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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
序章
2/20

いつもと違う朝


 ――――道島勇輝(どうじまゆうき)は走っていた。


 春陽輝く心地よい早朝。それとは対照的に遅刻寸前の少年は宙に浮かぶ半透明のデジタルスクリーンが映し出す広告や表示記号が彩る街の中を駆けて行く。


 時刻は7:20AM。


 眼前に表示される半透明のスクリーンの電子配列に刻一刻と迫るタイムリミットを突き付けられながら彼はこうなった原因を回顧(かいこ)する。


 まず第一に夢見が悪かった。

知らない場所で化け物に襲われて逃げ惑い、最終的に友人二人によく似た人物に殺され目が覚めたのだから気分が良い訳がない。


 次に二つ目、目覚まし時計が何故か鳴らなかった。

どうせ寝ぼけて時刻通りになった目覚ましを止めたのだろうと普通は思うだろう。しかしそれはありえない。何故なら使っていたのは旧式(アナログ)の目覚まし時計ではないからだ。


 生体(O)解析型(A)生活(S)支援機構(M)

人間の健康的な生活を全面的に支援する為の半自立AI搭載型のバーチャルサポーター。


 使用者の私生活と生体をリアルタイムでスキャンしデータ化。それを独自の解析プログラムにかけ導き出されたバイオリズムを元にAIが個々人にあった生活スタイルや習慣の改善を提案、支援するというものだ。


 OASMが出来ることは寝入りと起床時間、睡眠の質や食事のバランス、ひいては一日の理想的なスケジュールや能率的な仕事の仕方など多岐にわたる。だが驚くべきはその精度だ。


 OASMは使用者の生活習慣を改善してくれる訳だがその改善率はほぼ100%。どんな慢性的な肥満人間でも瞬く間に無理なく理想的な体型へと変えてくれるのだから使用者満足度は10年連続九割九部という化け物じみた記録を打ち立てている。


 故に世界的に普及し今では使用していない者は原始人でも見つけたかのように珍しがられる程だ。


 そして勇輝もOASMの使用者であり昨晩朝6時に起床するようセットしたはずだった。しかし目が覚めたのは6時50分。家を出なければいけない10分前に起きたのだ。


 それはありえないことだった。

OASMの支援精度はほぼ100%であり公式のQ&Aに100%でないのは予期せぬ事態が起こりえる可能性を考慮しているからであり、予想外の事態が発生しうる確率は天文学的数値よりも遥かに下だと明言されている。なのでもし不具合が生じたのならそれはアップデートによるシステムエラーか何らかのサイト経由でのウィルス感染による故障かのどちらかだった。


 無論勇輝はウィルスに感染するようなことはしていないので現状思いつく原因は前者しかなかったが、どちらにせよ不具合のおかげで彼は朝食もろくにとれずに家を飛び出したのだった。


 結論。上記の理由の為、勇輝は通学路を全力疾走する破目となっていた。


 彼が通う高校までは片道一時間程度。

徒歩40分、電車10分、そこからまた徒歩で10分で計一時間。とどのつまり今勇輝は自宅から最寄り駅までの40分の道のりをどうにか短縮しなければならなかった。


 都心の人混みを隙間を()うように駆けながら彼は計算する。

今のままだと絶対に間に合わない。見切りをつけて致し方なしと進路を変えた。


 本来学校指定のルートを通って学校まで行くのだがそれだと遅刻は免れない。よって彼が取った選択肢は指定外のルートでの近道だった。


 人混みから逸れて数分走ると先程までの都会的な街並みが閑静な住宅街へと変わる。そして勇輝はその住宅街の道路ではなく民家の間に建てられた塀をよじ登って駆けていく。もちろん彼は人であり猫ではないので見つかれば間違いなくお説教を食らうだろう。なので出来るだけ最短ルートでありながら人目に付きづらい建物の影や死角となる場所を選んでいた。


 普通ならそんな面倒なことをしている方が逆に遠回りになり時間の無駄だと実行には移さないだろう。しかし彼が遅刻寸前になったのはこれが初めてではない。


 本来OASMがある為遅刻などしようもないのだがこと彼に至っては身支度を整えた後だらだらとゲームをしたりして登校時刻を知らせるアラームに後少し、後もうちょっと、とやっているから大変な目に合うのだ。


 つまりもう何度も常習犯的にこの道を通っているからこそ、このルートが最短だと分かるのである。故に勇輝は慣れた足取りで塀の上を疾走する。全ては授業に間に合う為に。


 更に走ること10分

へとへとになりながら住宅街を抜けると一変。人気の少ない街並みから自然豊かな森林へとそのなりをがらりと変貌させた。


 生い茂った木々が生み出す天然の天蓋。その隙間から差し込む日の光が柔らかく降り注ぎ、耳をすませば小鳥のさえずりと小川の流れる音が何とも心地良い。これ程までに景観が急激に変わることまずありえないと思うだろう。しかしこれはれっきとした現実でありちゃんと理由もある。


 2026年頃、当時世界的な環境危機が人々を悩ませていた時、日本の政権を握っていた総理大臣が人にも自然にも優しい政治という政策を打ち出し今までのやり方をがらりと変えた。


 まず都心の大部分が自然と調和するよう見直され、今ではちょっと歩いただけで豊かな自然が顔を覗かせる街並みになった。もちろん強引なやり方だったらしく反発も相当だったようだがそれでもやり遂げたその手腕には良し悪しはともかくとして賞賛に値するものだろう。


 そしてもう一つの政策が日本の中枢を富士の麓へと移すことだった。とどのつまり都市部の移転だ。


 何故都市部を東京から富士の麓へと移したのかは分からない。

富士が神聖な山だからそれに関係しているとか、これは陰謀で某国にとって都合がよかったからとか様々な噂が飛び交っている。しかし50年以上たった今でもその真相は誰も知らないのだ。


 分かっているのは結局、これも反発は凄かったらしいが押し切られて今に至るというのだから当時の総理大臣の手腕は人並み外れていたといえるだろうということだけだった。


 そして今日。人にも自然にもと(うた)ったかの政策は日本周辺の環境が改善の兆しを見せたことで正しかったのだと証明されたのだった。


 その成果である自然の景観の中を勇輝は進む。川を渡り、谷を渡り、滝の側を横断する。知らない者からすれば本当に合っているのかと問いたくなるだろう道だが行きつく先を知っている彼は迷わず突き進み、大人の背丈程ある茂みの中へと躊躇(ためら)うことなく入っていく。すると勇輝のよく知る駅前広場へと出た。


 道行く人の何人かが茂みの中からがさがさと出てきた彼に驚いていたが当人は気にする様子はなく付いた枝葉を払いながら半透明のスクリーンに表示された時刻を確認する。


 ――――7:36AM。


 7時40分発の電車に乗ればまだ間に合うと慌てて駅構内へと駆けて改札を潜り、ドアが閉まる寸前の車内へと滑り込んだ。


 何とか間に合ったと息を吐く勇輝に駆け込み乗車はお止め下さいとアナウンスが釘を刺し、咎められたことに若干の気まずさを覚えながらもがら空きの座席に疲労感たっぷりに腰掛ける。


 数十年前までは通勤時間帯は人でごった返していたらしいが、今は人や物を瞬時に現在地から目的地へと転移させる“設置型双方向広域転送装(イディース)置”の普及により電車自体を殆ど使用しなくなった。その為自動車や電車、飛行機や船などといった乗り物の殆どが今では化石扱いに等しい。それでもこうして残っているのは一重にそういった乗り物が好きなオタクやマニアのおかげである。


 しかし勇輝がイディースを使わずに電車通学なのは彼がそのオタクやマニアの一人だからという訳ではなく、単に両親の教育方針だったりする。


 便利だけど若い内から楽する癖が付かないように、との理由で基本的に通学に関してだけは徒歩を義務図けられていた。もちろん何とか楽する為にごまを擦ったり説得を試みたり色々としたのだが結局両親の心は動かせず、こうして毎日走ったり電車に揺られたりしている訳だった。


 ほぼ誰も乗車していない電車に揺られながらぼーっと外を眺める勇輝。眼前に()す富士の威容に相変わらず立派だと老人のような感想を抱いていると、ふと人影が横眼に入り気になってそちらに目をむけた。


 がら空きの車内。だというのに扉付近にもたれかかって彼と同じく車外を眺めている少女が一人。


 山吹色の長髪が電車と共に微かに揺れる。

窓から差し込む柔らかな斜光(しゃこう)が学生服から覗く玉肌を包むように照らし出し、その横顔は大人と子供の間を行き来するあどけなさが残りつつも完成された彫刻めいた美貌で、ただ静かに白群(びゃくぐん)の瞳が外の景観に魅入られている。その姿は彼女の周囲ごと切り取って額縁に入れてしまえば美術館に展示されていても違和感などない、一種の神々しささえ覚えるほどのものだった。


 それでも少女が絵画の中の人物ではないと証明出来るのは背景の現代感と彼女の来ている学生服のおかげだろう。


 学校指定のブレザーにロングスカート。

胸元の十字を丸で囲った校章が二人の通う学び舎が同じであることを雄弁に語っていた。


 あんな可愛い子内の学校にいたっけ? いたら校内中で有名になっていてもおかしくないんだけどな、と勇輝は内心で首を傾げた。


 影が薄いようには見えないし周りが放っておくようなタイプでは絶対にないだろう。だとすると――――などと、彼が脳内で推理していると目的の駅へと電車が止まった。


 はっとなって可愛い子に気を取られている場合ではないと勇輝は飛び出すように降りて改札へと走っていく。その姿には時間に追われるサラリーマンの如く一切の余裕が感じられなかった。


 ――――だからだろうか、


 少女が見ていたのは外の景色などではなく、窓ガラスに映りこんだ彼の姿だということに気が付かなかったのは――――。

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