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カオスエンドワールド  作者: 真名瀬 照
八咫烏の編
19/20

悪魔と天使のナイトチェイス




 夜半過ぎ。誰もが寝静まり夜行生物達の行動が活発になり始めた頃。


 月の明かりだけが照らす荒れ果てた行路に音が響く。真夜中の静寂をかき乱すその音は今や人一人通らぬ瓦礫が散乱した高速道路に轟いていた。それは自然発生的に出せる音ではなく、どちらかといえば人工的な駆動音――――聖者の眠りさえ妨げるエンジン音と共に疾走する黒鉄色の大型二輪車は、しかし好からぬ者を引き連れていた。


「――――ッチィ!!」


 真紅の髪をたなびかせ、黒鉄色の大型二輪にまたがる少女――――ダリエラ・フォーエン・カインバルド・セレーネ・ヴィスターは背後に迫ったそれを肩越しに見やりながら舌打ちをする。


 本来ならもう日中の探索を終えて拠点に帰還しているはずだった。しかし掘り出し物の気配に釣られてこんな遅くまで長引かせたのが運の尽き。いざ帰ろうとバイクを走らせる彼女の背後から現れたのは仮面を被った正体不明の敵だった。それは有無を言わさず彼女を強襲し、静かな殺意を(たた)えて悪魔の背を追い続ける。


 時速300キロで爆走する改造大型二輪に迫るその人物は一歩も遅れを取ることなく追走する。生身でありながら凡そ人間とは言えない速度で以て疾駆するそれは、だが人間以外の外見的特徴を備えていた。


 夜空にはためく純白の羽。背から生やした双翼で宙を自在に舞い飛ぶ黒のキトンをまとった仮面の婦女(ふじょ)。月下の下を高速で翔けるその姿はまさしく天使そのもので、振り切ろうと疾走する大型二輪の悪魔の足掻きをまるで歯牙にもかけず神の使徒は飛翔する。


 ぴったりと後方に張り付くそれをダリエラは睨む。悠々と滑空する神の御使いの姿は、まるでいつでも簡単に殺すことができると宣っているように見えて、彼女の感を逆撫でしていた。事実その考えはなまじ合っているようなもので、いつでも捉えることも追い抜かすことも可能なはずなのに馬鹿にするように後ろについて離れようとしない。それは一重に何か機を狙っている訳ではなく、もっと単純な挑発。素顔の見えない神の使徒はしかし、その仮面の下で告げていた――――その程度ですか? と。


「――――このッ・・・・・・!!」


 右手でハンドルを握りながら左手で握った赤色の銃剣銃の銃口をむけ、発砲。強烈な反動を残し放たれたデザートイーグルの弾丸は、しかし軽々と躱され射程圏外まで上昇されてしまう。


「クソッ・・・・・・!!」


 高度を上げ、遥か高見まで昇りつめた神の御使いは、何故か速度を下げた。今も必死に振り切ろうと遁走(とんそう)する赤色の悪魔を睥睨するように低速での飛行を続ける天使。当然その行動は逃走する側にとっては絶対的な隙でしかなく、追手側にとっては何のメリットもない。そんな悠長にしていれば逃げ切られるのは時間の問題である。


 もはや諦めたのか? そう思われても仕方ない使徒の行動は――――だがしかしダリエラは理解していた。それがどういう意図で以て行われた“予備動作”なのか。


 直後、遥か上空にいた天使が落ちるように急降下した。重力に従い先ほどまでとは段違いの速度を伴って加速したそれは、その勢いのままダリエラに接近し――――“追い越した”。


 超高速で過ぎ去ってダリエラの眼前へと抜けた天使。捕まえるのならまだしも完全に追い越した彼女の奇行に普通なら呆気に取られるだろう、何がしたいのかと。しかしダリエラは気を引き締めた、この直後に来る攻撃に備えて。


 ――――それは羽根だった。無数の純白の羽根が天使の過ぎ去った後に軌跡を残すように散らばっている。それが風と共に舞い、視界を白く染め上げる。


「――――ッ!!」


 ダリエラはアクセルを回し、全力でその場を駆け抜ける。そして舞い散る純白の羽根の幕の中を抜けた直後――――爆発した。


 その場にあった何もかもを巻き込み破砕を伴った爆風が悪魔の背に追いすがる。それらから逃れるように飛んでくるコンクリートなどの破片を躱しつつフルスロットルで死地を駆ける。ダリエラは再度思う、本当に厄介極まりない“羽根”だと。


 そう、彼女の後方で起きた爆発。それは天使が追い越した際に残した置き土産が原因だった。まき散らされた羽根は数秒の猶予の後に膨張、炎を伴い爆発。対戦車ミサイルにも匹敵する威力を以て周辺の全てを塵へと化すその爆撃は、だが一度のみで終わらない。


 “たった一枚の羽根の爆発”を皮切りにその周囲に舞っていた羽根が一斉に誘爆。二人が過ぎ去った跡を残さず焼き払っていく。連鎖反応による絨毯爆撃。通った痕跡すら消し去り翔ける仮面の天使。ほんの少しでも速度を落とせば爆発に巻き込まれてしまう修羅場の中、ダリエラは眼前を飛ぶ天使に銃口を合わせる。しかし、


(クソッ・・・・・・!! 撃てねえッ・・・・・・!!)


 彼女の眼前を低空飛行する天使は絶えず羽根を撒き散らしており、もし発砲しようものなら放たれた銃弾が羽根に当たり爆発を誘発してしまう。当然そうなれば後は周囲の羽根に連鎖して、逃げ場のない爆発に巻き込まれ一巻の終わりである。故にダリエラは照準を合わせはしたものの引き金を引くことは出来なかった。


 その間にも後方で次々と流れ去っていった羽根が爆発しただでさえ荒れ果てた道路を人の通れぬ更地へと変えていく。だがダリエラに出来ることはとにかく全力でバイクを走らせ続けることのみ。しかし当然永遠と走らせていられるはずもなく、燃料が尽きてしまえばそれがそのまま彼女の命運が尽きる瞬間にもなってしまう。


 故にダリエラは打開策を探す。何か打つ手はないのかと、


(――――!!)


 死に物狂いで周囲を見回して見つけたもの。それは経年劣化で錆びついた、今にも折れそうな交通標識だった。そしてダリエラはその標識を過ぎ去り際に掴んで引き千切った。その様子を不思議そうに見ていた天使は思う、そんなものでどうするつもりかと。錆びついた屑鉄同然の標識など何の役に立とうか。天使は首を傾げる。だが次の瞬間、ダリエラはその引き千切った標識を、自身の左側の地面へと全力で突き刺した。


「――――!?」


 天使が瞠目したのも束の間、ダリエラはバイクのアクセルを全開にしたまま、突き刺した標識を支点に勢いを殺すことなく左へと進路を変えた。だが彼女のいる道路の左側は横幅20メートル以上ある河川でありバイクでの走行など不可能である。にも拘わらずダリエラはその河川へむけて一直線に駆け――――跳んだ。


「――――っ!!」


 それは誰が見ても無謀だった。例え時速300キロを優に越しているとはいえ横幅20メートル以上ある河川を跳んで渡り切ろうなど無茶にもほどがある話だった。それもバイクでなどと。


 故に天使は驚きを隠せなかった、血迷ったのかと。どう考えても渡り切る前にバイクごと川に落ちてお終いだ。例え水の中から浮上したとしても動きが取れない以上格好の的になるのは目に見えている。何故そんな愚策を取るのか彼女には分からない。だが次の瞬間、赤色の悪魔が何をしようとしたのかを理解させられた。


 それは爆発だった。ダリエラが河川の反対側目掛け跳んだ直後、後方を更地と化しながらやって来た天使の羽根の連鎖爆発。その爆風がバイクごと彼女の背を押し、結果的に反対岸へと着地した。


 接地とほぼ同時、バイクを傾け横にし急ブレーキをかけて勢いを殺す。そして止まったダリエラは先ほどまでチェイスを繰り広げていた対岸を見上げる。空を飛んでいる以上追ってきてもおかしくはない天使はだがしかし、対岸上空に(とど)まったまま追ってくる気配はない。


 満月を背に、遥か高見から赤色の悪魔を見下ろす仮面の天使の姿にダリエラは思考する。あいつは“同類”か? と。確かにあの羽根の爆発を見るに兵器である可能性は高い。しかし彼女はどこか違和感を覚えていた。もしかしてあれは――――、


 静寂の(とばり)が下りる中、対岸を挟んで睨み合う両者。静寂を破り、再び壮絶な死闘が始まるかと思われた――――だがしかし、二度目の闘争は訪れず、大型二輪のエンジン音を轟かせ、ダリエラが背をむけた。


 絶好の好機。けれど立ち去る悪魔の背を天使は見つめるのみで手を出そうとはしなかった。それは今宵の闘争の引き際を悟ったからであり、元々殺す目的ではなかった神の使徒はその背を見送り、確かな手ごたえと共にその場を飛び去った。

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