける。
「・・・・・・よく眠れた?」
「えーと、うん・・・・・・おはよう・・・・・・」
気恥ずかしさと後頭部に残る彼女の柔らかな感触から目を合わせられず生返事で頬をかく勇輝。だがアリスはそのことに気づいてないのか、はたまた気にしていないのか、おはようと淡く微笑んだ。それがあまりにも絵になり過ぎて直視できずに二人の間を気まずい沈黙が流れる。
そもそも何故膝枕をしていたのかとかずっとそうしていたのかとか勇輝にしてみれば聞きたいことは多々あった。だが中でも一番気になったのは、
「・・・・・・その、改めて聞きたいんだけど・・・・・・アリスってAI・・・・・・なんだよね・・・・・・?」
沈黙を破り、開口一番で聞いたのがそれだった。というのも先ほどの膝枕の感触が完全に人間の太腿のそれであり機械的な硬さなど一切なかった。であれば本当に機械なのかどうか疑いたくなる気持ちが湧くのも当然で、しかし、
「そうだよ」
まるでそよ風のような気軽さで全く以ってその通りだと告げる機械仕掛けの少女。けれどそれだけで信じられるほど彼女に機械らしさがないのもまた事実だった。
「でも、どう見たって人間にしか見えないし、どこも機械的な部分は・・・・・・」
じっと彼女の身体を観察する勇輝にアリスはんーと唸り、ある一つの方法を思いつく。それは、
「・・・・・・ならこういうのはどうかな?」
立ち上がり、勇輝の正面にアリスが来る。一体何を、そう彼が思ったのも束の間――――自身の胸元へと彼の頭を抱きよせた。
「――――っ!?」
あまりの衝撃に勇輝は声を上げることさえ出来なかった。それどころかまともに状況さえ理解出来なかった。一体何が――――そう思った次の瞬間には自身の顔に柔らかな感触が当たっていた。呆気に取られ完全に思考を停止させた彼だったが、すぐに我に返り遅まきながら声を上げる。
「な、何を――――!?」
「いいから、もっとくっついて、耳を澄ませて」
「・・・・・・?」
普段感じることのない異性の温もりに気が気ではないながらも、言われた通り勇輝は大人しく耳をたてて集中する。それはなまじ自身の興奮を抑える為にやった行為だった。がしかし、そこでようやく彼女が何を言いたいのかを理解した。
彼女の胸に耳を当てて聞いた音――――それは本来心臓があるべき場所であり一定の間隔で鼓動を鳴らしているはずの音。だが聞こえてくるはずのその脈動は静まり返った夜気と同じで一切の存在を主張しない。それどころか、聞こえて来たのは静かな場所でこうして耳を立てなければ聞き取ることも不可能なほど極小さい、人間には出せるはずのないコンピューターのような駆動音。とどのつまり、それが彼女の言いたかったことであり、何よりも彼女がAIであることの証明だった。
ようやく理解したことを察したアリスが腕を緩める。そしてどちらともなく離れた勇輝の顔は、困惑の色に染まっていた。それも無理はない。彼が眠りにつく前の年代では、AIの存在こそ世に知られてきてはいたもののまだ完全に自立した人間と瓜二つのAIなど存在していなかったのだから。
故に時代が進み人間そっくりなAIが生産可能なほどの技術的発展を知りえない彼が驚きのあまり開いた口が塞がらなくなるのも当然と言えた。
「本当に・・・・・・人間じゃないんだ・・・・・・」
「うん、ようやく信じてもらえたみたいだね」
離れたアリスは再び彼の隣に座る。だが勇輝は理解こそ出来たもののまだその事実を上手く呑み込めず消化不良を起こして視線を右往左往させていた。
「ならアリスもその・・・・・・終末兵器ってやつなの?」
「違うよ、私は兵器じゃない。私はただのAIだよ」
「AIと兵器は違う、んだっけ・・・・・・? でも・・・・・・あれ?」
眉根を寄せて上手くまとめられない情報に頭を悩ませる勇輝。そんな彼の横顔にアリスは焚火に新たな可燃物を継ぎ足しながら思考する。一眠りしてだいぶ落ち着いたようだし今でもいいかな、と。
「こんがらがってるようだし、改めて一から説明しようか」
時系列順にね、とアリスが付け加える。そしてじっと過去を見るように焚火の火を彼女は見つめた。
「まず初めに予言があった。曰く、終末にその救世主は現れ全てを救うと。そしてそれを信じた者達が予言を実現させる為に行動に移した」
「神託、だっけ? その通りに行動を起こすことで真価を発揮するっていう」
アリスは静かに頷く。
「彼らは万象の救済――――予言の成就の為に描かれている災厄を再現し、世界を荒らした。疫病の流行、暴動、自然災害に至るまで。それらを人為的に引き起こし、結果物資や資源の枯渇が起こり国家間で争いが勃発。それはやがて世界全土を巻き込んだ第三次世界大戦にまで発展した」
「それは・・・・・・終末戦争とはまた別の、ってことだよね?」
「うん、そのきっかけとなった戦争が第三次世界大戦。その戦争を皮切りに国家間で技術力を競い合うように次々に新兵器が生み出され、戦場へと投入されていった。そして当然、負けて他国に侵略されるかもしれないという不安から、とうとう核兵器の使用という事態にまで悪化してしまった」
燃えているものを枝でつつきながらアリスは語る。火の中で燃える薪がぱちぱちと立てる音がどうにも戦火で消えていった人達の無念を訴えているような気がして、勇輝は複雑な心境になった。
「結果各国は核兵器に関する条約を破棄し核開発が推進され、背後では脅し合いが、表面上では軍事衝突が盛んに続いた。そんなある日、突如としてある研究者が一つの生物兵器を開発した。それは人間でありながら人智を超えた神にも等しい力を有しており、戦場に投下されるやいなや圧倒的なまでの武力で以て第三次世界大戦の終結という戦果を上げた。そして以後その恐ろしいまでの力を有した兵器は憧憬と畏怖を以て“終末をもたらす者”――――終末兵器と人々に呼ばれるようになった」
終末兵器という言葉に否応なく勇輝はあの二人の姿を思い浮かべる。人が起こした第三次世界大戦――――それを終結させるほどの力を持った存在が伊吹とダリエラの正体。そんな人智を超えた兵器だと言うのなら自分は何故今まで気づかなかったのか。いや、そもそも気づけるはずがないのだ。ずっと眠っていた自分には。
彼の内に言いようのない感情が積もっていく。それは淀んだ埃のようなもので、ほんの少しの不快感を伴って彼の表情を曇らせる。
「けれどそんな終末兵器も所詮は人間の延長線上の存在。他の追随を許さない力は抵抗し難いほどの自由への誘惑となって兵器達を魅了し、自分達を管理する政府への反発心となって暴発した。結果殆どの国が終末兵器の管理に失敗し、国を乗っ取られたりあるいは国土の消滅という悲惨な結末を迎えた」
国土の消滅――――それほどまでに終末兵器という存在は出鱈目なものなのかと彼は眉をひそめる。そんな存在達が野放しで世界を闊歩していたのなら、ただの人間が安心して暮らせるはずもない。いつ目を付けられて殺されるかも知れない極限状態の日々、どこもかしこも即戦場となり得る時代。それはもう人の住む世界ではなく正真正銘の地獄でありまさに終末と呼べる光景だったのだろう、と。
「そして当然自由となった兵器達がその力を私欲の為に使い始めればおのずと兵器同士での衝突が起こるのは必然で、皮肉にも人間同士の戦争は兵器同士の闘争、終末戦争へとシフトし、とうとう“世界崩壊”という文字通りの世界の終焉をもたらした」
「“世界崩壊”・・・・・・?」
「“世界が終わった日”のことだよ――――さて、ここまでが前に話したところかな。どう、少しは整理出来た?」
大体は、と勇輝は頷いた。第三次世界大戦、終末兵器に終末戦争、そして世界崩壊――――眠っていた間にそれだけの大事が次から次へと起こっていたのかと改めて眉を曇らせる。しかしふと勇輝は気づく、世界崩壊までのことは分かったけど肝心のその後のことはまだ何も知らないと。
「あれ? でもそれって世界崩壊までのことだよね? その後のことは?」
「ん、それはこれから話すよ。世界が終わった日から今までのことを」
そしてアリスは再び語りだす。まるで書物に描かれている物語りを語り聞かせるように、
「天から星が降り注ぎ、地は割れ、海は荒れ、太陽にも似た灼熱が空を焼き尽くした。斯くして世界は終わりを迎え、大陸は形を変え陸地の殆どが海に沈んだ。それでもその絶望の中で生き残った人達もいた。それはまさしく奇跡と呼ぶ他なく、数千人の生存者は終わりを迎えた後の世界を見た」
(数千人・・・・・・)
「当然、変わり果てた世界に絶望し自ら命を絶つ者も少なくはなかった。けれど一番の不幸は世界が終わったことでも生き残ってしまったことでもなく、“人類の敵となる勢力”の出現だった」
人類の敵という言葉に勇輝は否応なく人ならざる化け物の姿を思い浮かべる。まさか――――気づいた様子の彼にアリスは静かに頷いた。
「地の底から現れた人外の存在――――それは神話や物語に出てくるような怪物の姿をした異形の者達。後に人々に幻想種と呼ばれる侵略者は瞬く間に世界に溢れ、生存者達に牙を剥いた。最初は人々も抵抗した。しかし人間離れした能力や身体能力を持つ彼らにただの人間が敵うはずもなく次々と蹂躙されていった」
幻想種――――怪物――――あんな常軌を逸した存在が他にも。勇輝は思わず息を呑んだ。そういう理由ならばあの怪物が目覚めた直後の彼に襲い掛かって来たのも頷けた。あの怪物にとって人間は等しく殺害対象であり、であれば無防備の人間が目の前に現れれば殺そうとするのは当然で、運よく殺されずに済んだ自身の幸運に感謝するしかなかった。
そういうことがあって人間は皆一人の例外もなく滅ぼされてしまったのかと彼は沈鬱な面持ちになった。しかし、
「けれどそんな絶望的な状況はすぐに滅んだと思われた終末兵器の出現と共に好転した。世界崩壊と共に全て滅びたはずの兵器の生き残りは、人々を束ね、瞬く間に情勢を覆していった。そうして人々を守った終末兵器は彼らから崇められ、その兵器をトップに据えた国家を築くまでに至った」
「ちょっと待って。人間は皆死んだって言わなかったっけ?」
「ああ、ごめん、確かに言ったよ。でもそれは“人体冷凍保存で仮想空間内に入った人達は”って意味で人間という種全員が絶滅したって意味じゃないの」
勘違いさせてごめんねとアリスは謝罪する。だがそれよりも自分以外の人間がまだ存在しているという事実が彼の頭の中を埋め尽くしていた。まだ、生きている人がいる――――、
「とにかく、そうして今日まで生き残った者達は幻想種と日々戦いながらその領土を奪還し生き残って来たんだよ」
脱線しかかった話をアリスが締める。世界が終わった後も突如出現した幻想種という敵に翻弄されながらも戦い生き残ってきた人々、そしてそれを引っ張ってきた終末兵器の残党。どちらにせよそれが並大抵のことではないということは勇輝にも理解出来た。だからこそ、その生き残った終末兵器の残党という言葉に二人の姿を重ねずにはいられなかった。
「ねえ、もしかしてその終末兵器の生き残りって――――」
「うん、想像通り、伊吹とダリエラのことだよ」
やっぱりかと彼は一人納得した。彼らが終末兵器という事実と生き残った兵器の残党という話の時点で多少は察していた。であればあの二人が世界崩壊後の世界で人々を助け守って来たということになる。終末兵器という存在が世界を滅ぼしたと聞いた時はあの二人がそんなことをしたのかと信じられなかった勇輝だったが、実際あの二人は人間ではない存在になりはしたものの根本的な部分では何も変わっていなかったのだと。そのことに彼は内心安堵した。
「やっぱり、あの二人はあの二人のままだ・・・・・・!」
「・・・・・・安心した?」
顔色をうかがう彼女に勇輝は頷いた。その様子にそっかそっかと微笑んだアリスはポケットから携帯食を取り出し、差し出した。これは? と視線で彼が問う。すると、
「お腹空いたでしょ? これ、寝てる間に空き家から貰ってきた乾パン。こんなものしかなくて申し訳ないんだけどこれで多少は誤魔化せるかなって。あ、消費期限は切れてたけど私が毒味して大丈夫か確認したから一様は安全だよ」
安全性は問題ないと差し出された乾パンをありがたく勇輝は受け取り、一かじり。味のない硬い乾パンをよく噛んでいると小麦の香ばしさと微かな甘みが口の中に広がった。本来は好んで食べるようなものではないのだがまともな食糧すら確保できない今、保存食である乾パンの存在はとても大きく空いた胃を多少なりとも埋めてくれる。
「・・・・・・ありがとう、少しは腹が膨れたよ」
「それは良かった。ならもう一眠りするといいよ、まだ疲れも残ってるだろうし。見張りはしておくからさ」
「アリスは?」
「もう忘れちゃった? 私はAIだから睡眠は必要ないんだよ?」
そうだったと今しがた説明されたことを思い出し頭をかく勇輝。なら下手に遠慮する必要もないかと、
「ならお言葉に甘えて寝させてもらうよ」
「うん、そうしたほうが良いよ。ほら」
身体を横たえ寝ようとした彼にアリスは何故か自分の太腿をぽんぽんと叩いた。一体何だろうと勇輝は首を傾げる。そんな彼の心境を知ってか知らずか、アリスはさも当然のように、
「地面に直じゃ辛いでしょ? だからほら、膝枕」
「えっ!?」
再び太腿をぽんぽんと叩いて使うよう催促するアリスに流石の勇輝も目を白黒させて固まった。それは、良いのか!? と。
「い、いや、それはほら、申し出はありがたいけど色々まずいというか・・・・・・!」
「? 何がまずいの?」
「えっ・・・・・・!? それはその・・・・・・」
問われた勇輝はきょとんとする少女の太腿を無意識に凝視してしまう。ロングスカートのおかげで素肌こそ隠されているものの布地が張り付いてその女性らしい足のラインをはっきりと浮彫にしていた。
そんな場所に頭を預ければどうなるか、消えかけていた後頭部の感触が再び蘇り勇輝の脳裏で激しく主張を繰り返す、あの感覚をもう一度と。
(いやいや、何を考えてるんだ俺は・・・・・・!)
男としての性を懸命に抑え理性を働かせる。もし仮に彼女の提案を受け入れたとしよう。しかし果たして少女の柔らかな太腿の感触を前に眠れるのかと。いいや、当然答えはノーだ。あんな可愛い子に膝枕なんてしてもらって寝れるはずがない。少なくとも勇輝には落ち着いて眠れるだけの理性の持ち合わせが全くなかった。
「お、俺は大丈夫だから・・・・・・!」
「大丈夫って・・・・・・地面に直で寝るより私の膝で寝る方が遥かに疲れずに済むと思うけど」
今だ思春期男子の多感な悩みを察し取れないアリスが困ったように眉を潜ませる。だが当然その提案を受け入れられない勇輝は心苦しく思いながらも、
「大丈夫大丈夫、ほんと大丈夫だからっ! ――――おやすみっ!!」
有無を言わせずその場に寝転がりフードを深くかぶって寝たふりを決め込む。そうでもしなければ問答無用で膝枕をされてしまいそうな予感が彼にはあった。故にこれは致し方ない行為だ。決して自分のわがままではない。いや本当に。
彼女のやさしさを無碍にしたことに対する自責の念に、正当性という言い訳を盾にそ知らぬふりを続ける勇輝。そんな彼を不思議そうに見つめていたアリスだったが、最終的に本人が良いなら良いかという結論に至りせめてと周囲の警戒と火の番をしながら静かに彼の頭をなで続けた。
結局、その日勇輝は一睡も出来なかった。